80.ようやくの帰宅
ジュジュが落ち着いたので、長居は無用と王宮を後にした。ジュジュはディーターの侯爵家の馬車でタウンハウスまで送ってもらった。
「ありがとうございます」
「いや、簡単だったとはいえ、事情聴取で引き留めたしな。かまわない」
あの騒ぎで事情聴取を受けることになったジュジュは、一緒に夜会へきた両親を先に帰してしまった。
そのためジュジュの家の馬車はすでに戻っていて、足がない。王宮の官吏が責任をもってジュジュを送ると言ってくれたが、ディーターが自分が送ると申し出てくれたのだ。
がたごとと馬車に揺られながら、ジュジュは外の景色を見る。夜の帳が下りた王都はわずかな灯りがあるだけで静かだ。夜会に参加した者たちはほぼ帰宅しているのだろう。
「近々、報告に行くのか?」
「え?」
突然ディーターに話しかけられて、ジュジュは何のことかと聞き返す。手先を指さされ、気付いた。
「ユズのところですか?」
「ああ。魔女に今回の件を言うのだろう?」
「それは、もちろんです。意図しなかったとはいえ、本当に魔術が使えてしまいましたし」
ネイルの魔法道具。結珠が作る魔法道具の材料だけを整えて作った急ごしらえのもの。十本の爪に着けた魔石粉入りのネイルチップ。それを魔石粉パーツとしてひとつのものと定義出来るのか。
それを後日検証しようということになっていたが、こんな形で実証されてしまうとはジュジュも思っていなかった。
「それに、二回も魔術が使えたことがわからなくて……。この指輪についた魔石の大きさだと一回しか使えないはずです」
爪のところについたネイルリングを見る。低価格魔法道具に使用している魔石と同じサイズだ。本来であれば一回しか魔術は使えないはずだ。
何が起きているのか、ジュジュにも理解出来ていない。早く結珠に相談しなくてはと思っている。
「そうか……。その魔法道具について何かわかったら、後日で構わないから俺にも情報を共有してくれると助かる」
「わかりました」
ジュジュは、じっとディーターの顔を見る。ふと思い立った。
「もしかして、師団長もユズのお店に行きたいんですか?」
「もちろん行きたいに決まっているだろう! 色々と話を直接聞いてみたい! だが……」
避けられている自覚はあるらしい。言いよどむディーターにジュジュは苦笑した。
「……師団長が行ってもいいかと聞いていたと、ユズにお伺いを立ててみます」
「本当か!? っ! ごほん! まぁ……無理しない程度でいいから」
「はい」
思わずといった感じでジュジュの提案に食いついてきたディーターだが、自分の態度を客観視したのか、すぐに咳払いをして調子を戻した。
結珠は嫌がるかもしれないが、一応聞いてみようとジュジュは思った。
程なくして侯爵家の馬車が子爵家のタウンハウスへ到着する。ディーターのエスコートで馬車を降りたジュジュは、丁寧に礼を言った。
「送ってくださり、ありがとうございました。せっかくですので、お礼にお茶でもいかがですか?」
「ありがたいが、やめておこう。もう夜も遅い。ジュジュも早く休むといい。明日も休んで構わない」
「え? ですが……」
「そんなに早く事後処理は始まらないだろう。恐らく、今日は興奮していて何も話しが聞けなかった、ゲンクローシ公爵令嬢への事情聴取が先にあるはずだ。それを受けて我々にも再度要請があると思う。明日は何も動かないだろうから、しっかり体を休めて、明後日以降に備えてほしい」
「わかりました。ありがとうございます、お言葉に甘えます」
正直、非常に助かる。色々と気を張ったせいか、疲れているのは事実だ。
ディーターは出迎えに出てきた子爵家の侍女にジュジュを引き渡したあと、遅い時間だから他の挨拶も不要と言って、ジュジュの両親にも会わずに馬車へ乗り込んで帰ってしまった。
迎え入れてくれた侍女たちは夜会でどんな騒動があったのか、簡単に両親から聞いているらしい。
本当だったら帰宅後に髪型を研究したいと言っていたが、ジュジュの疲労を考え、好奇心を抑えて休む準備を整えてくれた。
結珠が分けてくれた洗顔用品で化粧を落とし、髪を梳いて風呂に入る。
体や髪を洗い、風呂から上がる。濡れた髪は侍女が乾かしてくれた。そうして寝る準備を整えたあと、ジュジュは飲み物を侍女に頼んだ。
侍女はすぐに蜂蜜水を用意してくれた。ジュジュはそれを飲みながら、今日の出来事を思い返す。
(見返したいだなんて……思ったけれど、後味が悪い)
当初の目的は、何かとジュジュに突っかかってくるゲンクローシ公爵令嬢の鼻を明かしたいということだった。
でもそれは目論見通りにはならず、公爵令嬢を煽るかたちとなり、最終的にはとんでもないことになってしまった。もちろんジュジュが悪いわけではないが、後悔は残る。
もしもジュジュがいつものドレスで夜会に出席していたら? ワーカード王国では珍しいネイルチップとリングを身に着けていなかったら? 子爵家の娘として、公爵家の令嬢に歯向かわなかったら?
