7.アルミラージ
耳をだらーんと垂らす可愛らしいウサギのアルミラージ。
こうした魔獣と触れ合ったことは今までなかった。
「もきゅ、きゅー」
「……よしよし」
イリスはそのままアルミラージの抱っこを試みる。
それにレイリアはぎょっとした。
「お、お嬢様……!? さらに魔獣へ触れるのは――」
「大丈夫よ。任せて」
根拠があるわけではないが。
でも、アルミラージから敵意はまったく感じない。
それどころか、このアルミラージから感じるのはある種の絆だ。
(不思議、初めて会ったのに……)
魔獣には謎が多い。
神出鬼没で、人に懐かない。
魔力を食べるからか耐久力はある、不思議な力も持っている。
しかしその謎めいた性質から社会とは切り離されていた。
『魔獣は遠い隣人である』
この常識をイリスも疑ったことはない。
でも前世の記憶が戻った今なら、魔法以上に魔獣は不可思議な存在だとわかる。
イリスがアルミラージをそっと抱きかかえる。
少し緊張しながら、そのふわふわな身体を……。
「きゅだけです!」
アルミラージは花びらをくわえたまま、おとなしくイリスに抱っこされた。
つぶらな瞳とお日様の匂い。とても可愛らしい。
「大丈夫よ、大丈夫……」
「きゅー」
イリスの言葉にアルミラージが頷く。
むしろ、怖くないよと言っているのはアルミラージの気がする。
魔獣を胸元に抱くという行為を見て、レイリアは心底驚愕する。
「魔獣とここまで接触できるとは……」
「あなたも見たことはない?」
「本でも噂話でも存じません。おとぎ話でも、このような話が含まれているのは――幼児向けだけでしょう」
その意見にはイリスも同感だ。
魔獣と一緒にいられるなんて荒唐無稽。この瞬間まで、イリスも人から聞いたら顔をしかめていたかもしれない。
でもこれは現実だ。
そして、この魔法と魔獣がいるという世界での切り札になり得る。
「……おうちに来る?」
「きゅ!」
ゼラニウムの花びらをごっくんと飲み込み、アルミラージがふんふんと同意する。
良かった。
アルミラージはどうやらしばらく、イリスの元にいてくれるらしい。
「このことはしばらく、他の人には内緒ね」
「もちろんですとも。いえ、そもそも普通の人は信じないでしょう……!」
「……もきゅ?」
いや、私は抱っこされてますけれども。
そんな顔をアルミラージはしている気がする。
まぁ、しかし私の魔法の秘めたる使い道が発見できたのは嬉しい限り。
可愛いウサギちゃんと生活もできることだし!
♦
その日の夜。
クリフォードは王都郊外の丘にひとりで来ていた。
母であるアシャの家から、ほど近い小高い丘だ。
足首までの小さな草が生え、人の気配はほとんどない。
(本当に便利だな、俺の魔法は――)
クリフォードの魔法から姿を隠せる人間は存在しない。
ゆえに隠密行動をするのにも適している。
今宵は月がきらびやかに空を照らし、星も強く輝いていた。
王宮の消えない灯も……退廃に目をつむれば美しい。
クリフォードは王都が見渡せる丘の頂上に、ひとりの影を見つけた。
フードを被り、古い切り株に座っている。
その切り株はかつて幼馴染だったイリスとクリフォード、そして目の前のこの人物がよく座っていたものだった。
「……殿下」
「やぁ、時間通りだね」
この国ではまだ珍しい腕時計を男は身に着け、時間をはかっていた。
殿下と呼ばれた男がゆっくりと立ち上がる。
「王宮はどうだった?」
「前にも増して、耐えがたく」
率直な感想をクリフォードは口にした。
「陛下の近くには、もはや諫める人間もおりません。腐敗が進み、官僚も弛緩しております」
「……国庫も危機的な状態だしね」
さもありなん。
昼間から政務を放り出し、お気に入りの臣下と宴会に興じているようでは。
「それで、決心がついたんだね?」
「はい――」
決定打はイリスだった。
クリフォードにとって、彼女を不幸にするリスクは絶対におかせない。
だが、迷っている間にクリフォードはイリスを汚してしまった。
その罪は永久に拭えない。
しかし逆の側面もある。
イリスが公爵家を離れ、クリフォードの手元に来たのだ。
これならばもう躊躇する理由はない。
枷を解き放ったのは腐敗しきったこの国自身だ。
「殿下がお立ちになるならば、このクリフォード。不肖ながら一命をもって剣を捧げると誓います」
それは平時なら決して許されない誓いだった。
人はこれをなんと呼ぶだろうか。反乱、謀反、革命――なんとでも呼べばいい。
正すのみだ。
このローンダイト王国は間違っているのだから。
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