誠、宿敵と出会う
賢人が後藤ビルを見張っていた午後三時、誠は休憩のためコンビニに行っていた。菓子とジュースを買い、工場に戻ろうとした時である。
人混みの中を、トコトコ歩いていくものがいた。黒く綺麗な毛並み。太りすぎておらず、痩せすぎでもない体型。しなやかに動く二本の尻尾……そう、あの黒猫である。
途端に、誠の表情が一変した。
「やだあぁ……猫又ちゅわーん、また会えたのね」
オネエ言葉のようなセリフを吐きながら、誠は猫を追いかける。
今回も、誠は気づいていなかった。こんな黒猫が人混みの中を歩いているというのに、誰も気づいていない。
誠だけが猫に気づき、追いかけているのだ──
誠は、ひたすら黒猫を追いかける。が、突然に猫は消えてしまった。
「あれ、どこ行った?」
思わず立ち止まる誠。と、その頭に何かがコツンと当たった。見れば、スーパーボールである。昭和の駄菓子屋に売っていた玩具だ。こんなもの、今どき珍しい。
と思っていたら、なにやら甲高い声が聞こえてきた。同時に走って来た者がいる。
「あ、あいつは!?」
誠の顔が引きしまる。こちらに近づいてきたのは、こないだぶつかって来たギャルトリオのひとりではないか。体の大きい奴、中くらいの奴、小さい奴の三人組だ。
体の大きな少女(?)は、背丈が高くて肩幅が広い。髪は明るい茶色のロングで、耳には派手なピアスが光っていた。目元はきつめのアイラインで強調され、服は黒を基調にして派手な小物をアクセントにしている。見るからに姉御肌で、トリオの中でも落ち着いた印象を与える。
真ん中にいる少女は、身長は百六十センチほどだろう。顔の造形は、かわいらしく整っている。髪は肩につくくらいのボブで、ところどころ明るいハイライトが入っている。服はゆるめのパーカーとミニスカートの組み合わせで、足元はスニーカー。目元にはキラキラのラメアイシャドウが入っていて、笑うと周囲を引き込むような魅力がある。
こちらに走ってきたのは、背の低い少女だ。身長は百五十センチもないだろう。体つきは華奢だが、動きは機敏で小動物のようだ。髪は鮮やかなピンクでツインテールにしてあり、リボンやヘアピンがたくさんついている。服は派手な色のセットアップで、アクセサリーも盛り盛り。表情はいつも生き生きしていて、いたずら好きそうな笑顔が印象的だ。
どうやら、この小さい奴がスーパーボールを投げ、誠の頭に当たったらしい。
「あっ、ごめんなさーい……あ」
言ったきり、小ギャルは固まった。誠の顔を、まじまじと見つめる。
次の瞬間、ゲラゲラ笑い出した。と同時に、オーバーリアクションで仲間を呼ぶ。
「ねえ、こっち来なよ! あん時の、変なおじさんいるよ! ほら、紙袋パァンやった奴!」
途端に、誠は怒り出した。
「おじさんだとぉ! なんじゃそりゃ! 俺ぁまだ二十五だ! おじさんはねえだろ!」
「いやいや、二十五だったらおじさんでしょ」
小ギャルが言い、中ギャルが頷いた。
「ウンウン、おじさんだ」
「間違いない、おじさんだよ」
大ギャルが、落ち着いた口調でトドメを刺す。
聞いている誠の体が、プルプル震えだした。もちろん怒りゆえである。
「お前ら、ふざけやがって……だいたいな、こいつの投げたボールが俺の頭にクリティカルヒットしたんだよ! なのに、謝ることもできないのかお前らはぁ!」
「どうもすんませんでしたー」
完全に棒読みで謝る小ギャルに続き、中ギャルがさらなる口撃を加える。
「いいじゃん。どうせ、あんたの頭は使えそうもないんだし」
「そうそう、どう見ても頭ん中空っぽって感じだよね」
またしても、大ギャルが落ち着いた口調で締める。
しかし、誠もこの程度で引く男ではない。
「こんの野郎……てめえら、調子こいてると髪の毛を芝刈り機で剃っちゃまうぞ!」
この言葉に、ギャルトリオは固まってしまった。無言のまま、三人で顔を見合わせる。
次の瞬間、皆で笑い出した──
「ブワッハッハッハ! なにそれ!」
小ギャルが笑い、中ギャルがバカにする。