色々な考えが思い浮かぶが、どれも憶測だけで結果には結びつかない。
それよりも無抵抗でいたら、ジュジュにとってはもっと酷い結果に繋がっていたかもしれない。
ゲンクローシ公爵令嬢にとって、自分になびかないディーターとその一番近くにいる女性であるジュジュは、すでに憎むべき対象だったのだろう。
今日の夜会で回避出来たとしても、その次で何か起きていたかもしれない。
やはり、起きるべくして起きたのだと、考えはたどり着く。
(やめましょう……。疲れているときは、思考が全部悪い方向へ行ってしまうわ)
グラスに残った蜂蜜水を飲み干す。
ジュジュはベッドへともぐり込んだ。疲れている体は正直だ。目を閉じて割とすぐに意識が落ちた。
そのまま夢も見ずに泥のように眠った。
□■□
翌日。ジュジュは起きてからようやく昨日のネイルチップを結珠から教えられた通り、渡された薬剤と道具を使って外した。
初めての作業だったので苦戦するかと思ったが、すんなりと取れた。外したネイルチップとリングは丁寧に箱へと納め、道具は結珠が入れてくれた布袋へと片付ける。
その後、身支度を整えて朝食を取る。起床時間が少し遅かったのもあって、両親とは別となった。
朝食を終えたジュジュは、出かける準備をして、ネイルチップを入れた箱と道具を入れた布袋を持って、結珠の店へと向かった。
夜会の翌日に行くとは言っていなかったが、今日は営業日のはずだ。店へ到着すると、扉にはいつもの「営業中」と書かれた木札が飾られていた。
扉を開けると、上部についているベルがチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ! あ! ジュジュさん!」
「こんにちは、ユズ。ネイルチップと指輪を返しに来たわ」
「え? それは、ジュジュさんがお金を出したものだから、返さなくていいのに」
「いいの? でも、色々と相談したいこともあって。だから一度返した方が良いかと思ったの」
「相談? 何かあった?」
ジュジュは手持ちの箱を結珠へと手渡す。結珠はそれを受け取って蓋を開けた。
ネイルチップが欠けているとか、シルバークレイで作ったリングが割れたといった、特に何か変わった様子は見られない。何があったのだろうかとジュジュを見る。
「それ、魔法道具として成立していたわ。魔術が使えたの」
「え? 本当? というか、どうして魔術を使う状況になったの? 夜会だよね?」
結珠がそう言うのも無理はない。夜会といえば、貴族が着飾って集まり、ダンスを踊ったり、酒や料理を楽しむものだと思っている。それは、恐らく日本や海外、ワーカード王国でもそんなに差はないだろう。
そんな夜会で魔術を使う? 何か余興でもお願いされたのだろうか。
「何か余興でもやったの?」
「いいえ、襲われたのよ、魔術で。それで咄嗟に防衛したの」
「はぁ!? 襲われた!?」
ジュジュのとんでも発言に、結珠の叫び声が店に響いた。




