50.クーデター⑤
同じ頃、王宮は驚天動地の大騒ぎになっていた。
大雪で連絡網、交通網が弱まる中でのクーデター。
様々な報告が飛び交う中で……門閥貴族は震え上がり、ローンダイト王にすがっていた。
王や大公とともに甘い汁を吸っていた彼らは、広間に伏して王に拝謁している。
ある者は全身から汗を流しながら、ある者は過呼吸寸前になりながら。
広間にて平然としているのは、ひとりだけ――ローンダイト王のみであった。
伏した貴族のひとりが、震えながらローンダイト王に呼びかける。
「陛下、何卒――反逆者どもを制裁するようご指示を。あやつらはすぐにでも王宮に殺到してくるでしょう!」
それに対してローンダイト王は、南から取り寄せたオレンジをかじっていた。
「そうか」
そしてワイングラスを傾け、酔いに任せるローンダイト王に、貴族が叫ぶ。
「陛下! なにゆえ命令も下さずに落ち着いておられるので?! まだ王宮警備隊と地方の軍がおります!」
「ここから一戦交えて反逆者を討てと?」
「王弟殿下の号令がある以上、我々門閥貴族だけでは兵は動きません! 陛下に率いてもらわねばっ!」
それは豚の命乞いに似た叫びだった。
貴族らのあまりの形相に、ローンダイト王は思わず笑みを浮かべた。
「な、なにが面白いのです!?」
「俺は元々、王になんぞなりたくなかった。真面目に学ぶのも、誰かのために働くのも――心底嫌だった」
ローンダイト王はワインの瓶を持って立ち上がり、貴族らを見やった。
「長子ということで玉座に座って、どかされるまで楽しもう――そう思ったが、意外と早い幕引きだったな」
広間から出ようとするローンダイト王に貴族が戸惑う。
「陛下はど、どうなされるおつもりなので……」
「まだ飲み足りぬ」
王の言葉に貴族らが唖然とする。
「国のことは貴様らに任す。エランに討って出るなり、投降するなり好きにしろ」
「そんな……っ!」
貴族のひとりが立ち上がり、ローンダイト王へと吠えた。
それは陛下を奮い立たせる切り札――のはずだった。
「大公閣下は兵を集め、抗戦なされるとのこと! それをも見捨てられるのですか!?」
ほう、とローンダイト王は眉を吊り上げた。
「あいつは戦うつもりか。意外と骨がある」
「そうです! 陛下もどうか、大公閣下とともに――」
「ふむ、良き余興だ」
「……は?」
「この王宮内で一番高いのは……ハヤブサの塔か。俺はそこから眺めさせてもらう」
そう言ってローンダイト王は王宮の奥へと消えた。
残された貴族と官僚はパニック状態に陥り、散り散りになっていった。
いくらかの者は抵抗を試み、王宮へ立て籠もろうとする。
そして残りの者はエランのクーデター勢力への投降を始めた。
いずれにしても王の命令のないままでは組織的に動けない。
クーデターの趨勢は決まろうとしていた。
◆
一方、クリフォードは王都の川沿いにある大公の指揮所に近づいていた。
兵の姿は見えないが、人のまとう匂いが濃くなっている。
(どうやら本当のようだな)
王宮がどうなっているか気になるが、それよりもクリフォードの胸にあるのは――贖罪の意思であった。
父だけは、大公だけは。
自分の手で決着をつけなければならない。他の誰にも、エランにも委ねたくはなかった。
川沿いの倉庫街の一角に、不自然なほど巨大な倉庫が見える。
もっとも平時なら、どこかの大商人が建てた倉庫だとしか思われないだろうが。
(……周囲で人の気配がする倉庫が4つか)
巨大な倉庫を取り囲むように、それよりも小さな倉庫が3つ。
恐らく、それぞれの倉庫に数百人がいる。総勢は1000人を超える程度だろうか。
急いでかき集めてきたにしては、中々の兵力だった。
(やはり父は引き下がらないか)
良識ある多くの人間がエラン殿下の元に集っているというのに。
まだなおも、欲に塗れている。
「……行くか」
ここから先は父との勝負だ。
クリフォードは息を呑み、中央の巨大な倉庫へと向かう。
決着の時は迫っていた。
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