14.ふたりの視点から【ルミエ&クリフォード】
イリスが嘘泣きをしながら、お茶会から帰って。
もらってしまった眼鏡のフレームに触りながら、ルミエは述懐する。
会う前のイリスの印象は、決して良いものではなかった。
あの公爵家の一員で、国王陛下や大公のお気に入り。
異母妹のキャロルも……恐ろしい派手好みで、夜遊びが激しい。
何事もきちっとしていなければ気が済まないルミエと真逆なのが、アデス公爵家であると思っていた。
(でも、本当に――人の話は当てにならないものね)
実際に会ってみたイリスの印象。
それは才色兼備、こんなにきちんとした16歳の公爵令嬢は見たことがなかった。
察しの良さも思考の機微も。
とても16歳の器ではない――時にルミエを誘導して促すような感覚は、もしかすると年上ではと思うほどだった。
ルミエはとある侯爵家の令嬢である。それが大公の第二夫人となり……今までの多くの被害者を見てきた。
多くの被害女性は落ち着きを取り戻すまで、長い年月がかかった。
それはそうだろう。大公の妾として、望んでやってきた人間はいないのだから。
(……それをあの子は)
気丈に、健気に。
どれほどまで精神が頑健なら、あのように立ち振る舞えるのか。
その精神力は驚嘆に値する。
(そればかりか、私の視力にまで気を回すなんて)
目の悪さからは人相まで悪くなっていたが、それも気にならなくなる。
久し振りに鏡でしっかりと自分の顔を見てみたい気分だ。
にしても、とルミエは考える。
(……イリスはきっと、もっと大きなことができる人よ)
これまでルミエは大公家を差配して、様々な人間を見てきた。
人物を見極めるのは上手いつもりだ。
夜会では『大公の眼』などと呼ばれたりもする。皮肉な別名だとルミエは思うのだけれど。
(本当に惜しいわ……)
ルミエはイリスを抱いたのがクリフォードとは知らない。大公だと思っている。
だからこそ、イリスが惜しい。
例えばもっと自由なら。
きっとイリスはもっと羽ばたいて、国に貢献してくれるのではないだろうか。
(……いつまで、こんな国が続くのかしら?)
ルミエは嘆息する。
誰かが変えなければ、この国はきっと終わってしまうと言うのに。
秋の空には暗雲がかかっている。
夕方から夜にかけて、雨が降りそうであった。
◆
その夜。
クリフォードは大公の屋敷を訪れていた。
「…………」
クリフォードがやってきたのは大公家の敷地内、その中でもひとつ異様な屋敷である。
決して大きな屋敷でない。
イリスに与えられた屋敷の、さらに二回りは小さい屋敷だった。
この屋敷だけはルミエが差配せず、すべて大公が目を光らせている。
「約束は果たしたようだな」
「……はい」
その広間には巨大な室内バーベキューコンロが置かれ、子豚が丸焼きにされていた。
高級ワインを飲みながら、豪勢な室内バーベキューの前菜をレインドット大公は楽しんでいた。
大公の体重は120キロにも達しようか。たるんだ頬と腹回りは、クリフォードとは似ても似つかない。
髪や瞳の色を除いて、ふたりが親子だと思う者は皆無であろう。
「どうしてそうまで女を寄せ付けなかったのか……心配したぞ。俺の子なのに」
あなたの子だからですよ――と反論したかったが、クリフォードは自制した。
本心を隠し、心に鎧をまとうのは得意だからだ。
「だが、まぁ……心配事はひとつ減った。あの馬鹿なキャロル嬢が足をもつれさせ、転んだのは予想外だったが」
クリフォードがキャロルに魔法を使ったことはまるで露見していないようだった。
単にヒールをもつれさせ、転倒しただけ――そのようなことになっていた。
(まぁ、派手好きな貴族には珍しくないからな)
過度なファッションは実用性を損なう。
キャロルの服に対する執念や派手さ加減は有名だったのも追い風だった。
クリフォードはじっと父を見つめる。
「……イリスを妻にするわけにはいかないのですか」
「駄目だ。あの女はつまらぬと陛下が仰せになっている。キャロル嬢なら王宮のあの間にも良いとの話だった」
あの国王の考えていることはさっぱりわからない。常軌を逸している。
つまらぬから、駄目。
どのような基準で人を見ているのか。
しかしクリフォードはそんなことを欠片も出さずに。
「わかりました。イリスを妻にするのは諦めます」
「それが良い。……あとはエラン殿下が気になる」
「殿下が?」
エラン殿下は国王の弟で、外務大臣の任に就いている。
あの夜、クリフォードが忠誠を誓った相手がエランなのであるが。
「殿下は生真面目で、陛下のことを良く見ておらん。陛下は日々のお楽しみで、さして気に留めていないが……」
「……俺に探りを入れよと」
うむ、とレインドット大公は椅子に深く腰掛けた。
「北の諸国はお前と殿下のおかげで、しばらく静穏だろう。だが、それゆえ殿下の評判も極めて高い。妙なことにならぬようにしなければ」
「わかりました。では、そのように」
クリフォードは表面上、父に逆らったことはなかった。
不穏な北への任務も、イリスのことも。すべて受け入れてきた。
だから大公はクリフォードを信頼していた。
心の中でどのような想いを抱えているのか知らずに。
「ないと思うが、不穏な動きがあったらすぐに知らせよ」
「はっ」
頭を下げて、クリフォードは広間から退出する。
大公も衰えた。
あの国王と接しすぎたせいか。
息子であるクリフォードの心さえ読めなくなっている。
もうクリフォードの心は決まっているというのに。
近い内に、必ず父を斬り伏せよう。
そして罪を贖うのだ。そうしなければならない。
あの夜、イリスに対して犯した罪を清算しなければ。
これにて第2章終了です!
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