46.クーデター①
イリスが屋敷を脱出する、少し前。
クーデターは軍靴と大砲の音から始まった。
エランの取った手段は王都の封鎖と強襲……地方を巻き込まず、最小限の行動だけで終わらせるつもりであった。
まず最初の制圧目標は主だった公官舎、それに鉄道と新聞社だった。
雪降る中、エランは自身に忠誠を誓う近衛軍の者たちに言い渡す。
「くれぐれも市民、官僚らを動揺させないように。この蜂起は義挙。流血と混乱なく終わらせるのが、何よりも重要です」
「はっ、心得ております!」
これらの者たちはクリフォードに心酔し、彼から推薦された者たちだ。
国を憂う心は同じ。何年もの腐敗の中でもそうした者は残っている。
しかし不安はある。
どれだけ準備をしたとしてもクーデターに不確実性は付き物。
気を抜くことはできない。
息が詰まるような緊張感の中、エランの本営に伝令が駆け込んでくる。
「――殿下! 鉄道警備隊および参謀本部は殿下に服するとのこと!」
「各国大使館は今回の事態に対し、続々と中立を表明しております!」
ふむ、とエランは思案する。
国の動脈を守る鉄道警備隊と軍の要である参謀本部を掌握できた。
それに各国の静観――ここまでは予定通りと言っていい。
「殿下、順調でございますな」
「……確かにね。でも王宮を押さえるまでは終わらない」
今のところ、商人も新聞社も官僚もエランを受け入れている。
誰もが新しい王と国の刷新を待っているのだ。
(ローンダイト、お前はなぜ……?)
門閥貴族も志ある人間は王に嫌われ、王都からは遠ざけられている。
敵になりうる有能な人間は極少ない。
そして気になるのは――クリフォードが本営に姿を見せていないことだった。
エランの側近のひとりが顔に闘志を秘め、卓上の地図を見渡す。
「クリフォード殿は別働隊を率いて、王の近臣を押さえられるとか。それが決まれば……っ」
そう、クリフォードの任務はあの宴、退廃の間の連中の排除。
他の人には任せられない最重要の任務だが、クリフォードはどうやって達成するつもりなのか。
詳細について、クリフォードはエランにも明かしていなかった。
「焦ってはいけない。新しく我らに賛同してくれた人たちから兵を選抜して増強するように」
落ち着いた指示とは別に、エランは焦りを感じていた。
「そろそろ懇意の新聞社から号外を出してもらい、情報を開示しよう。ここから支持を得られるかが、すべてを決める」
◆
同時刻、アデス公爵は王都にある自らの屋敷で頭を抱えていた。
「一体、なぜ……!? ど、どうなっている!?」
大砲の音と王都を制圧しようとする、見知らぬ軍隊。
すべてが予想外で、頭がパンクしそうであった。
もちろんこのような事態を懸念しなかったわけではない。
だが、それはアデス公爵の考えではもっと先のはず――。
凡人は常に事態を読み誤る。
アデス公爵は震え、恐怖に支配されていた。
「……エラン殿下が蜂起されたようですね」
そのアデス公爵の前には落ち着き払ったクリフォードがいた。
憎らしいほど涼やかで、気品あふれる男。
アデス公爵はどうしてクリフォードがそんなに人気があるのか、これまでわからなかった。
血筋が良くて見た目だけの男だと内心、思っていたのだ。
ぱぁんと銃声が遠くに鳴る。
「ひいっ!」
あの銃声は自分たちに向けられるのではないか。
そう考えるとアデス公爵は怖くてたまらない。
なのにクリフォードは平然としている。
曲がりなりにも屋敷の執務室で座っていられるのは、クリフォードがいてくれるからだ。
でなければ叫んで王都から一目散に逃げ出すか、寝室でシーツを被っていただろう。
クリフォードが兵から絶大な人望を集めるのも、今なら納得できる。
この男のそばでなら、まだ威厳を保っていられるからだ。
冷静さと勇気は人を人たらしめる重要な要素だと今更ながらに実感する。
「こ、これからどうする……!?」
アデス公爵の頭からは、クリフォードとエランが親友などということは吹き飛んでいた。
いや、そこまで考えたくなかった――もしそうなら、アデス公爵は破滅だ。
クリフォードは柔らかな笑みを浮かべ、アデス公爵の肩に手を置く。
「私と一緒に、最前線でエラン殿下に戦いを挑みますか」
「馬鹿な、そんな――」
無理だ無理だ無理だ。
門閥貴族でおべっかを使い、軍務経験もないアデス公爵にそんな選択肢はなかった。
絶句するアデス公爵にクリフォードは首を振る。
「なら、投降するしかありませんね」
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