6.魔なる存在(もっこもこ)
クリフォードがイリスの屋敷を去って。
ちょうど日は高く、掃除日和だ。
イリスは汚れても良い服装に着替え、屋敷の細かいところの掃除を始める。
ちなみにほうきと濡れ雑巾を構えてやる気に満ちたイリスに対し、レイリアは最後まで抵抗した。
「お嬢様、やはり……掃除は使用人側で」
「まぁまぁ、私も屋敷をもっと知っておきたいし。身体を動かしたいのよ」
それは本音だった。
これまでの記憶を辿るにイリスはかなりの運動不足である。
公爵令嬢で外出もしないのだから、当然ではあるが。この世界ではまだ、適度な運動が健康に結びつくという考えがない。
しかも前世の記憶からすると、イリスはかなりヤバめに体力もない。
どういう人生になるにしても、身体は資本だ。
(色々とやるのに、身体はできてないとね)
今のイリスは現実主義者である。
ろくな体力もないのに逃亡生活を送れるはずもない。
というわけで、レイリアたちと一緒に屋敷の大掃除を始める。
(家具は中々にしても……ちょっと傷が多いから、中古かしら)
センスは悪くない。
まぁまぁのお金を使ったはずだ。
掃除をしながら、イリスは窓の外を確認する。
大公家の敷地は国王に次ぐ広さだ。
高い壁が視界のぎりぎりに見え、低い茂みと芝生、乾いた道にいくつもの屋敷がある。
そのうちの小さい数個が、イリスのような妾専用の屋敷だ。
なので敷地内は当然のように警備されている。恐らく広大な敷地の外もだろう。
そう――クリフォードの母であるアシャも何度か逃げ出そうとして、失敗したと聞いていた。
(逃げ出すにしても、ちゃんと考えなくちゃね)
ほうきを重く感じながら、イリスはひとり頷く。焦ってはいけない。
今は一応、公爵令嬢の扱いだが逃亡に失敗すればどうなるか。考えたくもない。
もっと情報だ。考える素材が欲しい。
そこでイリスは手をぽんと打つ。
掃除にかこつけて、もっと遠くを見れないだろうか。
「屋敷の外も少し綺麗にしたいわね。いいかしら?」
「……問題ございませんが、はしごに登ったりなどはおやめください」
バレてたか。
だが、レイリアと一緒に外に出られるので良しとしよう。
はしごに登るのはレイリアがやり、イリスははしごを押さえる係だ。
レイリアは慣れたもので、3メートルほどのはしごの上から壁を綺麗に拭いていく。
……軍服を着た屈強な男が数人、隊を作って屋敷の外を歩いていた。
やはり逃亡は容易ではなさそうだ。
そのままイリスははしごを押さえながら警備の往来を確認する。
1時間ほどの間に、4回。
別々の人間が警備としてイリスの近くを通り過ぎた。
(ちゃんとした警備ねー……)
無計画な脱走は改めて不可能そうだ。
そのようにイリスが考え込んでいる間に、レイリアの壁拭きが終わる。
「お嬢様、ありがとうございました」
「いえいえ」
レイリアがはしごから降りてきた。
平気な顔をしているものの、押さえていただけなのにイリスの腕はぷるぷる状態である。
やはり体力作りは必須だろうか。
「……ん?」
はしごを他のメイドが撤去する間に、イリスは不審な気配に気が付いた。
すぐ近くに小さな魔力が動く感覚がある。
イリスのすぐ近くの茂みからだ。
「ふきゅ」
小さく可愛らしい鳴き声に導かれ、イリスが茂みをごそっと覗く。
そこには体長30センチほどの白くてもこもこで、額に小さな角を持ったウサギ――アルミラージがいた。
耳はふにーっと垂れて、純白の角はちょこんと丸い。
前世の記憶からすると品種はホーランド・ロップそのものだ。
「……んきゅ?」
もっしゃもしゃ。
アルミラージがかじっているのは、ピンク色の花びら。
もしかしなくても、さっきイリスが咲かせたゼラニウムの花びらだった。
(散った花びらを食べてる?)
クリフォードが鉢を持って帰る際、花びらが少し落ちたのだろう。
アルミラージが食べているのは、そうした花びらだ。
イリスが驚かないのは、この世界にはこのような生き物が昔から存在するからである。
人の近くにいて魔力のみで生きる生物。
これらを総称して魔獣と呼ぶ。
アルミラージもその一種であり、温厚でふわふわしている。
知能はかなり高いらしいが人前に現れることは珍しい……はずだった。
「きゅ!」
アルミラージは花びらをくわえたまま、イリスに突進してきた。
「わっ!?」
「きゅー……!」
そのままアルミラージはイリスの足元にすり寄って、身体を擦りつけてくる。
ふわふわで白い毛玉……イリスもこのようなもこもこ生き物は大好きだった。
「えーと……」
ごくりと息を吞んだイリスはアルミラージの元に屈んで、手を伸ばす。
そろりそろりと。
アルミラージは逃げない。
イリスの手を視認してもそのままだ。
「触っちゃうよ?」
「きゅっ」
アルミラージは拒絶せずに身体を差し出してくれる。
可愛い。では、それに甘えて。
……ふも。
しっかりと温かく、信じられないほどふわふわ。
最上の絹よりも繊細で指に触れるだけで幸せになれる手触りだ。
「きゅー」
アルミラージも目を細めて、気持ち良さそうにしている。
「ふふふっ……」
「なんと、アルミラージですか?」
はしごを片付け終わって戻ってきたレイリアが、イリスとアルミラージを見やる。
この光景にかなり驚いているようだった。
「ええ、とっても可愛いわよ」
「魔獣が人に懐くなんて、とても珍しいのでは……?」
レイリアに指摘され、イリスははっとする。
そうだった――この世界の常識と前世の記憶の狭間で、失念していた。
魔獣は特殊な存在で、人に懐くのは極めて珍しい。
触れることさえ難しいはずだった。
でも目の前のアルミラージはふきゅっとイリスに身体を寄せている。
(私の咲かせた花で……? 私の花にそんな……)
イリスは魔獣の近くで花の魔法を使ったことがない。
だからこれまで気付かなかったが。
もしかすると、これは大変なことかもしれない。
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