52.大公の軍列
近くの倉庫からも大公の兵が続々と現れ、合流していく。
イリスの思うより兵の数が多い。
数百人ではなく、もっとだ。
吹き付ける雪に逆らい、銃を持って一直線に行進している。
「ふきゅう……」
「…………」
鞄の中で不安そうに鳴くミラ。
手を鞄の中に入れて、そっと背中を撫でる。
兵は一糸の乱れもなく、戦意あるように思えた。
「まさかどこかに……戦いに行くの?」
「きゅう?」
「そんなことになったら……っ」
イリスの胸が嫌な予感に早鐘を打つ。
大公とクリフォード、その他高級将校数人が馬に乗っていた。
他は雪を踏みしめながら行進している。
大公は投降するつもりはないのか。
あるいは王宮に向かって、陛下に馳せ参じるくらいなのか。
しかし、本当に一戦を交えるつもりなら……とんでもないことになる。
エラン殿下は今のところ、最小限の武力行使でクーデターを終わらせようとしている。
市民や報道機関、商人もそれを支持しているのだ。
それが大公の兵と正面衝突することになれば、どうなるか。
国の混乱は取り返しがつかないところまで行ってしまうかもしれない。
(どうする、私は……)
ここからの選択は賭けしかなかった。どう動いても確実な答えはない。
そこでイリスは冷たい冬の空気を静かに吸って、吐いた。
(でもクリフォードのためになるのは――)
自分のことだけを考えたら、すべてを捨てて逃げればいい。
あとはエラン殿下とティリルに任せて。
でもイリスには選択がある。
前に出れば、良いか悪いかは別として……変わる。
前世の記憶を得たのは、何のためだろうか。変わるためだったはずだ。
「危なくなったら、私に構わず逃げてね」
「きゅう……」
ミラは横に首を振る。
どこまでもミラはついてきてくれるつもりらしい。
「……行こう」
タイミングを見計らって。
イリスは行進する大公の軍列、その最後尾に横から飛び込んだ。
「待ってください!」
声を張り上げた先は――最後尾の大公とクリフォードであった。
「何者だ!」
大公の軍が行進を止め、イリスの近くの兵が即座に銃を構える。
怖い。
でも、頭は妙に冴えていた。
こんな大勢で真正面から行進しているのだ。
いきなり発砲されることはないはず――イリスは両腕を頭の上に掲げ、武器を持ってないことを示した。
いくつもの最新鋭ライフル銃の銃口がイリスをぴったり狙う。
「イリス・アデス――アデス公爵の娘です!」
「アデス公爵――!?」
兵が顔を見合わせ、銃口が下がる。
レインドット大公の盟友としてアデス公爵は有名だ。
アデス公爵の娘と言われ、発砲する気が萎えたのだろう。
(生まれて初めて、父の名に感謝したかも)
心の中で皮肉げに思い、兵を見据える。
すると動きを止めた兵の後ろから、馬に乗ったレインドット大公が顔を覗かせた。
「……本物だ」
大公は眉を寄せて、イリスの姿を不審に思っているようだった。
それは当然だろう。
混乱の最中にイリスが屋敷を抜け出すのは理解できるとして、あえてこんな大公の前に姿を現す理由がないからだ。
「どういうことだ?」
大公は太った身体を揺らし、イリスを疑惑の目で射抜く。
クリフォードは大公の横で平然とした顔をしながら、眉を寄せていた。
(なぜここに来た!?)
多分、他に人がいなければそう掴みかかられていただろう。
でも許して欲しかった。
これが最後のワガママだから。
ふーっと白い息を吐いてイリスが大公とクリフォードを見つめ返す。
クリフォードを救うため。
そのためにイリスは最後の賭けに出ようとしていた。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!





