96.魔術師団も相談中
翌日、ジュジュはディーターを訪ねるために、師団長の執務室の扉を叩いた。
「どうぞ」
中からディーターの声が聞こえてきたので、ジュジュは扉を開ける。
「失礼いたします。少々相談がありまして」
「相談? 改まってどうした?」
「いえ……その、ユズのことで……」
結珠の名前が出た瞬間、ディーターは机から顔を上げた。
「何かあったのか?」
「あったと言えば、あったと思います。彼女の答え次第ではあるのですが……」
相談と言ってきた割には、ジュジュの歯切れが悪い。ディーターはジュジュをソファへ座るように促す。
「詳しく話しを聞こうじゃないか」
「ええっと……ですね。実は、ユズがまた新しい魔法道具を作りたいと言っていまして」
「新しい魔法道具!? 一体それはどんなものなんだ!?」
やっぱり食いついた。少し前のめりのディーターにジュジュは少し引き気味になる。背中がソファの背もたれに付きそうになるのを感じた。
「それが、彼女曰くの魔法の杖というものだそうで」
「魔法の杖? 何だ、それは?」
「ユズが言うには、彼女の世界の魔法使いや魔女が持っているものだそうです。それで魔法や魔術を行使したり、変身したり……とか」
「変身? 一体何に変身するというのだ?」
「魔女とかにだそうですよ。普段は一般人に紛れて正体がわからないようにして、いざ戦うときなどに変身をして魔女になり、悪の組織と戦うそうです」
この説明はもうすでに結珠から何度も聞かされている。ジュジュも完全に覚えた。
しかし、初めて聞かされたディーターは、まるで理解出来ないといった顔をしていた。
「ますますわからない……」
「ユズが言うには、全て創作だそうでして。それに、作品ごとに世界観も異なるため、統一性はないのだそうです」
「統一性がないのに、魔法の杖なのか?」
「ええ。要するに、" 魔女や魔法使いは杖を持っているもの " という先入観はあるようです」
「なるほど? それで、我々が魔法道具は持っているが、魔法の杖を持っていないことに違和感を覚えたと?」
さすがは魔術師団長だ。話が早い。
「ええ。それで、作ってみたいと好奇心が沸いたようでした。師団長が購入された、ユズが初めて作った魔法道具、それが彼女が言うには、彼女の世界の魔法の杖を模したものだそうです」
「え?」
自分が買った魔法道具が?
ディーターはポーチからかんざしを取り出した。
「これは、かんざしという髪飾りではなかったのか?」
「髪飾りであることには変わらないようですよ。ユズが言う杖は大きいものですと師団長の身長よりも長く大きいものだそうです」
「は?」
聞かされたサイズ感があまりに大きかったせいで、ディーターは驚いた顔をした。
「ではこれは?」
「縮小版の模造品だそうです。彼女の世界には本来魔女や魔術師は架空の存在なので、こういった模造品を持つ愛好家が一定数いるのだとか」
「……そうか」
何だがよくわからない。ディーターは腕を組んで考え込んだ。
「話を整理しよう。店主の世界では、魔女は架空の存在であり、杖を持っている。彼女はそれを作りたい」
「ええ、その通りです」
「ちなみに作ってどうするんだ? 誰が変身をして、悪の組織とやらと戦うんだ?」
「そこまでは考えていないようでして……。単純に魔法道具を作る魔女になったのだから作ってみたい。そういう動機のようです」
「そうか……」
ディーターは今度こそ、頭を抱えた。
「異世界人の考えることはよくわからない……」
「私も、あと魔石行商人も同じようなことを言ったのですが……やっぱり作りたいそうです。出来れば、持ち運びしやすい小さな大きさのものを、使用時に大きくして」
「はぁ!? 大きくするとは!? いや、物質そのものを大きくすることは可能だが……魔法道具を大きくする? 魔石は?」
魔術師たちの常識では、物質を大きくすることは可能だが、魔石を大きくすることは不可能とされている。
それもそのはずだ。魔石は自分たちが使用した魔術から出た魔力が蓄積されて大地へと還るものだ。魔石以外のものは大きくなるかもしれないが、魔石だけはどうにもならない。
「一体開発費もどれだけかけるつもりだ……?」
魔石の大きさを伸縮させるかはともかくとして。それだけ仰々しい魔法道具を作るとなれば、国家プロジェクトにも近くなる。
それを個人でやろうだなんて、さすがにディーターも呆れるしかない。
ただ、ディーターは知らない。結珠からしてみたら、魔石以外の材料費は微々たるものだ。金でも使わない限りは恐らくワーカード王国で全て賄うよりもかなり低予算で済むだろう。
「すまん、少し取り乱した。それで、ジュジュは一体何を心配しているんだ?」
「心配と言いますか……。いえ、心配ですね。どちらかと言えば、事故よりも失敗を気にしているのかもしれません」
「失敗?」
話を聞く限りでは、成功するとは思えない。ジュジュもディーターも全く要領を得ない話なので、失敗前提の話にしか聞こえない。
「ユズが……失敗したときに心が折れてしまわないか……そういったことが心配です」
「ああ……なるほど」
魔術師から見たら前提から失敗しそうな話を嬉々として語る結珠。彼女は失敗するとは思っていない。
そもそも自分たちには彼女の言う、魔法の杖とやらがどういうものなのかわからない。
「それで? ジュジュが作業前にこういう話を持ち掛けてくるということは、俺も参加していいということか?」
「いえ、それはまだです。一応、ユズには師団長の協力は仰ぐべきだと進言はしてあります。ただ、決めるのは彼女自身だと。今はまだ迷っている様子でした」
「君は先走って俺に報告へ来たと……」
「……はい、その通りです」
結珠さえ頷けば、すぐに行動出来るように。
もしも彼女がディーターの介入を拒むようであれば、直接顔を合わせないにしても、助言は貰えるように。
「わかった。店主がどちらを選ぶにしても、俺も少し予定を見直しておこう。即座に動けるように」
「いいんですか!?」
ディーターから色好い返事を貰えて、ジュジュは驚いて立ち上がった。
「ああ。正直に言えば、俺も魔女が作る新しい魔法道具に興味がある。以前に言っただろう? あの低価格魔法道具がうまれたとき、検証に立ち会いたかったと」
「そうでしたね」
「それに、ようやく王宮の魔法道具の修繕が終わる目途が付いた。俺のあちらでの作業はほぼ終了しているので、あとは王宮付きの魔女に任せても問題はない。今までよりも時間の融通がきく」
そう説明しつつも、ディーターの内心は結珠が作る新しい魔法道具に係われるチャンスを逃したくはない。
顔には出さないように取り繕いつつジュジュの返事を待つ。
「わかりました! もしユズが渋るようでしたら、少し説得してみせます。大規模な開発になるようでしたら、事故も心配ですし、我々だけでは手に負えない可能性もありますから」
ジュジュの心配どころはそこにも繋がるようだ。
作業中に自分の力では対応しきれない事態に陥ったときに、ディーターがいれば心強い。
「三日後にユズへ返事を聞きに行く約束をしています。嫌だと言われたら説得してみますので、どうか少しお待ちください」
「わかった。では、俺はその間に自由になる時間を作るために調整してみよう」
「お願いします」
こうして二人の魔術師は慌ただしく動き始めた。




