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81.結珠への報告



 落ち着いて話を聞きたいと言い出した結珠は、店を閉めてしまった。

 扉に引っ掛けていた木札をクローズにひっくり返して、鍵をかける。


「閉店って! そこまでしなくても!」


 閉店時間後に出直してくるとジュジュが言ったが、結珠はとんでもないと首を振った。


「ダメだよ! そんな何時間もあとじゃ、気になって仕事どころじゃないから! 話を聞き終えたあとにまた店を開ければいいし!」


 そう言って結珠は落ち着いて話をするためにと、お茶を淹れに簡易キッチンへと入っていった。

 結珠に座っててと促されたので、最近定位置になりつつあるスツールにジュジュは腰を掛ける。

 しばらくして、無地で大きめの白いティーポットにたっぷりのお茶を淹れて簡易キッチンから戻ってきた結珠は、ジュジュの前に置いたティーカップへとお茶を注いだ。次に自分のマグカップにもお茶を入れる。

 長話に備えてなのか、ついでにと焼き菓子も用意してきた。実に周到だ。


「それで、一体何があったの?」

「どこから話せばいいかしら……。昨日の今日だから、私もまだ少し混乱しているの」


 ジュジュは昨日の出来事を頭の中で整理しながら結珠に話し始める。

 ゲンクローシ公爵令嬢が起こした騒ぎのこと、それから咄嗟に願ったことで、ネイルが魔法道具として成立したこと。

 話を聞き終えた結珠は、目を丸くして驚いていた。


「そんなことが起きたんだ! っていうか、魔石粉を混ぜたマグネイルのネイルチップと小さい魔石のネイルリングで、魔法道具として成立するのか……」


 作った本人である結珠も信じられないらしい。ジュジュから受け取ったネイルチップとリングをじっと見つめている。


「それで、ひとつ疑問に思ったのだけれど」

「何?」

「この指輪に付いた魔石、魔術が一回しか使えないと思うの。でも、さっきも話した通り、私は魔術が二回も使えた。何故かわかる?」


 そう問いかけると、結珠はギクッ! としたように肩を震わせ、目が泳ぎ出した。明らかに何かがおかしい。


「あー、えーっと、その……」

「ユズ? あなた、まさか何かしたの?」

「いや、その……何かってほどじゃないんだけれど……。ごめん! ジュジュさん! これ、魔石が二個付いてるの!」

「二個? どこに!? 一個にしか見えないわ!」


 結珠はネイルリングに二個の魔石が付いているという。どういうことだろうか。ジュジュには一個にしか見えない。


「一個に見えるように、二個重ねて着けたんだよね。その……念のためって、思って……」


 そう言いながら、結珠はネイルリングを手に取って、爪先で二個の魔石がどの位置に着いているかを説明してくれた。


「何かあったときのためにって、魔石が一個なのは心もとないかなって思ったんだ。でもあからさまに二個見えるように着けると、ジュジュさんが予算を気にすると思って。だから、とりあえず一個に見えるように重ねて二個着けたの」


 リングを銀粘土から自作したからこそ出来た技だ。ぱっと見では全く分からなかった。言われてみれば、二個分の高さはある。しかし初めて見る指輪だ。ジュジュはこんなものかと思っていて、疑うこともしなかった。

 だが、ジュジュは結珠を責めるつもりはなかった。魔石が二個付いていたからこそ、自分は魔術を使うことが出来たし、結果的に多くの人を救うことが出来た。


「そうだったのね。でも、逆にそれが救いになったわ」

「役に立ったんなら良かったけど。でもまさかそんな騒ぎが起こるだなんて、私にも想定外」


 そもそも魔法道具として成立するかの検証は後日行う話だったのだ。それがまさかぶっつけ本番で実証してしまうことになるだなんて、結珠も思ってもいなかった。

 もちろん当事者であるジュジュだって同じだろう。


「正直に言うとね。私は、このネイルチップとリングが魔法道具になるとは思っていなかったの。だって、これ繋がっていないでしょう? 身体にはくっついているけれど、それぞれがバラバラじゃない?」

「そうね。今までユズが作った魔法道具と比べてみたら、確かにバラバラだわ」

「でしょう? だから成り立たないって思ってたの。でも、ネイルチップっていうのはね、十本の爪先に着けて完成なわけ。ネイルリングは着けたり着けなかったりというのが出来るけれど、今回作るにあたって、私はこのネイルチップとリングを全部でひとつの作品として見ていたの」

