誠、ヤクザにド突かれる
誠は笑っていた。
ついに、このギャルトリオに復讐を果たしたのだ。
三時の休憩時間、誠は例のごとくコンビニで菓子とジュースを買い、工場に戻ろうとしていた。だが、そこでとんでもないものを発見する。
二十メートルほど先に、ギャル三人組を発見したのだ。昨日、さんざんバカにされ捨てゼリフを吐いた連中である。
こんなにも早く、リベンジの機会が回ってこようとは……誠はほくそ笑み、さっとビルに隠れる。
そこは後藤ビルだったのだが、目の前のリベンジ計画に夢中になっている誠は気づいていなかった。
こんなこともあろうかと、用意していた秘密兵器を取り出す。不気味な、白いゴム製の覆面である。映画『犬神家の一族』に登場した犬神佐清(正確には違う人物だが)の被っていたものに似たマスクだ。誠はこれを「スケキヨマスク」と呼んでいる。
今、誠はスケキヨマスクを装着した。その顔は、はっきり言って怖い。夜中に突然でてきたら、誠でも泣いてしまう自信がある。
ふと、寅美班長ならどうだろう……という考えが頭を掠める。だが、すぐに頭から打ち消した。こんなマスクを被って寅美班長の前に現れたら、怖がるどころか正拳突きと回し蹴りで殺されてしまう。
その時、ギャルたちの声が聞こえてきた。
「昨日のオッサンさあ、面白かったよね」
「ああ、あの芝刈り機?」
「確かに、あいつパーティに呼んだら楽しそうだね」
オッサンとは、間違いなく誠のことだろう。
「クッソー、ナメやがって……誰が芝刈り機だ」
低く唸ると同時に、一気に外に飛び出した──
ギャルトリオは、飛び出してきた誠を見るなり固まった。
一拍遅れて、とんでもない声をあげる──
「うぎゃあああ!」
「バ、バケモン!」
「この野郎! 寄るんじゃねえよ!」
三者三様の声をあげ、地面に尻もちを着く。その顔は、恐怖のあまり歪んでいた。
「くっくっくっく……はーっはっはっは!」
誠は笑い出した。まさか、こうまで上手くいくとは。
これで、ギャルどもを恐怖のドン底に叩き込んでやったのである。リベンジは果たせたのだ。
と、その時になって気づいた。今、誠は通行人から注目を浴びている。スマホで録画している者までいるのだ。
こうなると、誠のお調子者の血が騒ぐ。まず、ゾンビのような動きをしてみせる。だが、いまいちウケが悪い。
やはり、スケキヨとゾンビでは相性が悪いか……次に誠は、四股を踏むような動きをした。片足を大きくあげ、思い切り踏み降ろす。
途端に、ヒッという悲鳴があがった。ギャルトリオの小ギャルが発したものである。
「フフフ……見たか、バカギャルどもめ」
そう言って、誠は高らかに笑う。だが、小ギャルは誠のリアクションに恐怖したのではなかった。
「おいコラ、何しとんじゃクソガキが」
後ろから、低い声が聞こえてきた。誠は、パッと振り返る。
そこには、数人の男たちが立っていた。年齢や服装はバラバラではあるが、共通する部分がひとつある。全員、危険な空気を発していることだ。
誠は、すぐに己の置かれた状況を察する。紙袋爆弾の時と同じく、またしてもヤクザを呼び寄せてしまったのだ。
「何してんのか言ってみい、オラ」
言ったのは、スーツ姿の中年男だ。あの紙袋爆弾の時、誠を執拗にいたぶった男である。おそらくリーダー格なのであろう。
「いや、あの、その……お呼びでないようなので、失礼します」
ヘラヘラ笑いながら頭を下げ、誠は立ち去ろうとする……もちろん、スケキヨマスクのままだ。
しかし、彼らは逃してくれなかった。ストリート系ファッションに身を固めた若者が、素早く前に立ち進路を塞ぐ。
同時に、リーダー格が腕をつかんだ。
「まあ、待て。ちょっとおじさんとお話ししようや。とりあえず、このマスクは取ろうな」
言いながら、リーダー格は誠のマスクに手をかけた。
直後、一気に剥ぎ取る──
「おお? お前、こないだ紙袋でバカやってたガキだよな? その前にも、自販機の下を漁ってたな。これで三度目か……こうなると、もう許せねえなあ。仏の顔も三度までだ。ましてや、俺は仏じゃねえ」
