47.クーデター②
柔らかな言葉遣いに秘めた意志。
クリフォードには人を率いる天性の素質がある。
心のどこかで考えていたことを言葉にされても、アデス公爵は容易には受け入れられなかった。
「投降……そ、それは……」
「殿下は流血を好む御方ではありません。早めに投降すれば悪いようにはなさらないはず」
「うっ、確かに……」
アデス公爵はエランをいけ好かない小僧と見下していた。
しかし、クリフォードの言う通りだ。外務大臣としても任務には実直で、苛烈な話は聞かない。
ローンダイト王と真逆の男と言っていい。
「しかし大丈夫なのか……? もう少し様子を見てからのほうが……」
「陛下に忠誠を尽くすのなら、前線に立つべきでは」
クリフォードに指摘され、アデス公爵は押し黙る。
状況は不明。
だが、ローンダイト王の評判は最悪だ。
それにローンダイト王から切り捨てられそうだったアデス公爵が中立を保ったとして、意味があるのか。
頭が破裂しそうなほど痛い。
凡人のアデス公爵にはもうどうしていいのかわからなかった。
「公爵が屋敷に立てこもっているのも、王宮に参内すれば無理難題を命じられるかも……そのように考えているのでは?」
それは否定できない。
もし陛下の御前に立って、この騒動を収拾するよう命じられたら……。
「殿下に投降するのが不安なら、さらに手があります」
「な、なんだ?」
「連絡のつく門閥貴族と手を取り合い、投降しなさい。そうすれば殿下の心証はより良くなるでしょうね」
「陛下を完全に見限れ、と……」
ごくりとアデス公爵が喉を鳴らす。
恐ろしい。
すべてが恐ろしい決断だった。
到底、人に言われてすぐに決められるようなことではない。
だが、不思議だった。
このクリフォードと一緒にいると心が強くなった気さえする。
アデス公爵は知らない。
クリフォードがわずかに魔法を使い、アデス公爵の心理に影響を与えていることを。
人を安心させ、誘導するのは声や見た目だけではない。
微細な匂いもまた、人の心理に影響を与える。
一対一で近くにいるのなら……クリフォードの魔法の格好の的だった。
「……わ、わかった。どうせ俺は前線に立つ気なんてない……」
「賢明な判断です」
そこでクリフォードがじっとアデス公爵を見つめた。
「残る問題は私の父、レインドット大公――だけですかね」
「閣下は……彼は王宮に?」
「行方をくらませているようです」
クリフォードがアデス公爵の元に来た理由はふたつある。
ひとつは投降を促すこと。
この男が表立って抵抗するとは思えなかったが、きちんと心は決めさせねばならなかった。
もうひとつは大公の身柄を確認すること。
あの男は素早い。
クーデターの話が伝わった瞬間、姿をくらませた。
そして今、彼が反撃の準備をしている可能性はかなり高い。
早急に抑えなければ。
「…………」
「長年、一緒にいたあなたなら父についてもよくご存じなのでは」
「君が生まれる前に噂を聞いたことがある」
「噂……?」
「先代の王の依頼で、王都内に秘密の指揮所を作ったとか。大型の爆弾にも耐えられるような……」
「それはどこに?」
「大公の屋敷と王宮を結ぶ直線の……」
アデス公爵の心はクリフォードの魔法によって、弱められていた。
一級の機密さえもたやすく口にしてしまっている。
「川沿いにあると聞いたことが……」
「なるほど、わかりました」
はっとしたアデス公爵が目を見開く。
「俺は……」
「殿下へ投降なさるのでしょう?」
「……そうだ。俺は何も悪くない。俺は……」
ぶつぶつ呟くアデス公爵を立たせて、クリフォードは部屋の外へと連れて行く。
そこにはクリフォード配下の騎士たちがすでに控えていた。
「公爵殿は心を決められたようだ」
「はっ!」
アデス公爵は真っ青な顔でクリフォードを見上げる。
「俺は助かるんだよな?」
それにクリフォードは頷いた。
アデス公爵は思ったよりも従順だった。エランも命は取らないかもしれない。
「ええ、命は助かると思いますよ」
命だけは。この国にいられるか、財産を没収されないかまでは知らないが。
そこまで約束する義理はない。
この男もまた、腐敗した貴族のひとりなのだから。
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