76.ついに対決開始!
そうこうしている間に、貴族の入場が終わったらしい。ディーターとマンフレッドはきょろきょろと周囲を窺っているゲンクローシ公爵令嬢を視界にとらえた。
目が合ったらたまらないと移動しようとしたが、目が合った気がした。まずいと思ったのもつかの間。ゲンクローシ公爵令嬢の身体がディーターたちの方向を向き、こちらへ歩みを進めようとしている。
逃げなければと思った瞬間、王族の入場が会場に伝えられ、全員がそちらへと注目した。さすがにそんな中で移動するのは難しいと判断したのか、ゲンクローシ公爵令嬢の歩みが止まる。
会場内にいる全員が王族の入場に合わせて頭を下げた。その隙を狙い、ディーターとマンフレッドは少しずつ自分たちの立ち位置を移動した。挨拶中にゲンクローシ公爵令嬢の視界から外れる場所を選ばなくてはならない。
どうにかこうにか国王の挨拶中に場所移動を成功させる。開催の挨拶のあとはすぐに王族への挨拶が始まるのだ。こういった国内の全貴族が集まる場所では、王族への挨拶は伯爵家までとされている。
ディーターも侯爵家として挨拶へ行く予定だ。それまではゲンクローシ公爵令嬢からも絡まれないだろう。万が一、顔を合わせたとしても、これから挨拶へ行くからと抜け出すことも可能だ。
結果的に挨拶の間は絡まれることはなかったが、ダンスタイムへと突入した途端、どこからともなくゲンクローシ公爵令嬢が現れた。
そのときのディーターは魔術師団の面々やその家族たちと一緒にいたため、すぐに見つかってしまったらしい。
「ディーター様、ごきげんよう」
声を掛けられてしまった以上、ディーターも一応は挨拶を返す。
「こんばんは、ゲンクローシ公爵令嬢」
だが、塩対応が身についているディーターはそれだけだ。ディーターはすぐに魔術師団の面々との会話に戻る。
その場から立ち去ることもなく、ただじっと何かを期待したかのようにディーターを見つめているゲンクローシ公爵令嬢の様子に、周囲の方がソワソワし始めた。しかしディーターは彼女の視線を全く気にしていない。
しびれを切らせたのはゲンクローシ公爵令嬢の方だった。
「あの……ディーター様……」
呼ばれたディーターは視線を公爵令嬢に向けるが、非常に冷ややかだった。
「まだ何か御用でしょうか?」
「え? あの……だって……」
甘えったれの公爵令嬢だ。自分が声をかければ、男性はダンスへ誘ってくれるものだと無条件に思っている。しかしディーターにはその気はない。
ディーターを囲む魔術師の集団の中には、ジュジュやマンフレッドもいた。もちろんマンフレッドの妻も一緒だ。はらはらとしながらその様子を見ている。
フロアではファーストダンス中の国王と王妃のダンスがまもなく終了しようとしている。その次は王太子夫妻と高位貴族のダンスが始まり、さらにそのあとは各々が好きにダンスをしていく。
早く誘ってくれなければ、高位貴族のダンスタイムに間に合わないと、ゲンクローシ公爵令嬢は焦っているようだったが、ディーターからはその気配が本当にない。それどころか、彼女を見る視線は今まで以上に冷めている。
「御用件は?」
用があるならさっさと言えといわんばかりの態度に、ゲンクローシ公爵令嬢は怯みつつも自分の望みを口にした。
「あの……ダンス……」
「何故?」
「え?」
「……何故、俺が貴女をダンスへと誘わなくてはならない?」
「……そんな」
「公爵家からの申し出は再三断っている。その上で、何故俺が貴女へダンスを申し込まなければならないのか。どうしたらそんな勘違いを出来るのか。ぜひ貴女の考えを聞かせてもらいたいのだが」
うわぁ……出た、師団長の正論。
誰も口には出さなかったが、周囲からはそんな雰囲気が流れた。
ゲンクローシ公爵令嬢もさすがにショックなのか、顔が青ざめている。
「だって……わたくしが……」
「貴女がどうだと言うのだ? 世の中の全てが貴女の思い通りになるだなんて思わない方が良い。あくまで公爵家の箱庭の中だけだということを理解するべきだ。少なくとも、俺は貴女との縁は望んでいない。そもそも貴女には魔術師団長の妻は務まらない」
