19.出し惜しみはせず
紅茶を好むルミエでさえ、バニラを知らない。
イリスはここまでは自分の考えが間違っていなかったと確信する。
バニラは前世だと中央アフリカが原産で、人工授粉の技術ができるまで普及は難しかった。
アイスやリキュール、香水にとても好まれるのに……である。
そしてイリスの望むすべての特性をバニラは持っているはずだった。
バニラの名前を聞いたティリルが軽く身を乗り出す。
「バニラをご存じなので?」
「はい、前にちょっと」
前というのは、前世のことだけど。
まぁ、そこは説明するつもりはない。
「ティリル、バニラというのは?」
「香料ですよ。ほら、西大陸原産で――数年前にちょっと持ってきましたよ」
ああ、とルミエが天井を見上げた。
「思い出したわ。チョコレートの菓子に使われてた香料ね……確かに悪くはなかったけれど」
「問題が……?」
イリスはドキリとする。
バニラがダメだと、また別の良さそうな植物を考えなければならない。
「値段が高すぎるわ。銀と同じ価格じゃ、私でも気軽に使えないもの」
ルミエが肩をすくめる。
「しかも原産地は西大陸で供給が安定しないと言っていたわよね。事前にきちんと手に入るかわからないモノは……」
ルミエの性分なら、そうだろう。
彼女は何事も準備しておきたい人だから。
そこでルミエがイリスに目を向ける。
「……でも、そんなバニラをイリスは魔法で生み出せると」
「はい、試したことはありませんが」
「条件があるのですか?」
ティリルの言葉にイリスが頷く。
これは能力の核心のひとつだが、説明しないわけにいかない。
「私の魔法は種や苗など、元になる物がないと発動できません」
「ふむふむ……この茶葉から生やすことは?」
ティリルがティーポットを指差す。
イリスはそれに対して首を横に振った。
「無理です。完全に死んでしまっていると……ダメみたいで」
「でも種なら……オッケーだと」
イリスは頷いた。
「砕かれたり、焼かれたりするとダメですが。普通の状態の種ならば」
「ううむ、しかし……それでも凄いですね。可能性の塊です……」
良い手応えだ。
イリスも思わず、身を乗り出してしまう。
「可能性はありますか?」
「バニラの種になるものは入手できます。しかし、これほどの魔法は連続使用できないのでは?」
「そこも問題ありません」
イリスは服のポケットから、パラパラと数十の種を取り出した。
ゆっくり、ひとつずつ指先で触れる。
これらの種は、イリスがこれまで実際に咲かせてきた品種だ。
具体的にはローンダイト王国で普遍的な植物ばかり。だから、大した集中は必要ない。
「……っ!」
イリスの魔力と集中が種に宿り、芽吹く。
あまり大きくすると問題だ。これはデモンストレーションだから。
ひとつ、ひとつ。
種から芽が生えて急速に成長する。
それをひたすら、繰り返す。
これにはルミエもティリルもびっくりしている。
「そ、そんなに……!?」
「まだ続くのですか……!」
この話し合い、イリスはインパクトが重要だと思っていた。
自分の魔法を売り込み、ティリルをしっかりと惹きつけないといけない。
だから、出し惜しみはしない。
今のイリスにできる、すべてをやり切ってみせる。
それからもイリスはテーブルの上の種をひとつずつ、芽吹かせた。
春の花も夏の花も。
色鮮やかな花も、つぼみを付けない野の草も。
秋の花も冬の花も。
香り高い花も、誰も知らないような植物も。
花と葉が虹になって、すべての種に魔力を宿すまで。
「きゅっ」
鞄の中にいるミラが小さくだけど、イリスの植物に反応した気がする。
(……食べたいのかな?)
この会談が終わったら、これらの植物はミラに食べてもらうつもりだった。
だいたい、15分くらいだろうか。
イリスによってテーブルの上は花や茎、草でいっぱいになった。
その様子をルミエとティリルは啞然として見つめていた。
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