12.鋭いルミエ
それは多分、ルミエにとって久し振りの鮮明な視界だったに違いない。
現代人は相当な目の悪さでも、眼鏡やコンタクトでどうにかできる。
目の悪さが生活水準を恐ろしく悪化させる要因であることを忘れることができる。
そして眼鏡が普及していない、未発達な世界では目の悪さは……ある種、諦めるしかない障害である。
今回色々と気が付けたのは、前世の記憶に目覚めたからだ。
ルミエがヒマワリを撫でながらレイリアに問う。
「この眼鏡は……ローンダイト王国製かしら?」
「いいえ、私はナデリッツ辺境伯の一族でして、その縁で」
「ああ、ナデリッツの? じゃあ色々とツテがあるのでしょうね」
ルミエはそこまで言って、名残惜しそうに眼鏡を外そうとする。
それをレイリアが制した。
「お待ちください。予備の眼鏡ならございますので……! そちらの眼鏡はしばらく、お手元に置かれますように」
「いいの?」
「はい、このように!」
いつの間にか、レイリアが両手に眼鏡ケースを持っていた。
なんという用意の良さ。予備の眼鏡を2個も……持ち歩いている?
(そんなことが――!?)
まぁ、でも結果的にはヨシだろうか。
「そ、そう?」
レイリアに促されたルミエが眼鏡をかけ直す。度の強い眼鏡でも、目を細めるよりは断然良い。
ヒマワリから手を離したルミエがお互いのメイドに言う。
「しばらくふたりにしてくれる?」
イリスはレイリアに頷いて、下がってもらった。
同時にルミエのメイドも離れに離れて見えなくなる。
……。
少しして、テラスにいるのはふたりだけになった。
「もう見えないわね」
「申し訳ありません。厚かましいマネばかりで」
「いいのよ――私のほうこそ、ごめんなさい。あなたを誤解していたわ」
「え……?」
ルミエは申し訳なさそうに頭を下げた。
「アデス公爵の娘ということで、あなたを警戒していたの。良い噂も聞かなかったし」
「あー、あー……」
イリスは天を仰いだ。
(あの父親と妹なら、私の悪評くらい流すでしょうね……!)
なにせイリスは庶子で、キャロルの引き立て役だった。
あのキャロルがイリスのことを良いように言ってくれるわけがない。
「だからあなたを見極めるため、ここに呼んだのよ。でも、見極められたのは私のほうだったけれどね」
「いえいえ……」
ふふりとルミエが笑う。
最初の厳しそうな雰囲気は全然ない。
「他の国ではこんなに良い眼鏡ができていたなんて、知らなかったわ。話の持っていき方も上手かったし」
「お恥ずかしい限りです……」
「……あなたの鞄に小さなお友達がいるのも、魔法の力かしら」
「うっ!?」
にこにこしながらルミエが鞄に向けて首を傾ける。
「普通の匂いじゃないわよね。あ、臭いっていうわけじゃないけれど。猫や犬じゃないのはわかるわ」
すごい嗅覚だ。
視力が弱い人は他の感覚で補うこともあるらしいけれど。
ここでしらばっくれるのも選択ではある。
でも、ルミエは信用できる人――だと思う。そう思いたい。
「内密にお願いできますか?」
「もちろん。だから外してもらったのよ」
その言葉を信じよう。
お互いに大公から酷い目に遭わされた同士だ。
イリスは鞄を膝の上に持ってきて、中を開ける。
「ふきゅ、きゅ」
ミラはおとなしく鞄の中で寛いでいた。可愛いミラをイリスは両手で抱える。
「大人しくね……」
「ふっきゅ」
私はクールですよ。という決意の顔をミラがしている。
とても可愛い。
それはそれとして、イリスはそっと抱えたミラをテーブルの上に置いた。
赤いスカーフ、もふっとした身体。
どこからどう見ても……ウサギではある。
「まぁ……!」
ルミエが目を輝かせる。
と、同時にミラがテーブルの上に置かれたヒマワリの花をぱくりと食べ始めた。
「………」
イリスが固まる。
「もっ、もっ……もきゅ……」
普通のウサギはヒマワリの種は食べるかもだが、花までこんなに食べるものだろうか。
ルミエにはどう見えているだろう。
可愛い。間違いなく可愛いが、不審なナマモノではある……。
ドキドキするイリスを横目に、ルミエは心の底から楽しそうにミラの食事を眺めていた。
「ふふっ……私の領地は魔獣が多く住んでいてね。懐かしいわ」
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!





