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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/20

賢人、想定外の事態に困惑する

 賢人は、今日も偵察に来ていた。

 時刻は午後三時になる。この時間帯、大人の数は少ないが少年少女の数は多い。とはいえ、その少年少女らに混じり、仁龍会のヤクザが潜んでいる。何かあれば、すぐさま動く体勢になっているのだ。

 額から落ちる汗を拭きながら、なおも偵察を続行した。こうして見ていると、人混みに紛れているヤクザの顔が、なんとなくわかってきた。立ち振る舞いや空気から、裏社会に生きる者の気配が滲み出ている。

 もちろん百パーセント正確なものではない。それでも、ヤクザと思しき者が、常に十人近くは混じっているのは確かだ。大通りに配置され、何かあったらすぐに動ける体勢を整えている。

 見ていて徐々にわかってきたのだが、彼らは、単に裏カジノのみを守っているわけではない。この狂言町は、仁龍会にとって大切な「縄張り(シマ)」である。ここで起きた揉め事を、警察を介入させずに解決するのも彼らの仕事なのだ。

 特に最近は、不良外国人も多い。彼らは体も大きく、一般市民から見ればヤクザと同じくらい怖い存在だ。しかも、日本は酒に関する規制が非常にゆるい。したがって、路上で酒を飲み暴れる外国人も少なくないのだ。

 この辺りに住む者からすれば、いい迷惑である。


 そうした外国人たちの傍若無人な振る舞いを、仁龍会の構成員たちが止める。場合によっては、暴力も用いる。そうすることにより、一般市民に恩を売り、彼らのみかじめ料の要求を断りにくくするのだ。

 そう、彼らは「任侠」などという精神のために動いているわけではない。みかじめ料をもらいやすくするため、さらには違法な商売をやりやすくするため、街で揉め事が起きないように活動しているのだ。

 そんな仁龍会の方針が、賢人の計画をなおさらやりにくくさせているのである。


 さて、この状況でどう戦うか。


 そんなことを思いつつ観察していた賢人の前で、予想もしていなかった事態が起きる──




 大通りの人間を、ひとりひとりチェックしていた時だった。賢人の目は、妙なものを捉えた。見覚えのある……というか、やっていることが派手すぎて記憶に残ってしまった男である。


「あいつは……」


 思わず声に出る。

 そう、賢人の視界にいるのは、昨日ギャルトリオと揉めていた青年だ。さらに言うと、少し前に紙袋を鳴らして、ヤクザに囲まれていた男でもある。

 その前には、小銭を後藤ビル前の自販機の下に落とし、腹ばいになり手を突っ込んで取ろうとしていたのだ。なんともトボけた男である。


 その青年が、コンビニのビニール袋を下げながら歩いていた。作業服らしきものを着ており、足取りは軽やかだ。

 服装からして、この辺りで勤めており今は休憩中なのだろうか。緊張感の全くない表情で、人生を楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。これから命を懸けた仕事に挑もうという賢人からすれば、羨ましい話である。

 なんともふざけた感じの男だが、不思議と見ていて不快にはならない。むしろ、その行動をずっと観察してみたい……という奇妙なものを感じる。

 見ていると、いきなり青年の動きが止まった。前から来る何かを、じっと見つめている。彼にとって重大な何かを見つけたらしい。

 直後、青年は近くの建物の中に入っていった。それも、よりによって後藤ビルである。

 後藤ビルの地下では、裏カジノが営業中なのである。ついさっきも、ひとりの常連客が入っていったばかりだ。そんな場所で、いったい何をしようというのだろう。


 まさか、あいつも裏カジノを狙っているのか?

 ひょっとして今、カジノに突入したのか?