ばっさり引導を渡したー! と、周囲は何とか顔に出さないようにしつつも浮足立った。
ディーターは周囲の部下たちの視線などものともせず、直接的な断り文句を口にした。
元々ディーターは無駄を嫌う。もちろん侯爵家の人間なので、貴族的言い回しも出来るのだが、もうゲンクローシ公爵令嬢に気を遣うことはやめたらしい。
「ゲンクローシ公爵にも厳重に抗議しよう。悪いが諦めてくれ」
父親にも今日の言動は注意すると告げると、ゲンクローシ公爵令嬢は肩を震わせた。
「何故……なぜ、わたくしでは駄目なのですか!? こんなにもディーター様をお慕いしておりますのに!」
「言っただろう? 貴女には魔術師の妻になるという考えがない。俺は確かに侯爵の出だが、俺と結婚するということは、単純に貴族の家へ嫁ぐだけではない。その説明は公爵にも行っていて、公爵にはご納得頂いている。貴女の父上から説明はなかったのか?」
父は確かに「お前ではディーター殿の妻にはなれない。諦めなさい」と言った。何故かと問えば「お前にはディーター殿の妻は務まらない」と。もちろん納得が出来なかった。だからこそ諦めずに何度も何度もディーターに接触していたわけだが、まさか本人からも直接言われるとは思っていなかった。
こんな屈辱的なことがあるだろうか。
ディーターを見つめると、その後ろには見たことのない美しい女性がいた。こちらを同情的な目で見ている。
まさか彼女がディーターの相手だというのだろうか。
(誰だか知らないけれど、何故わたくしをそんな目で見るの!? 許せない!)
完全にお門違いの八つ当たりである。そういう思考こそが、ディーターが受け入れられないという理由なのに、ゲンクローシ公爵令嬢はそれを理解することがなかった。
ゲンクローシ公爵令嬢は見たことのない女性を指さして結構な声の大きさで文句を言いだした。
「……わたくしが駄目であるのならば、そちらの女性がディーター様のお相手ですの!?」
「は? そちらの女性?」
いきなりの飛躍した彼女の言葉に、ディーターは眉をひそめる。そして、公爵令嬢の指先の相手を振り返ると、ジュジュがいた。どうやら公爵令嬢は、彼女がジュジュだと気付いていないらしい。
確かに化粧でいつもと顔が違う。マンフレッドもわからなかったくらいだ。見たことがないからディーターの相手だと勘違いしたのかもしれない。
もちろん指をさされたジュジュもびくりと肩を震わせて、ディーターとゲンクローシ公爵令嬢を凝視し、首を振った。隣にいたマンフレッド夫妻にも違う違うと訴えている。
(ないないない! 私は関係ない!)
「彼女は私の相手ではない。というか、気付かないのか? 彼女はジュジュだが?」
「……ジュジュさん? え?」
ディーターからの指摘にゲンクローシ公爵令嬢は目を見開いた。
見たこともない髪型に、ドレスもシンプルながらもドレープは美しく、品にあふれている。いつも質素なドレスを着ているジュジュがどうしてこんなにも光り輝いているのだろうか。
おまけに顔も違うほどの化粧の仕方。肌も綺麗で、何だか瞼もきらきらとしている。もちろん化粧は、結珠が行ったのだから、ワーカード王国の化粧品を使っていない。日本企業の英知を結集した化粧品だから、毛穴もないし、ラメのアイシャドウも使っている。
結珠が事前に化粧動画で研究して、ジュジュの顔にあった陰影も入れているので、本当に美しく仕上がっている。
さっきまでは自分がこの会場で一番美しいと思っていたゲンクローシ公爵令嬢。それを覆すかの如く存在している女性がジュジュとは信じがたい。
しかし、ゲンクローシ公爵令嬢は見つけてしまった。ジュジュだという女性の爪先が先日と同様に色付き、輝いていることを。
「それ……この前も……。あなた、本当にジュジュさんなのね?」
「あ……」
ジュジュはゲンクローシ公爵令嬢の目線が自分の爪先を見ていることに気付いた。ネイルだ。
次の瞬間、彼女はものすごい速さでジュジュに近付いてきた。




