32.スプーンに映る心
ミラに急かされ、イリスは迷う。
(わ、わわたしは何ともないけど、クリフォードを嫌な気持ちにさせたら……)
物凄い勢いで思考を回転させるイリス。
恥ずかしいと思いながらも、ミラもやったことだし……という気持ちはある。
いや、可愛いウサギちゃんと並べるのは問題かもだけど。
ミラがじーっとイリスを見上げる。
「……きゅう?」
『イリスちゃんはせっかくお料理を作ってくれたクリフォードたんにお礼もしない、恩知らずな悪女野郎なの?』という視線を感じる……。
ミラの眼差しはとても雄弁で、しかも正論だ。
プリンを食べてもらうだけ……他意はない。
ぐっとミラの視線に負けたイリスがミラの差し出したスプーンを手に取る。
クリフォードはミラの意図がわからず、混乱しているようだった。
「えーと、イリス……?」
「……静かに」
なぜだろうか。
スプーンを受け取っただけで、頬が呆れるほど熱い。
イリスは手が震えないよう自制しながら、身体を乗り出す。
(ここまで来たら、一気に!)
そしてさくっと……クリフォードのプリンをスプーンですくい取る。
「……え?」
戸惑った声を出すクリフォード。
ふいに考えてしまうと動きが止まりそうだ。
(私はウサギ、感謝するウサギ、ミラと同じで……)
ぶつぶつぶつ。
頭の中をふわきゅいするウサギで埋め尽くし、イリスは動く。
プリンの載るスプーンをイリスは……ぐっとクリフォードの前に差し出した。
「イ、イリス……」
「はい、ミラと同じ。……お礼に」
なんだか声が震えて、なおさらそれが恥ずかしい。
ぷるぷる揺れるプリンを見つめるクリフォードは驚いて動かない。
もどかしくなったイリスがさらにくいくいっとスプーンを前に出す。
「は、はやく……」
「わかった……」
クリフォードも困惑しながら、差し出されたスプーンに顔を近付ける。
それが、どうしようもなく艶めかしいものに感じてしまって。
胸が激しく鼓動するのを自覚しているうちに、クリフォードがぱくりとプリンを食べた。
「うん、美味しい」
「あ、ありがとう……」
なんだか変なお礼を言って、イリスは座り直す。
「きゅい!」
ミラはやり遂げましたぜ、という顔をしている。
(あああ〜……ああー……)
イリスはすぐにでもお風呂に入って、首まで浸かりたい気分であった。
ディナーのあと。
アシャへの花をクリフォードへ渡すと、別れの時間が近づいてくる。
ミラはふかふかのタオルで横になって、うにょうにょ……意味もなく身体をのばーしていた。
イリスは屋敷の庭先までクリフォードを見送る。
星は目も覚めるほど美しく、月はあふれんばかりに輝いている。
「……バニラプリン、美味しかった」
「あはは、あれは君のおかげだよ」
クリフォードは咲いたコスモスの小さな鉢植えを慎重にバッグへと入れていた。
「何か、やろうとしているんだね」
「……うん」
さっきは言うつもりがなかったけれど、聞かれれば嘘はつけない。
クリフォードが鉢植えの位置を確かめて、バッグを閉じる。
「君は変わったように見えて、変わらないね」
「どういう意味?」
「昔の君はかなり強かったから」
……そうかもしれない。
キャロルが大きな顔をして、父がイリスを軽んじるまでは。
成長するにつれてイリスはますます抑圧されていったのだと思う。
そういう意味では前世の記憶を取り戻した今は、子どもの頃のように心は芯が通っているように思う。
「俺の助けは……必要かい?」
クリフォードに問われ、イリスは首を横に振った。
「大丈夫」
聞かれたら、こう答えようと決めていた。
今の自分は大公の妾で。
クリフォードとこうしているだけでも、奇跡のようなものなのだ。
それを見間違えることは、あってはならない。
イリスはそう、心に決めていた。
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