55.別れ
「――!! お待ちを!」
そこでイリスは大声を上げた。
ここしかないというタイミングで。
「いきなり王宮で戦うなど。まずは話し合いをすべきでは!?」
「ふん、愚かだな。エランめに話し合う気があれば、俺のところに来る。王宮を押さえに行ったということは――向こうにも話し合う気がないということだ」
「……うぅ」
それは否定できない。
エラン殿下は確実に状況を動かしに来ている。
「まぁ、しかし王宮内で爆弾、爆薬の類は使うわけにもいかぬ。陛下の身も気掛かりだ」
「じゃ、じゃあ――!」
「クリフォード、お前が前線で指揮しろ。いいか、わかっているな? 殿下といえども今は反逆者。余計なことは考えず、確実に殿下の軍を追い詰めろ」
「……御意」
クリフォードが大公から離れ、前に進もうとして……すぐに大公へ振り返る。
「少しだけイリスと話して良いでしょうか」
大公が顎を向け、好きにしろと示した。
馬に乗るクリフォードが私のすぐ近くで足を止める。
そのまま馬から降りたクリフォードはイリスに顔を寄せる。
白い息がかかりそうなくらい、すぐ近くだ。
イリスにだけ聞こえる声で、鋭くクリフォードが詰め寄る。
「何を考えているんだ」
静かに、だがクリフォードは怒っているようであった。
「なぜ俺のところに?」
「……逃げたくなかったの」
「なんだって……?」
私の答えにクリフォードが眉を寄せた。
本当にクリフォードは見たこともないほど怒り、イリスを心配していた。
「いいか、隙を見て離れろ」
「……きゅ」
ミラが鞄の中から同意の鳴き声を上げる。
もちろんイリスも大公と心中するつもりはない。
どこかでは逃げるつもりだ。
しかし、そのタイミングは心に決めていた。
大公はイリスとクリフォードを注視しているが、声が聞こえる距離ではない。
だから、イリスはクリフォードに確信を込めて言った。
「死ぬつもりなんでしょ?」
「……」
一瞬、クリフォードの瞳が揺らいだ。
それはイリスでさえも見逃しかねないほどであったが――ここまで顔が近ければ、わかる。
やはりクリフォードは大公と刺し違えるつもりだ。
「そんなことはない」
「嘘」
その時、大公が太った身体を揺らしてイリスたちへ叫んだ。
「いつまで話をしている……!?」
はっとしてイリスはクリフォードの袖を掴んだ。
とにかくクリフォードの行動を止めなければという一心しかなかった。
「約束して。死なないって」
「……わかった。約束する」
クリフォードは迷いながらも、答えた。
そしてほんの少しだけ――クリフォードはイリスの雪のついた頬に唇を近寄らせる。
「えっ……?」
甘い、酔いそうな香り。
指先まで凍てつく冬の日を溶かすような……。
春の日差しよりも強烈で。
身体の中の熱が……太陽に同調して燃えるようだった。
(……クリフォード)
ずっとこうしていたい。
そこまで感じて、イリスはこれがクリフォードの香りの魔法だと気が付いた。
わずかな間だけ、彼の魔法に包まれて。
そしてクリフォードの唇がイリスの頬に触れる。
彼の覚悟と熱が、イリスへと移った。
最後にクリフォードは……イリスの耳元で懇願した。
「俺を、信じて」
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