 そんな突拍子もない考えが、賢人の頭を掠める。だが、すぐにその考えを打ち消した。確かに、あいつはバカだ。とんでもないバカではあるが、いくら何でも裏カジノの売上金を強奪したりはしないだろう。そういうことをやるバカとは、全く別のタイプだ。

 不安を感じながらも観察していたが、ふと思うことがあった。


 考えてみれば、俺も違う方向性のバカだよな。


 そう、昼間からこんな場所で、裏カジノの売上金を奪うために偵察を繰り返している。上手くいく可能性は、今のところ低いと言わざるを得ない。にもかかわらず、この無謀な挑戦をやめることができないのだ。


 あいつの方が人生を楽しんでいる分、俺よりはずっとマシだな。


 そんなことを心の中で呟きつつ、賢人はなおも偵察を続けていた。

 後藤ビルに入っていった青年は、出てくる気配がない。ビルの中に隠れ何かしているようなのだ。

 いったい何をしている?


「あのバカ、何をやってるんだ?」


 呆れ果てた表情で呟きながら、その動向を見守った。あいつは、何をするつもりなのだろうか。

 見ていると、後藤ビルの前を女の子たちが通りかかる。よく見れば、昨日青年と揉めていたギャルトリオではないか。

 派手な格好で、体の大きな少女と中くらいの少女、さらにひときわ小さな少女というトリオが、なにやらペチャクチャ喋りながら歩いてくる。もうすぐ後藤ビルの前を通りかかるところだ。

 その時、賢人の頭にとんでもない考えが浮かぶ。まさかとは思うが、あのギャルたち相手に何かやらかす気なのだろうか──

 

「お前、やめとけよ……ここでバカはすんな。またヤクザが飛んでくるぞ」


 思わず、心の声がそのまま出てしまう。ここで何か騒ぎを起こされては、自分の計画に狂いが生じてしまうかもしれない。

 直後、賢人の予感は当たってしまう。突然、後藤ビルの中から怪人が現れたのだ。

 怪人は、不気味な白いゴム製の仮面を被っていた。のっぺりとした顔には表情がなく、目の部分だけが暗くくり抜かれている。無機質な人形が歩いているかのようだった。

 しかも、仮面は顔にぴたりと張り付き、皮膚のように妙に生々しい。

 

「あれ、犬神家のスケキヨじゃねえかよ……」


 唖然とした顔で呟く賢人。そう、後藤ビルから出てきた怪人は、映画『犬神家の一族』の登場人物である犬神佐清(イヌガミ スケキヨ)が被っていたマスクと同じもので顔を覆っていたのだ。

 間違いなく、先ほど後藤ビルに入っていった青年であろう。わざわざヤクザの経営する裏カジノが営業している後藤ビルに入り、スケキヨのマスクを被って待ち伏せていたのだ。

 その目的は?


「やっぱり、あいつらだよな。あいつらを脅かすためだよな。ギャルたちを脅かすためだけに、あんなことをしたのか……」


 賢人は、唖然となりながらブツブツ言っていた。さすがの彼も、ここまでバカなことが起きるとは考えてもいなかったのだ。

 一方、標的となったギャルトリオの反応は凄まじいものであった。何せ、不気味な白覆面の怪人が、いきなりビルから現れたのだ。傲慢なギャルたちと言えど、ひとたまりもなかった。とんでもない声で悲鳴をあげ、尻もちをつく。

 マスクを被った怪人はというと、高らかに笑っていた。ギャルたちを脅かせたのが、たいへん喜ばしくて笑っているのだろうか。意図は不明だが、とにかく笑っている。

 賢人の視線は、怪人を捉えていた。同時に、頭の中では今の状況を素早く整理する。


 これは、単なるバカの奇行と見るべきだよな?

 それとも、他に何か狙いがあるのか?


 彼は目を細め、怪人の一歩一歩を観察する。その足取りは妙に不自然で、左右にふらつき、まるでドタバタ劇のコメディアンのようだった。あるいは、ゾンビの動きを真似しているのかもしれない。スケキヨのマスクを被り、動きはゾンビ……何をイメージしているのだろうか。


 さらに、怪人の奇行はエスカレートしていく。ギャルトリオに向かい、片足を高く蹴り上げてから着地するという奇妙な動作を繰り返した。

 学校帰りの中学生や高校生は立ち止まり、スマホを構え「何かのショー?」と囁きあう。小さな子どもは泣き出し、大人たちは眉をひそめながらも視線を逸らせない。






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