79.お説教と驚き
「これから実験?」
顔を上げたディーターは真顔だった。整っている分、凄味がある。それを真正面から受け止めたジュジュは自分の顔が引きつるのがわかった。
こういう表情のディーターは多分、お説教モードだ。長年の付き合いでよくわかる。
「あの……師団長……」
「安全検証も行わないで、新しい魔法道具を使用するだなんて何を考えているんだ!」
ディーターが静かに怒る。
やっぱり怒られる内容はそれか! と、ジュジュは首をすくめた。
「申し訳ありません……。その、説明した通り、私が咄嗟についた嘘の内容が本当になるように、ユズが形だけでもと整えてくれたものです。安全検証については後日行う予定でした。そもそも夜会の会場で無断の魔術使用が行われるなどということを想定しておりませんでした」
全ては言い訳にすぎないが、どれもこれも偶然が重なって起きてしまったことだ。
ディーターもあくまで安全検証も行っていない魔法道具を使用したジュジュが、魔術の暴発等で事故を起こすことになったかもしれないという危険性を心配して怒っているに過ぎない。
ジュジュとて、ディーターの気持ちがわかる。これは正当性のあるお説教だ。
「今回のことは私の甘さが招いたことです。魔術師団として罰則があるのでしたら、謹んでお受けいたします」
「師団長。ジュジュをあんまり責めるなよ。それを言ったら、あの場で迅速に対応出来なかった俺たちにも咎が発生する」
潔く頭を下げたジュジュに対して、マンフレッドが助け舟を出した。彼の隣で妻のルイーサも頷いている。
そもそもの原因は、あんな場所で魔術を使ったゲンクローシ公爵令嬢だ。
おまけに、外部からの侵入にばかり備えていて、内部の警戒を怠ったのはディーターたちにも責任はある。
本来であれば、最初に対応すべきは師団長でもあるディーターだっただろう。
実際にフロック・コートの内ポケットに魔法道具は入っていた。ジュジュのように身に着けていればもっと迅速に対応出来たかもしれない。
だが、安全が確認出来ていない魔法道具を使う危険についても考えなくてはならない。
「危ないのは確かだが、ゲンクローシ公爵令嬢の魔術を止めることが出来なかったのは、王立魔術師としては名折れだ。ましてや俺たちは上着の内隠にそれぞれ魔法道具を持っていた。でも使えなかった。結果としてはジュジュのお手柄だ。相殺でいいだろう?」
「……結果としてはそうだが。だが、もしもジュジュの魔術が暴発していたら大惨事に繋がりかねなかったんだぞ?」
ディーターの言うことも正しい。マンフレッドが言うことも間違ってはいない。
結局のところ結果論になってしまうが、ジュジュのお手柄であることも事実だ。
「結果的に良い方向にまとまったのは事実だが、師団長として怒るべきことは言わなくてはならない」
「それは理解しています。申し訳ありませんでした」
ジュジュが再び頭を下げる。それを見て、マンフレッドは肩をすくめた。
「ほら! ジュジュも反省してるみたいだし、これで手打ちにしておけ」
「……後日、報告書だけは上げるように」
マンフレッドのとりなしに、ディーターが折れた。
「ありがとうございます。後日報告書を提出します」
「ああ、頼む。それにしてももう一度よく見せてもらえないか?」
叱ったものの、ディーターも結珠が作った新しい魔法道具には興味があるらしい。見せてほしいと請われ、ジュジュは手を差し出した。
「よくわからないのだが、爪はどうなっているんだ?」
「私にもあまりよくはわからないのですけれど、ユズが言うには爪の形をしたパーツを自爪の上に特殊な薬液を付けて接着してあります」
「特殊な薬液? 人体に悪影響はないのか?」
「多少爪が傷ついたり割れたり、といった負荷がかかる場合もあるようですが、基本的には大丈夫とのことです。この爪に魔石粉を混ぜたものを凝固して、低価格魔法道具のパーツと同じ状況を作り出しているとのことです」
「なるほど? で、この爪先に着けられた魔石か……」
「はい。ただ、ユズが言うには、低価格魔法道具とは違い、魔石粉入りの人工爪と魔石が繋がってひとつの魔法道具になっていないので、魔術が使えるかはわからないから、後日検証してみようという話になっていました」
「そして、結果的には使えたということか」
そういうことになる。結珠が一番気にしていた点がクリアされたのだ。魔法道具としてすでに成立している。あとは、検証を繰り返してみて暴発の危険性がないか確認出来れば、また新しい魔法道具として売り出されるだろう。
「それにしても、爪に施すとは……。我々には発想出来ないな」
「先程も少し説明しましたけれど、元々は美容の一環だそうで。爪を飾る文化があるそうです」
そう説明しながら、何故こういうことになったのか、いちからゲンクローシ公爵令嬢とのやり取りを含めて説明をする。
ドレスの件、美容の件。張り合った結果がこれだ。
ゲンクローシ公爵令嬢がああなってしまったのも、ジュジュが煽った部分がある。
ディーターとの件も合わせて、大きな事件となってしまった。ジュジュにも悪い部分があったかもしれないが、一番の原因は諦めなかったゲンクローシ公爵令嬢にも責任はある。
「ユズはあくまで私の要望に応えてくれただけです。洗練された美容方法の一環として知識を与えてくれて、用意してくれました」
「……魔女を怒るつもりはない。店主として、商売人として客の要望に応えるのは当たり前だろう。ジュジュがあの魔女の店主の特殊性を完全に理解していなかったからこそ起きたことだ。それを彼女に求める気はない」
相変わらず迂闊なのは否めないがとディーターはぼやいたが、まさかディーターがそんな発言をするとは思っていなかったので、あらら? とジュジュが驚いた顔をした。
二人を見守っていたマンフレッド夫妻もジュジュと同様に、おや? という顔をする。
三人に珍しいものでも見たという顔をされて、ディーターがたじろいだ。
「何だ? 珍しいものでも見たような顔をして」
「いや……実際珍しいだろう? アンタがそんな殊勝なこと言うなんて」
マンフレッドがそう言えば、女性二人もうんうんと頷いた。
「俺を何だと思っているんだ?」
「融通の利かない頭が固くて、魔女の店主に少し? いや、結構? 嫌われている師団長」
はっきりと言い切ったマンフレッドに、ディーターは驚いて目を見開いた。
「お前……そこまで言うか?」
「事実だろう?」
「いや……嫌われてはいない……苦手に思われているだけだ……多分……」
「そうは言うけど、事実を突きつけられるのが怖くてもう一度店に行きたいと思ってても、実際は行けていないだろう?」
「そ、それは! まだ心の準備が出来ていないだけだ! 時期が来たらまた行きたいと思っている! 色々と聞きたいこともあるしな!」
「実際に行って、相手にしてもらえなかったりしてな!」
「…………っ!」
辛辣な物言いのマンフレッド。身分差はあるが、気の置けない友人でもある彼らだからこそ、マンフレッドははっきりと口にした。
対して、その発言を受けたディーターは急に落ち込みだした。その様子にジュジュは驚いた。こそっとルイーサに耳打ちする。
「え? 師団長、どうされたんですか?」
「夫が言うには、以前その魔女さん? に、ディーター様が色々やって嫌われたって落ち込んでいらっしゃったそうですわ」
以前の設計図の受け渡しの帰り道に、馬車の中でディーターとマンフレッドのやり取りをジュジュは知らない。
今初めて、二人のやり取りを目撃したわけだが、一応結珠に嫌われかけている自覚はあったのだなと、ジュジュは改めて悟った。
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