「どういう意味?」


 結珠の説明がいまいち理解出来ず、ジュジュは聞き返す。


「えっと……わかりやすく言うと、ネイルチップって一個だけとか、五個だけとかで売ってないの。両手の親指から小指の爪の十個分でひとつの売り物。そこに魔石付きのリングネイル。私は、これでひとつの商品として定義した。その時点で、魔法道具として完成していたのかもしれない」

「なるほど! であれば、説明が付くわね。でもそんなことがあるなんて」


 ジュジュもにわかには信じられない。だが、結珠が言うことにも一理ある。

 お茶を飲みながら、結珠はぼんやりと口にした。


「前におばあちゃんに言われたことがあるの。『創造とは、無限の可能性がある』って」

「無限の可能性……」

「うん。考えることをやめたらそこで止まっちゃう。不可能でも考えることはやめたらいけないって。いつか叶う日が来るかもしれないって」

「リーナがそんなことを?」

「もしかして、おばあちゃんは、魔女が思えば、どんな魔法道具だって作れるって思っていたのかな?」


 そうふと口にして、結珠ははっとしたような表情を見せた。


「そうだ! おばあちゃんの日記! 何か、書いてあるかもしれない」


 魔法道具の日記を思い出した。来るべき時が来れば、読める内容が増えるらしい。もしかしたら今なら新しい情報を得られるかもしれない。

 結珠はそう言って立ち上がると、作業場に急いで消えていった。戻ってきたその手には、日記と鍵があった。先ほどまで座っていたスツールに再び腰を掛け、結珠は日記の鍵を開ける。

 ジュジュには真っ白なページが続いていたが、結珠はぺらぺらと紙をめくって、ふと手を止めた。そのまま目線が日記の上を行き来している。


「何か、書いてあるの?」

「うん……ごめん、ちょっと待って」


 熱心に読み込んでいる。何か気になることが書いてあるらしい。

 ジュジュは仕方がないので、お茶を飲んで、焼き菓子に手を付けた。前にも食べたことがある結珠の世界の菓子だ。確か、結珠はフィナンシェと言っていた。豊かなコクと甘みが口の中に広がる。

 ジュジュが持ち無沙汰になりながらお茶と菓子を楽しんでいると、日記を読んでいた結珠がようやく顔を上げた。


「ユズ、何かわかった?」

「あ、うん。ごめん。ジュジュさんのこと放置してた」

「別に大丈夫よ。それで? リーナは何て書いていたの?」

「魔女は創造力を持っている? みたいな話」

「創造力?」

「ものを作り出す力……って書いてある。えーっと、読むね」


 そう言って、結珠はジュジュに聞かせるために日記を読み始めた。



 魔女や魔法使いは、体内に魔力を保有しています。おばあちゃんもそうです。だからこそ、魔石に魔力を込めることが出来る。

 その力は本来、自分自身で魔法を使うためのものでした。昔のワーカード王国にいた魔女たちはその力を使って、様々なものを作り出したと言われています。これは、おばあちゃんのおじいさんから教えてもらいました。

 だからこそ、魔女は創造力を持っている。そうおじいさんは言っていました。

 実際におばあちゃんは魔女になって、その創造力を目の当たりにしました。でもおばあちゃんにはそれが怖かった。

 何故か? それは、新しいことを始めるには、おばあちゃんは年を取りすぎていた。

 年齢なんて関係ないと言われるかもしれません。でも失敗したらと考えたら恐ろしくてたまらなかった。

 おばあちゃんが正式に魔女になった頃、おじいさんはすでに亡くなっていました。直接教えてくれる人はもういません。

 おまけに、ワーカード王国という異世界と繋がっている家を持ち、人とは違う方法でお金を稼いでいる。

 もしかしたら、それが世間様に後ろめたかったのかもしれません。

 そうして萎縮している間に、おばあちゃんの創造力は少しずつ失われていきました。結果的に普通のちょっと魔力が多い魔女になってしまった。

 おばあちゃんは、結珠がそんな魔女にならないことを祈ります。

 結珠もおばあちゃんと同じで、直接教えてくれる指導者はいないでしょう。私は創造力を失い、おじいさんのようにあなたを指導できません。それは少し悔しい。

 けれど、結珠ならば乗り越えられるのではないかと思っています。

 あなたは、ワーカード王国にとって幸いをもたらす魔女になりますように。



 日記を読み終えた結珠は、ジュジュと顔を見合わせた。


「どういう意味かしら?」

「……おばあちゃんの言う創造力は、使わなければ失われるもの……? みたいだね」

「それは、文脈からもわかるけれど。そうではなくて、魔力を使って様々なものを作り出すとは、一体どういうこと?」

「……それは、私にもよくわからない」


 二人は自分たちが口にした言葉の意味を考え、首を傾げた。



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