49.クーデター④
「おや、あなたは――」
軍人がティリルを認め、会釈する。
どうやらお互いに顔見知りのようだ。
「すみません、この方は状況がわかっていなくて……私が説明いたします!」
「えっ?」
そう言ってティリルはイリスを軍人から引き剥がし、通りへと連れて行こうとした。
ここでは話せないことか。
戸惑う軍人にイリスが礼をする。
「申し訳ありません、殿下の義挙が達せられるのを心よりお祈りいたします!」
「は、はぁ……」
イリスもその場を離れ、ティリルへとついていく。
周囲の群衆から少し離れたところで、ティリルがコートの雪を払った。
「ふぅ、驚きました……。いつかはこうなるかもと思っておりましたが、まさかこんな日に……」
「……この日だからこそです」
「にしても、軍人に話しかけるのは少し軽率ですよ。あの方は大公とは離れた人ですが、それでも……」
「そ、それはすみません。居ても立ってもいられなくて」
ティリルに指摘され、やはり迂闊だったかもとは思う。
ただ、どうしても動きたかったのだ。そんなイリスの態度にティリルが少し考え込んだ。
「状況はわかっておられるのですか?」
「号外新聞を読みました。エラン殿下がクーデターを起こしたのですよね?」
「ええ――今のところは悪くない推移と言えるでしょう」
ティリルが言うには、商人や報道機関のほとんどは殿下の側についたとか。
その他、クリフォードと繋がりのあった軍機関も殿下に従う意向らしい。
「ではほぼ成功なのでは?」
「外堀は埋まりつつあります。しかし――門閥貴族と陛下と王宮を押さえない限り、終わりません」
エラン殿下の率いる戦力はローンダイト王国の中の極一部。
地方にまで展開する余力はなく、いかに素早く王都を制圧するかがすべてだとか。
「門閥貴族も投降を始めていますが……肝心の大公閣下の行方は不明です」
「レインドット大公が……。クリフォードは?」
ティリルが首を振る。
「我々も殿下も行方を捜しているのですが、見つかりません」
「殿下のおそばにいないなら、クリフォードは多分、大公の元におられると思います」
イリスは唇を噛む。
ティリルとルミエ、エランの繋がりでクリフォードの行方がわからないのなら。
それ以外考えられない。
しかし、この混乱した王都の中で、どうやって大公とクリフォードを見つければいいのか。
誰かが見つけるのを待つしかないのか。
でも、それでは手遅れになる気がした。
「大公の行方について、このような時にルミエから聞いたことはあるのですが……」
「本当ですか!?」
周囲に目配りをしたティリルが頷く。
「王都北の別荘、川沿いの指揮所、王都南の厩舎……緊急時にはこのどこかにいるだろうと」
「……どれも離れていそうですね」
王都北の別荘と南の厩舎はレイリアから大公の持つ不動産として聞いたことがある。
門閥貴族たちで集まる場所で、たまに大公の夫人も呼ばれるのだとか。
川沿いの指揮所だけは聞いたことがない。
(場所が離れすぎている……っ)
北と南を行き来するだけで、今の王都では一日仕事だ。
この3箇所のいずれかにいるとしても、一体どこに?
「クリフォード……っ」
「きゅ」
鞄の中にいるミラがにゅっと頭を出した。
最後のキャベツの葉をもきゅっと飲み込む。
「……ふきゅ?」
「うん、あの人を探しているの」
「きゅー、きゅっ」
ああ、あのいい匂いがする人ね。
と、ミラが頷く。
「ふきゅぅ……」
ミラが何度か鼻をひくひくさせると、前脚を向こうの通りにびっと差した。
「ミラ……?」
「きゅー、きゅっ!」
ミラの瞳が訴えかけていた。
イリスはミラの鳴き声に従い、通りの裏側に回る。
そこは建物の群れに隠された小さな川であった。
「きゅっ!」
まさか、とティリルが喉を鳴らす。
「ミラちゃんはクリフォード様のことを?」
「ふっきゅ!」
ミラがぴょんと鞄から脱出して、雪に覆われた地面に着地する。
そのままミラはイリスの前を進んだ。
ミラには確信があるのだろうか。
わからない。
でも、他に手掛かりらしいものもイリスにはなかった。
「ティリル様は……殿下に知らせてきてもらえますか」
「ミラちゃんに賭けるので?」
「はい、信じます」
イリスは頷いた。
いくつもの出会いには、きっと意味があると。
他にすがるものもない。
ミラに賭けよう。
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