08.日記に書かれていたこととは
次にめくったページには『魔女の家の扱い方』といきなり書かれていた。
今までシリアスな日記の内容だったのに、次がこれ!? と思わずにはいられない。
そういえば、結構柔軟性が高く、ユーモアセンスがたっぷりな人だったなと思い返す。
おまけに結構流行にも詳しかったので、絶対何かに影響されているなと、結珠は思った。
「はぁ……。え、これおばあちゃん流の洒落か何か?」
いきなりの文言に結珠の涙も引っ込んだ。
「おばあちゃん、アニメとか漫画の影響受けすぎでは?」
結珠の印象では、この店には結構ご近所の子供が来ていたので、そういう話を色々と聞いていたのかもしれない。
子供にとってはリーズナブルな価格ではなかっただろうが、感覚的には駄菓子屋に近かったのかも。
祖母は時折、買い物に来た子供にジュースやお菓子をあげていたようだったと思い出す。
ちょっと洒落っ気のきいた文章を結珠は読み進めていく。
まず書かれていたのは、この説明を残した経緯についてだった。
まず始めに、この説明を残すに至った経緯ですが、結珠に残すと決めた以上、何も知らなかった場合に起こり得るデメリットの方が大きいと感じたからです。
ゲームとかの定番だと、ストーリーが進むにつれて段々と秘密が明かされるケースが多いですが、結珠がそうなった場合、結珠に降りかかるであろう不幸が多いと思います。
あちら側の人にも不穏なことを考える危険分子はあるけれど、それ以上にみはるちゃんとの衝突を避けられないと思うからです。
あの子は、あなたをライバル視していて、きっと相続でも多少揉めたのではないかと思います。
おばあちゃん、さすがです。すでにひと悶着ありました。
確かにそうかもしれない。ここは単なる不良物件ではなさそうだ。
それにしてもゲームとかちょいちょい色んなことを知っているなと実感する。
これは、あくまであなたがこれから生活していく上で、普通ではない毎日をおくることになるであろう対策のためです。
その上できちんとした知識を持って、お店を営んでください。
「ありがとう、おばあちゃん」
さすがである。でなければ、こんな家を残したりしないだろう。
結珠は経緯を読んで納得しつつ、まずは大事なことだけ箇条書きにしたと書いてあるので、それを読み進める。
・この家は、異世界と繋がっています。これは、私の祖父、結珠にとっての高祖父にあたる人が作りました。
「は? 異世界? 高祖父?」
いきなり飛び出てきた内容に、結珠は目を丸くする。
「いやいやいや……異世界って何よ?」
あまりに突拍子もない言葉に、結珠の驚きも最高潮だ。でも考えてみれば納得出来る部分も多い。
結珠にとって、魔法や魔術なんてのはファンタジーの世界だ。
それこそアニメや漫画、ゲームの世界の話である。
でも、先日魔術師と名乗る金髪碧眼美女のジュジュと出会っている。
しかもジュジュにも結珠は魔女なのかと尋ねられてので、すでに否定は出来ない。
・私や結珠は、あちらの世界では、魔女と呼ばれる存在に該当します。魔女は魔石に魔力を籠める能力があり、あちらの世界では重宝されています。
・魔石に魔力を籠めるやり方は人それぞれ。結珠はどうやら無意識に行っているようなので、出来れば早めに自分のやり方を認識できるように心がけてください。(お客さんがすでに持っている魔法具の魔石に魔力を籠めるだけのサービスもやってたんだけど、かなり人気でした。こちらもそれなりの金額になるので早めに認識できるようになるのが吉!)
