28.屋敷に戻ると
「ふぅ、まずはこんなところでしょうか……」
ティリルが手を置いて、すすっと金貨20枚をテーブルの中ほどへ押し出した。
「こ、こんなに……?」
「まずは前金として金貨20枚。もう少し上手く売れれば、さらに……5枚から10枚くらいは見込めるかなと」
とんでもない金額が飛び交っている。
金貨20枚は200万円ほど。
それくらいのお金は……前世での車や家で知らないわけではないが。
しかし、数時間のお駄賃としては、あまりに大きすぎる金額だ。
「ティリルはごまかすような人間じゃないわ。まぁ、私が許さないけれど」
「それはもう信用していますが」
というより、信用するしかない。
イリスには魔法があっても販路がない。
バニラビーンズを抱えて手売りなんてできないし……。
ティリルはとても真面目な顔をしていた。
「私としては、今後ともお付き合い頂く上での誠意と言いますか。バニラビーンズは南方からの輸入に頼るしかない商材で、今後も根強い需要があるかなと……!」
人の誠意が身にしみる。
確かに、一回だけで終わらせるつもりは毛頭ない。
せめて……そう、エスケープして数年分の逃亡生活費。
そこまで考えると1500万円分、金貨150枚は確保したい。
そこまで行けばかなり良いのではないか。
「……ありがとうございます!」
ということでイリスはバニラビーンズをティリルへと引き渡し、金貨20枚を手にした。
「あとはこれも。使ってないものだけど、あなたにはいるでしょう?」
ルミエが持ってこさせたのは、小さな小さな金庫だった。
かなりミニマムで30センチのミラよりちょっと大きいくらいか。
「何から何まで……本当にありがとうございますっ」
その日は日が暮れるまでルミエ、ティリルと話し合い、紅茶を飲んだ。
もちろんバニラエッセンス入り。
軽く香る程度だが、なんだか新鮮さと達成感あふれる紅茶になってくれた。
で、金庫と金貨、バニラビーンズの一部を持ってイリスは屋敷へと戻った。
「きゅきゅい」
「うん? このバニラビーンズは……クリフォードに渡そうと思って」
渡すというか、供給というか。
彼に香辛料や食材を渡すとなんと不思議なことに、すごい料理になって戻ってくるのだ!
……はい。下心がアリアリである。
秋も後半、やや夜風が冷たいが心と財布は温かい。
そうしたイリスが屋敷に到着すると――。
「このバニラの香りは君か」
「クリフォード!」
驚くべきことにクリフォードがイリスの屋敷で料理をしていた。
「来てたの!?」
「ああ、王都の会議やらが連続で来れなかったけれど。今日は比較的、仕事がなかった」
エプロンをつけて微笑むクリフォード。
屋敷には焼けたチーズのお腹が空く匂いがしている。
「何を作ってるの?」
「今日は良いチーズ、それにイモがあったから……グラタンにしようかと。そろそろ寒くなってきたし」
「うぁ、美味しそう!」
「もうちょっと時間がかかるけどね。グラタンだから」
「待つよ、それくらい……! 心して待たせて頂きます!」
バニラビーンズの取引で、イリスはいつになくハイテンションだった。
そこでクリフォードがじっとイリスの持っている鞄を見つめる。
「……そのバニラは使っていい用かな?」
「もちろん! むしろ……その、クリフォードに使ってほしくて」
「あはは、いいよ。それでデザートを作ろう」
クリフォードはふたつ返事で微笑んでくれた。
これは心の底から同意している笑みだ。
イリスは鞄からミラを抱えてテーブルの上に載せる。
「きゅい!」
『クリフォードたんの料理を私も耳を長くして待ってます』の顔だ。
さらに鞄に手を突っ込んだイリスがバニラビーンズを取り出す。
「ああ、いいバニラビーンズだね」
クリフォードはイリスからバニラビーンズを受け取り、目を細める。
「今晩のデザートはこれを使ったバニラプリンにしようかな」
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