13.ルミエという味方
「ルミエ様の、ご実家が?」
「ええ、北のほうにあるのだけれど。街みたいなのはなくて、人がまばらに住んで……魔獣がたくさんいて、人と共存しているといって良い状況ね」
そんな場所があるなんて。
イリスは驚きを隠せなかった。
「そんな場所が……」
「信じられないようね」
微笑むルミエにイリスはおずおずと頷いた。
イリスの知識では、魔獣は人前に姿を見せることさえ珍しい存在のはず。
公爵領と王都を行き来する人生の中で、魔獣を見かけたのは……それこそ数回だ。
しかもそれは無邪気な子どもの頃。
ここ5年ほどは見ていない。
ルミエがそっと呟く。
「魔獣は謎の多い存在だと言われているけれど、私はそうは思わないわ。単純明快な行動原理を持っている」
「……それは?」
「魔力を求めること。邪悪な人には近寄らないこと」
「前者はわかります。この子も、私の魔法で作った花が大好物みたいで」
ミラがヒマワリの花びらをまき散らしながら、せっせとはむはむしている。
「もきゅ、きゅ……!」
『今、とっても大事なところなんです……! ヒマワリが最高なんです!』とアピールされている気がする。
魔力を食べるとされる魔獣なら、イリスの花に目がないのも納得できる。
しかし……。
「後者の邪悪な人に近寄らない、というのは聞いたことがありません」
「まぁ、後者は私の経験則よ。魔獣はどうしてだか……そう、邪悪だったり罪のある人には近寄らない」
ルミエが軽く肩をすくめる。
「おとぎ話にもあるでしょう? 徳のある人物の前に魔獣が現れて――王へと導くと」
彼女が語った内容は、ここから見て異世界である古代日本にも中国にもある話だ。
とてもよくある吉兆の逸話であり、箔付けである。
(麒麟みたいな……?)
しかし、そんな――魔力や魔法はまだルールとして受け入れられても、そこまでは抵抗感があった。
「……あなたはやはり、変わっているわね」
「えっ……?」
「ごめんなさい、悪い意味じゃないのよ。魔法が使えない人にとっては、後者のほうが一般的なんじゃないかと思うわ」
指摘されてイリスははっとする。
確かに、魔法と無縁な一般市民にはおとぎ話のほうが信じられるかもしれない。
イリスは生まれてから魔力持ちだったから、ある種特別だ。
「……かもしれません。だから、人の多い王都などでは魔獣は珍しいと?」
「そう、私の見解ではね。今の王都では魔獣はさらに珍しいでしょう。きっとその子があなたのそばにいるのも、意味があるはず」
ルミエの言葉には鋭利さがあった。
暗に退廃した今の王政を批判してそうな……。
「あなたもずっとここにいたいわけじゃないわよね?」
「……はい」
イリスはヒマワリを熱心に食べるミラの背中に手を伸ばした。
ふもっと温かい感触がイリスに力を与えてくれる。
「賢明ね。大公閣下は直接逆らわない限り、大抵のことは気にしないわ。あなたが裏で何を考えて、やろうともね」
ルミエは紅茶のカップを見やった。
すでにカップは空になっている。
「何か、商売を始めなさい。女性商人の出入りなら閣下は止めないはず。それで、たまに服や化粧品を買いなさい。そうすれば――本当に閣下は気にしないわ」
誰ともなく喋るルミエの言葉は、今のイリスには黄金のように価値あるものだ。
「ありがとうございます……っ」
「あと、他にも私やあなたと同じ境遇の人がここにはいるけれど……他の夫人のことは閣下には何も言わないこと。それだけは約束して」
「それは……はい、約束しますけれど」
ルミエが右手で頬を押さえた。
「私が激しく殴られたのは、とある夫人を敷地から出して医者に見せるように言ったから。医者を呼ぶのはいいけれど、敷地からはどうしても出さないって――。結局、彼女は今、王都郊外で療養しているけれど」
「……!!」
イリスがじっとルミエを見つめる。
その話の夫人……とは、アシャのことだろうか。
アシャのために、ルミエは罰を受けたのか。
「だからあなたも、他の夫人のことは気にしないで。あなたが罰を受けるわ」
「でも、それでは……」
ルミエはずっとこのまま?
このまま、ここに居続けるつもりか。
「構わないわ。私はもう、自分が外に出るよりも外から来る人を助けたいだけだから」
「……ルミエ様」
ルミエはそこで立ち上がった。
立ち上がった彼女の目は吊り上がり、怒っているようだった。
「私はあなたの味方よ。でも他人にはそう見えないほうがお得よね?」
ルミエが一瞬で笑顔になった。
一流の役者も驚きの演技だ。
イリスはルミエの言葉に同意した。
「私はまだ若くて、無礼で……ルミエ様をお茶会で怒らせた。ルミエ様は私に礼儀作法を叩き込むため、たまに呼びつける……というのはいかがでしょう?」
「完璧な筋書きね」
ルミエは笑いながら、イリスの頭に手を伸ばした。
拒む理由など何もない。
イリスは知っていた。ルミエは第二夫人であるが、大公との間に子はいない。
イリスが首を傾けて、ルミエの触れるのを受け入れた。
ルミエの細い指が夜色の髪に触れ、軽く流れる。そのまま顔を寄せたルミエが、そっとイリスの耳元で囁いた。
「ティリル商会の長を今度、紹介するわ。あなたの魔法をお金に変えてくれる手段を持っているはず」
ルミエは本当に情がある人だ。
イリスは力強く答えた。
「は、はいっ……ありがとうございます!」
こうしてイリスは、心強い味方を得たのであった。
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