「芝刈り機だって! バッカじゃないの!」
さらに、大ギャルが冷静に突っ込んできた。
「ねえ、芝刈り機でどうやって髪の毛剃るの? 言ってみてよ?」
対する誠は、言葉に詰まる。
「そ、それはだな……」
「答えられないー! はい論破!」
勝ち誇った顔つきで叫ぶ小ギャル。一方、中ギャルは誠の顔をまじまじと見つめる。
「なんかさ、こいつ一周回って面白くね?」
「今度さ、うちらのパーティに来ない? あんた下手な芸人より面白いかも」
そんなことを言ってきた大ギャルに向かい、誠は言い返そうとした……が、気がつくと休憩時間が終わりそうだ。
早く工場に戻らないと、鬼より怖い寅美班長に怒られてしまう。
「クッソー、ナメやがって……いいか、覚えてろ! お前ら三人、いつか恐怖のズンドコに叩き込んでやる」
意味不明の捨てゼリフを吐き、走り去っていく。その後ろ姿を、ギャルトリオは笑いながら見ている。
「恐怖のズンドコだって」
「面白い奴だったね」
「今度会ったら、もっとからかってやろう」
どうにか作業時間に間に合った誠は、いつものように外国人バイトの仕事ぶりを見て回っている。だが、頭の中では先ほどのギャルトリオとのバトルを思い返していた。
「クッソー、あいつら大人をナメすぎなんだよ。今に見てろ、必ずや血の池地獄に叩き落としてやるからな」
なんとも物騒なことを言いながら、外国人バイトたちのいる机の周囲を歩いていた。
その時、大ギャルに言われた言葉を思い出す。
(ねえ、芝刈り機でどうやって髪の毛剃るの? 言ってみてよ?)
芝刈り機で髪の毛を剃る……勢いで言ってしまったが、果たして可能なのだろうか。
誠は、とりあえずシャドー芝刈りをしてみた。芝刈り機を持っている気分で、工場内を歩いてみる。
「ほうほう、こんな感じか」
なんとなく、やり方は飲み込めてきた……あくまで、シャドー芝刈りではあるが。
では、この芝刈り機でどうやって髪の毛を剃るか。
「やはり、地面にひとりずつ埋めてやるか。で、頭だけ出してブィーンと剃ればいいんだな」
ひとりでブツブツ言いながら、なにやら手を動かしている。
そんな誠の奇行を、外国人バイトたちは横目で見ている。反応は様々だ。ついに狂ったか……という表情を浮かべている者もいれば、また誠のアホがなんかやってるよ……という者もいる。さらに、クスクス笑っている者もいた。
そんな中、ついに我慢できなくなったのが、タイ人バイトのソムチャイである。
「誠、何してるだ?」
小声で聞いてきた。誠は、同じく小声で返す。
「あのな、シャドー芝刈りだよ」
「シャドー芝刈り? それは何だ?」
「わからんのか? 芝刈り機を扱えるように練習してるんだよ」
「なぜ芝刈り機を扱うだ?」
「それはだな、バカギャルどもの髪の毛を剃るためだよ」
「はあ? 何言ってるだ?」
「わからなくていいんだよ。これは俺の戦いなんだからな」
そんなことを言いながら、誠は真顔で芝刈り機を操作する……ような動きをする。
その時、背後から強烈な殺気を感じた。まるで、背筋が凍りつくような感覚……ついで、肩をギュッとつかまれた。さらに、低い声が聞こえてくる。
「小林誠……お前、さっきから何をやっている?」
言うまでもなく、豪力寅美班長の声だ。誠は震えながらも答える。
「い、いや、これはですね……その、深い理由がありまして……」
「何が深い理由だ? お前、ついに頭がおかしくなったか? 今から、一緒に病院に行くか?」
「いや、班長となら病院より永石園に行きたいです」
「な、永石園? 何だそれは?」
若干ではあるが、寅美が動揺しているようにも思えた。誠は、すかさずたたみかける。
「あのですね、日本一ゆるいと言われている遊園地です。セットがぶっ壊れてて全然怖くないオバケ屋敷や、ものすごくスピードが遅いところが逆に怖いジェットコースターとか、馬がケンタウロスやグリフォンになっているメリーゴーランドが評判ですよ」
「誰が行くかそんなもん! 真面目に仕事しろ!」




