36.思惑
クリフォードは心に刃と反逆の心を隠しつつ、王宮勤めを続けていた。
クリフォードには覚悟ができている。
横暴なる君主、好色な父……腐敗したすべてを断ち切らなければならない。
(……まさか、偽りの顔を作るのがこうまで役立つとは)
父に道具のように扱われて生きてきた人生。
しかし皮肉にもそれを耐え抜いたおかげでクリフォードは嘘が上手くなった。
クリフォードが心を隠せば、ほとんどの人間が真実を見抜けない。
例えイリスであっても……すべてを見抜くことはできないのだ。
クリフォードはエランと距離を保ちつつ、隙を見ては国内を奔走した。
誰が味方になるのか、敵になるのか。
繊細な政治力学を要するのだが、クリフォードはそうした面でも――父譲りの技術を持っている。
今日、面会したのは王都で名を馳せる商人たちであった。
「クリフォード様にこのような会合を設けていただけるとは、感謝の申し上げようもございません」
商人たちの長、立派な顎髭と帽子を被った初老の男が頭を下げる。
続いて、王都の名だたる商人も同様にクリフォードへ敬意を表して頭を下げた。
「そんな、私などはまだまだ……。精進中の身です。どうぞ顔を上げてください」
「おお、なんとありがたきお言葉……」
クリフォードは朗らかに応対しながら、商人たちの反応を注意深く探る。
彼らは王都のみならず王国全体の経済を握る重要人物。
中にはもちろんローンダイト王と繋がって利益を貪る者もいる。
(だが、今の国家は商人なしに動くものではないからな)
鉄道、大砲、銃器、電信。
金の力は恐ろしく国家を強くした。
まだ飛行機は量産化の途上だが、実現すればまた世界が変わる。
「北の諸国との不穏なる日々も終わりを告げた。これで北との交易もスムーズに行くだろう。今回は遠慮なく、貴殿らの意見をうかがいたい」
クリフォードはなるべく温和に見えるよう、全員を見渡して言った。
「時代の動きは早い。気になることがあれば、何でも言ってほしい」
商人たちが顔を見合わせる。
彼らにとってクリフォードは……恐怖の対象でもある。
なにせあの大公の嫡子、さらには国防の英雄、王国一の騎士だ。
迂闊なことを言うまいとしているのが、クリフォードからは手に取るようにわかった。
「それでは少し宜しいでしょうか?」
座の全員が声を上げた人物に注目する。
強めの赤みを帯びた金髪の女性――ティリルであった。
「北との境界争いも一段落し、喜ばしいことに商売の機会は増えております。このような傾向は今後も継続すると……?」
「ええ、ローンダイト王国は平和を愛する国。当面は今のような状況が続くでしょう」
ティリルとクリフォードは申し合わせたわけではない。
しかし、お互いに何も知らないわけではない……イリスという見えない線があるのを、ふたりだけが承知していた。
ティリルを口火に小心そうな商人がおずおずと手を挙げる。
「では軍の状況も……?」
「研究開発は進めますが、予算は削減傾向かと」
ここまではもう決まったことだ。
(あのローンダイト王の遊興費に消えるのだがな)
軍縮は構わない。
しかし、あの馬鹿騒ぎに付け替えられるのはどうなのか。
「……では、財政は今のままと」
「そのようになるでしょうね」
クリフォードが座を見渡すと、何人かがわずかに不安そうな様子を見せていた。
さらに別の人間が発言をする。
「公開されている王国の財務表の数字からすると軍縮はある種、必然かと……しかし、その……」
言い淀む商人の額からは汗が浮き出ていた。
ローンダイト王は自分に歯向かわない限り、平民に興味がない。
ゆえにめったなことで商人が罰せられたことはないのだが、それでも勇気がいるのだろう。
「その、全体の予算規模は変更はなく……?」
「そうですね、その点は変更なく……むしろ増額されるかと」
クリフォードがさらりと口にした言葉に、いよいよ何人かの商人の顔に危機感が浮かぶ。
それらの中には顎髭の商人の長も含まれていた。
(やはり今の国家運営に不安があるようだな)
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