42.警告
ルミエのメイドが人を連れて部屋に戻ってくる。
ターバンに髪を隠し、口髭を生やした細身の男性……ゆったりとしたローブは南の諸国を彷彿とさせる。
年齢は20歳前後。
イリスにとっては会ったことのない男性……のはずだった。
しかし見覚えのある瞳。
そしてどことなく懐かしい雰囲気を漂わせている。
(……?)
この男性には会ったことがあるはず。
イリスがそっと集中すると、目の前の男性から魔力が感じられる。
同時にはっとイリスは気が付いた。
それを察したルミエがお互いのメイドに呼びかける。
「しばらく3人にしてくれるかしら?」
この部屋は広くないので、メイドは2人なのだが(イリスとルミエでお互いにひとりずつ)
イリスもレイリアに頷き、3人だけにしてもらう。
メイドがいなくなって、イリスが身を乗り出す。
「まさか……?」
「……やはりわかるみたいだね」
目の前の男性がターバンを取ると、そこには久し振りに会う幼馴染の――王弟エランがいた。
エランはゆったりとした仕草で椅子へと腰掛けた。
「かなり自信あったんだけどな。魔力への感度が鋭い君には通じないか」
「……!」
大きな声を出しそうになり、慌てて口をつぐむ。
ミラはエランを見て首を傾げながら、ポリポリとクルミを食べていた。
「見事なものよ。私でさえわからなかったのに……やっぱり魔力持ちは違うのね」
ルミエは落ち着いて紅茶を飲んでいる。
状況の理解に頭が追い付かない。
ここにいるということは、ルミエがエランを招いたということだ。
イリスに会わせるため。
エランと会うのは久し振りで、色々と話したいことはあるのだが。
「……どうして、ここに?」
「少し話をしたくてね。静かな環境で」
エランが軽く手振りを交えながら話す。
狭い室内のはずではあるが、どことなく華やかになる。
人を安心させる才能という意味で、エランの右に出る者はいない。
「まず俺がここに来たのは……警告をするためだ」
「…………」
柔らかな顔のまま、エランははっきりと告げた。
(もしかして……)
姿を見せないクリフォード、そして今のタイミングで訪れたエラン。
「最近、南の国が物騒なのは聞いていると思う。用心してほしい」
エランの言葉を聞きながら、これは嘘だとイリスは直感した。
そんなことなら手紙で事足りる。
もっと違う意味がある――エランは常に計画を立てて動く人間だった。
騒がしい新聞記事。
思い詰めたクリフォード。
色々なことが頭の中を駆け巡る。
「クリフォードは……最近、彼と会えていません」
「……彼はとても忙しいんだ」
それは静かだけれど、内側に哀しさが込められていた。
嫌な予感がぞわりとイリスの背筋を這う。
「彼は……彼と話したいです」
「それは無理だ」
「どうして?」
イリスの問いかけにエランは首を振る。
「彼がそう望んでいない。俺も……止められない」
「どういう意味かしら?」
傍観者に徹していたルミエが初めて口を開いた。
「殿下とあの子は北でも今も、一緒に行動しているのではなくて」
「そう、だけど今の彼は――自分を見失っているかもしれない」
「それって……!」
イリスが思わず立ち上がる。
何を。
クリフォードは何をしようとしているのか。
「俺が言えるのはここまでだ。いいかい、よく用心してくれ」
ターバンをつけ直したエランが席を立つ。
早すぎる。
だけど、彼がいられる時間も短いとはわかっていた。
「……私は」
どうすればいいのか。
エランは何を伝えようとしてくれているのか。
「今年の雪はまだまだ降りそうだ。雪が積もる日には、気を付けて」
イリスがごくりと息を呑む。
それは何気ない言葉のようでいて。
雪が積もる日。
どうして、わざわざ。
「……殿下も忙しいのね?」
「ええ、しばらくの間は。今日、この場を設けて頂き、ルミエ殿には本当に感謝いたします」
それだけ言って、エランは変装を整えて帰っていった。
これ以上、話せることはないと。
有無を言わさずに。
その背を見送りながら、イリスは呆然として椅子に座った。
本当に嫌な。
嫌な予感と予想が頭から離れないのだ。
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