・おばあちゃんが作っていたアクセサリーや小物、お店の中にある商品は、全てあちらの世界では高額の魔法具になります。
・家にかけられた補正能力で、お店の中では文字や言語が翻訳され、その本人がいる場所の言語で相手に認識されます。(結珠ならば日本語。相手には相手の国の言語)
・支払いはあちらの世界での通貨になります。でもそれを日本円に換金することが可能です。(換金については後のページで詳しく説明しています)
・ひとつの商品を売ると結構な金額になるので、納税等の対策がかなり大変ですが、そこらへんは弁護士さんや税理士さんと相談して、頑張ってください。一番良いのはおばあちゃんもお世話になっていた方々へ引き続きお願いするのが良いと思います。
・魔法具に使用する魔石は、魔石行商人が定期的にお店に訪ねてきてくれるので、そこから購入してください。あちらの世界の通貨が使えます。ちなみに魔石はあくまで魔石であって、宝石ではないので、我々の世界では何の価値もありません。
・この魔女の家は、様々な仕掛けが施されています。特に一番大事なのは、あちらの世界の住人でこの家の主に害をなす者は、まず店に入れないし、入ったあとに何かしようとしても弾き出されます。そのため、過去何度か攫われそうになったおばあちゃんは難を逃れました。ただ、これはあちらの世界の住人に限定されていて、本当に家がある日本では通用しません。くれぐれも自分の親族や友人たちや泥棒には注意してください。
・そして、家そのものは異世界と繋がっていますが、あくまで家と店の中だけ。私たちはあちらの世界へは行けないし、あちらの世界の住人も私たちの世界の外には行けません。店や家の扉から出た先は、それぞれの世界のみであり、交流できるのはここだけです。間違ってもあちらの世界へ行けるとは考えないでください。
・もっと詳しい話については、気付いた点をたくさん書いてあります。時間があるときにじっくり読んでください。
「………………えーっとえーっとえーっと」
一気に詰め込まれて、結珠は完全にキャパオーバーになった。
どういうこっちゃ……!
大事なことを箇条書きにと書いてあったけれど、すでに何がなにやらわからない。
とりあえずわかったこととしては、結珠が相続した家がとんでもない物件であるということだけだ。
「ちょっと、おばあちゃん~!!」
すでに扱いに困りそうで、ちょっぴり泣きたくなった。
日記をもっと読みたいとは思ったが、あまりに突拍子もないことばかりで、内容が頭に入ってくるとも思えず、結珠は一度日記を閉じた。
これは改めて頭を空っぽにして読むべきである。
では何をするか……と考えたところで、お腹がぐーっと音を立てた。
そういえば、家を出る前にご飯を食べたきり、何も食べていない。
とっくにお昼は過ぎていて、どちらかというと夕方に近い時間帯だ。
今がっつりご飯を食べると夕飯は抜きになるだろう気もするが、どうしたものかと考える。
うーんと悩んでいると、どこからかブーブーという音が聞こえてきた。どうやらスマートフォンの着信音のようだった。鞄に入れっぱなしだったことを思い出して、スマートフォンを取り出すと、電話帳に登録してあった弁護士事務所の番号が表示されている。
結珠は慌てて電話に出た。
「も、もしもし!」
『ああ、結珠さんですか? 弁護士の土井です』
「あ、土井先生! お世話になっております」
『いえ、こちらこそお世話になっております。すみません。その後どうされたかと思いまして、少し気になってお電話をしてしまいました。どうでしょうか?』
「あー。えっと……受け取った日記を少しだけ読んでたんですけど、正直混乱しています」
『……璃奈さんもそうなるのではないかと仰っておりました。こんなことを言ってはなんですが、早急にお困りになりそうなことがありませんか?』
土井の申し出に、結珠は内心ドキッとした。
確かに困りそうだ。土井は、先程結珠が事務所を訪ねたときに、こう言ったのだった。
「あなたが、あの家を正しく相続した場合、結果的に私を財産管理人として契約されるのが一番話が早いのですよ」
もちろん祖母の日記にも同様のことが書かれていた。
「あの……」
『はい、何でしょう?』
「まだ祖母の日記を全部は読んでないですし、最初の部分だけで混乱することばかり書かれていてどうしたらいいのかすらわかっていないんですけど」
『はい……』
「でも、土井先生がおっしゃる通り、私が相続したこの家は、金の卵を産むかもしれません」
『今はそれだけでもあなたが理解して自覚を持っていれば問題ないかと思いますよ』
「え?」
意外なことを言われて、結珠は瞬きを繰り返す。
『結珠さん、今あなたはスタートしたばかりです。私もあなたの家を金の卵を産むものだと告げましたが、大変になるのはこれからかと思います。弁護士の利益……などと捉えられてしまうかもしれませんが、取れる手段は取っておくべきです』
「取れる手段?」
『はい。ご足労をかけますが、ぜひもう一度私の事務所へお越し頂けませんか? 契約するしないにかかわらず、もう少しお話しておきたいことがあるんです』
土井の申し出に、結珠は「わかりました」と了承の返事をして、明後日の約束を取り付けた。