リーダー格のセリフに、誠はビクリとなる。
「は、はて? 何のことでしょうか? 僕はただ、スケキヨの大ファンでして、スケキヨのマスクを被りたかっただけなんですよ。では失礼」
言いながら、誠は逃げようとした。が、リーダー格は離してくれない。
「いいや、俺ははっきりと覚えている。お前は、紙袋でイタズラしたバカガキだよ。俺はな、一度見た顔は忘れねえんだ。ましてや、お前みたいな命知らずのバカは絶対に忘れないんだよ。前にも言ったよな? もう一度イタズラしたら、地獄を見ることになるってな」
「は、はあ……す、すんません」
誠はペコペコ頭を下げた。ふと横目で見ると、ギャルトリオが立ち上がってこちらを見ている。ヤクザに絡まれている誠を見ながら、クスクス笑っているのだ。
「この野郎……」
思わず唸った誠。が、これは最悪の事態を招いてしまう。
「おう、今なんつった? この野郎って言わなかったか?」
リーダー格が、低い声で凄む。誠は、慌てて頭を振った。
「いや、違います。これはですね、その、深い理由がありまして……」
「何が深い理由じゃコラァ!」
ストリート系ファッションの若者が怒鳴った。直後、パンチが飛ぶ。
拳は、誠の顔面に炸裂した。バタリと倒れる誠を、今度は別の中年男が起き上がらせる。こちらは、スキンヘッドにタンクトップだ。逞しい上半身だが、腹にもでっぷりと肉がついている。
「おいコラ、イタズラすんなら場所選べって前にも言ったろうが。わかんねえのかタココラ。ヤクザなめてんじゃねえぞ」
言った直後、またしても殴られる。
倒れた誠を、また別の男が起き上がらせた。こちらは、リーゼントにサングラスという昭和ヤンキーのごときスタイルである。
「しゃあねえから、お前に選ばせてやる。コンクリ付きで東京湾に沈むか、富士の樹海に埋まるか、どっちか好きな方を選べ」
言った時だった。突然、警官たちが彼らの周りを取り囲む。
直後、ひとりの警官が口をひらく。
「お前ら、暴行傷害の現行犯で逮捕する。おとなしくしろ!」
だが、ヤクザも黙ってはいない。
「はあ!? 何が暴行じゃ!? 俺たちはな、このバカにイタズラせんよう説教しただけじゃ!」
リーダー格が言い、次いでストリート系ファッションの若者が進み出る。
「ざけんなコラ! パクれるもんならパクってみぃ!」
言いながら、警官の胸をドーンと突いた。と、警官たちは一斉に動く。
「今のは公務執行妨害だ! 全員逮捕しろ!」
直後、警官たちは一斉に襲いかかっていった──
警官とヤクザの恐ろしい乱闘を尻目に、誠はどうにか囲みから脱出した。そそくさと離れていく。
と、彼の前にギャルトリオが立ちふさがる。
「ちょっとお、お礼は?」
小ギャルの言葉に、誠はキョトンとなった。
「はあ? お礼?」
「そうだよ。あんたがヤクザに絡まれてたから、あたしらが警察呼んだんだよ」
「そうだよ。あたしたちが呼ばなきゃ、あんた今頃ヤクザにボコられてたよ」
中ギャルと大ギャルに言われ、誠は無念の表情を浮かべる。
「クソー、よりによってこいつらに助けられるとは……泣かしてえ。いつかこいつらを、スケキヨ以上の恐怖でわんわん泣かしてえ」
ブツブツ言っていると、小ギャルが彼の腕にパンチを入れる。
「ほらほら、早く言いなよおじさん。ありがとうございますってさ」
「そうそう、言っちゃえば楽になるよ。素直に言っちゃいなって」
中ギャルがわけのわからないことを言い、大ギャルもウンウン頷いた。
「やっぱさ、社会人ならお礼くらい言えるよね?」
こうなっては仕方ない。誠は、悔しそうな表情を浮かべつつも頭を下げる。
「ありがとう……ございました」
そう言って去っていく……が、途中で足を止め振り返る。
直後、その口からとんでもない言葉が飛び出た──
「やーい! あほー! ばかー! まぬけー! どうだ悔しいだろ!」
叫んだ後、猛スピードで逃げていった。
ギャルトリオは、キョトンとした顔で後ろ姿を見ていたが……直後、皆で笑い出した。
「やーい、だって! 悪口のレベルが小学生じゃん!」
「本当バカだね」
「あれは、もはや才能だよ」




