誠、紙袋爆弾について語る
紙袋騒動の翌日、誠は元気に工場に出勤した。ヤクザに脅されたことなど、彼にとってダメージにはなっていないのだ。
そして休憩時間になると、外国人バイト相手に昨日の出来事について語り出す。
「まいったまいった。昨日、またヤクザに絡まれたよ」
「誠、何したよ?」
フィリピン人バイトのマリアが尋ねる。
「いやさ、話すと長いんだけどな。まず、バカギャルに当たり屋されてさ、コーヒーがこぼれちまったんだよ」
「ギャルが当たってきただ?」
言ったのは、タイ人バイトのソムチャイだ。対する誠は、しかめっ面で答える。
「そうなんだよ。だから頭にきてさ、後ろから追いかけて紙袋爆弾をかましてやったのよ」
「紙袋爆弾だ? それは何だ?」
「知らないのか。これだよこれ」
そう言うと、誠はビニール袋を取り出す。空気を入れ膨らませると、一気に叩いた。
パァン、という音が響き渡る。外国人バイトたちは、プッと吹き出した。
「誠、なぜそんなことするだ?」
ソムチャイの、ごくまともな問いに誠は真顔で答える。
「そりゃあんた、コーヒーの仇に決まってるよ。あいつらだってさ、せっかくコーヒー豆になって刈られてんだぜ。美味しく飲んでやんなきゃかわいそうじゃんよ。なのに、道路に流れていったんだぜ。そこで、俺はバカギャルどもに天罰を与えてやったのよ。紙袋を膨らませて、パァンてな。これで、コーヒーの無念を晴らしてやれた」
「で、どうなったよ」
マリアが聞くと、誠は顔をしかめる。
「それがなぁ、まいっちゃったよ。あっちこっちからヤクザがすっ飛んできてさ、俺を睨んできたわけよ。そりゃあもう、すっごい怖い目だったね」
途端に、外国人バイトたちの表情が変わる。ある者は頭を押さえ、ある者は呆れた表情でかぶりを振った。かと思うと、はぁと溜息を吐く者もいる。
彼らに共通する思いは「なんで後藤ビルの近くでそんなことをするのかなぁ、このバカは……」であった。
しかし、誠は気にせず語り続ける。
「でさぁ、ヤクザに囲まれてさんざん脅されたわけ。怖かったぜ」
「怖いに決まってるよ。私なら泣いちゃうよ」
マリアが言うと、誠はすました顔でチッチッチ……と舌先で音を鳴らしながら人差し指を振って見せる。
「それがなぁ、そうでもないんだよ。確かに怖かった。最初は、指を詰めさせられるんじゃないかと思ったよ。ところがさ、途中から怖くなくなってきたんだよ」
「なんでだ?」
ソムチャイが尋ねると、誠は胸を張って答える。
「いやね、ウチの豪力寅美班長に比べりゃ全然怖くないなって気づいちゃったわけよ」
途端に、外国人バイトたちは皆で苦笑し顔を見合わせた。まあ、言わんとしていることはわからなくもないが……やはり、誠は大物である。
「やっぱさ、ウチの寅美班長に比べりゃ、ヤクザなんか屁でもなかったよ。さすがタイガー。凄いね。あの人なら、ツキノワグマくらいなら食い殺しちまうよ」
したり顔で語る誠だったが、外国人バイトたちが血相を変えて離れていったことには気づいていなかった。
にもかかわらず、誠は身振り手振りを交えて語り続ける。
「いやね、ヤクザだ何だと言ったところで、ウチの寅美班長には子供扱いってわけよ。あの人、実は地上最強なんじゃないかな。いっそ、クマが出る地域には、あの人を送り込めばいいんだよ」
そこまで言った時、誠はようやく外国人バイトたちが周囲から消えているのに気づいた。
同時に感じたのは、背後からの殺気──
「小林誠……お前は、クマが出る地域に私を送り込みたいのか? そんなに、私に死んで欲しいのか?」
紛れもなく寅美の声であった。誠は、震えながら答える。
「いえいえ、何を言ってるんですか。班長が死ぬはずないでしょう」
「このバカ者がぁ! 休憩時間は終わりだぁ! さっさと作業に取りかかれ!」
こうして、誠は作業に戻った。しかし、この男がおとなしく仕事をしているはずもない。
最初は、しかめっ面で外国人バイトたちの机の周囲を歩いていた……が、何を思ったか立ち止まった。
次の瞬間、己の机に走る。引き出しから、小さなボンベのようなものを取り出した。思い切り吸い込むと、ソムチャイのところに行った。
作業を見つつ、口を開く──
「ソムチャイ、いい感じだよ。さすがだね」
その口から出る声は、恐ろしく高かった。そう、彼はヘリウムガスを吸ったのである。
他のバイトたちは、必死で笑いを堪えていた。が、ソムチャイだけは違う反応をした。彼はおもむろに立ち上がると、誠の肩をガシッとつかむ。
「誠どうしただ!? 声が変だ!? 大丈夫だ!?」
そう、このソムチャイは一見すると陽気なタイ人であるが……実は凄まじいまでにクソ真面目な男であり、さらに天然な部分がある上、ヘリウムガスを知らない。したがって、誠が急病になり声が変になったと思い込んでしまったのである。
「い、いや、これはだな……」
思ってもみなかった反応に焦る誠だが、ソムチャイに引く気配はない。
「やっぱり声おかしいだ! すぐ病院いくだ! 班長に言うだ!」
言った直後、ソムチャイは誠を引っ張っていく。その力は強く、誠はされるがままに引きずられていった。
行き先は、当然ながら鬼班長・寅美のところである。何が起きたか察している寅美は、腕を組んでふたりを睨みつけていた。
「班長、誠の声が変だ! 病院に連れて行った方がいいだ!」
ソムチャイが必死の形相で訴える。途端に、クスクスという声が漏れ聞こえてきた。どうやら、他の班の工員たちらしい。
しかし、寅美は平然としている。
「ほう、声がおかしいのか。小林誠、ちょっと声を聞かせてみろ」
誠は、口を閉じたまま必死でかぶりを振った。だが、寅美は容赦しない。
「遠慮するな。さあ聞かせてみろ。そして、私をドッとウケさせてみろ。ウケなかったら……とりあえず腹に正拳突きな」
そんなことを言いながら、寅美は誠の肩をつかんだ。直後、グッと力を込める。
「いてえ!」
誠の悲鳴が響き渡る。が、ヘリウムガスにより、すっとぼけた声になっていた。
途端に、寅美の目が吊り上がる。
「小林誠! こんなふざけたことばかりしやがって! 真面目に仕事しろ!」
「は、はひぃ!」
ヘリウムガスによる甲高い声で返事をすると、誠は大慌てで席に戻っていった。
◆◆◆
「まったく、本当に仕方のない奴だな……」
寅美は、鋭い目で逃げるように去っていく誠を見つめる。
普通の会社なら、誠はとっくにクビにされているだろう。だが、誠のイタズラは全て寅美のところで止まっている。上の人間は一切知らないし、知らせる気もない。
なぜかと言えば……寅美の班は、辞める外国人バイトがゼロだからだ。
他の班だと、外国人バイトを雇ってもすぐに辞めてしまう。いや、辞めるだけならまだいいが、日本人の社員をぶん殴って辞めていったり、工場から物品を盗んでいく者までいる始末だ。しかも、その数は決して少なくはない。
しかし、寅美の班ではそうした事件は皆無である。
理由は……誠にある、と寅美は思っていた。誠のやらかすバカの数々が、外国人バイトたちを和ませ、ちょうどいい息抜きの役割を果たしているのだ。
それに、誠のコミュニケーション能力は恐ろしい。なにせ、日本語がよく喋れない外国人バイトの教育係に、日本語しか喋れない誠を任命させたところ、見事に作業を覚えさせてしまったのだ。
そういった誠の能力を、寅美はよく理解している。また、高く評価してもいる。だからこそ、誠のイタズラを大目に見ているのだ。
「それにしても……喋ったりイタズラしたりしなけりゃ、イイ男なのに」
そんなことをひとり呟きつつ、寅美はそっと溜息を吐いた。




