74.波乱の幕開け
馬車でタウンハウスへと戻ったジュジュは、戻ってくるのを待ち構えていた侍女の前に姿を見せると、あっという間に囲まれてしまった。
結珠が施した化粧と髪型は、彼女たちにとって目新しくそして非常に完成度も高かったため、一目で一体どんな人間がジュジュにそれを施したのか、興味津々となった。
まだ玄関先だというのに、質問攻めだ。
「まぁ! お嬢様!? そのお化粧……一体どうなっていますの!?」
「その髪型も! 今までにない結い方ですが、すごく素敵ですわ! 見せてくださいませ!」
「ちょっと……! 皆、落ち着いて! 支度の続きをしないと!」
放っておいたらいつまでも化粧と髪型を眺めていそうな侍女たちを諫めると、侍女たちははっとした表情をし、すぐさまジュジュを自室へと促した。
「失礼いたしました、お嬢様。お支度をいたしましょう! でも夜会から戻られましたら、ぜひともその髪型、研究させてください!」
侍女たちも流行や新しいものに敏感だ。今、ジュジュがしている髪型が今後流行るかもしれないと確信しているらしい。
夜会から疲れて戻ってくるのに、こうなったら深夜まで離してもらえないかもしれないと、夜会に行く前からジュジュはややげんなりした。
「まぁ! なんてこと! 素晴らしいですわ!」
ドレスを着てアクセサリーを身に着け、完成された姿をジュジュも鏡で確認する。
その姿は想像以上だった。ドレスが非常にシンプルなものだっただなんて、誰も思わないだろう。
結珠が作った着脱可能なセミロングトレーン。受け取ったときも布で作られた花で飾られているそれを可愛いと思ったが、さほどドレスの印象は変わらないだろうと思っていた。
しかし実際に化粧をして、ドレスを身に着けると、一気に華やかになった。ここまで印象が変わるものなのかと、ジュジュ自身も驚く。侍女たちもジュジュを褒め倒した。
ネックレスとイヤリングは小ぶりながらも色味を統一させるために、サファイヤを使用したものを使っている。母から借りたものだ。
結珠が作ったトレーンや髪飾りもその色味に合わせているので、違和感が全くない。
あとは、ネイルにも侍女たちは興味を示した。先日のゲンクローシ公爵令嬢と同じように問い詰められたが、魔法道具ということで乗り切った。
今度は本当に魔石粉を使っているので、嘘ではない。
全ての支度を終えたあとに、結珠から渡されたネイルリングを装着して、屋敷の玄関へと向かう。すでに両親も玄関でジュジュを待っていた。
普段とは違う娘の華やかさに両親も驚いていた。化粧で顔つきが変わっていることも両親が驚いている要因らしい。
三人で馬車へ乗り込み、王宮へと向かう。いつもと違う娘に、両親も興味津々だ。
それもそうだろう。これまでの夜会でのジュジュの姿はどちらかと言えば地味な装いばかりだった。
せっかく美人なのだからもっと華やかな恰好をと、特に母が勧めていたが、ジュジュはシンプルなものを好み、夜会やパーティーではあまり目立たないようにしていたのだ。
それがどうだろうか。確かにドレスは今までと同じようにシンプルだが、トレーンが布の花で飾られ、見たこともない装飾が施されている。
布の花なんて、思いつけば誰もが真似出来るだろうが、今までこんなデザインのドレスを見たことがない。
流行を生み出すようなドレスを着ているし、おまけに髪型も今までに見たことがなく、髪の毛で花が結われ、トレーンの花ともマッチしていて、全体的によくバランスが取れている。ヘアアクセサリーも見たことがないが、これまた似合っている。
いきなりの娘の変化に、両親が驚くのも仕方がない。
きっと今日のジュジュの姿を真似する令嬢も増えるだろう。ただ、心配なのは高位貴族の方々だ。
通常は彼女たちが流行の発信源となる。子爵家である自分たちの娘が流行を生み出すことを快く思わないだろう。
もしかしたら何か起きるかもしれないなと、両親は予感していた。
□■□
「……もしかして、ジュジュか?」
「師団長?」
「いつもと顔つきが違うから、一瞬わからなかった」
夜会は下位貴族からの入場となるため、子爵家のジュジュは比較的早く会場入りすることになる。
入場してしばらくしてから、ジュジュはディーターに声を掛けられた。
まだ伯爵家の入場時間の頃だ。侯爵家の人間がまさかそんなに早く会場入りしているとは思わず、何故いるのか疑問だった。
「化粧のせいだと思いますよ。それにしても、ご入場がお早くないですか?」
「実は、ギリギリまで仕事をしていたんだ。それで屋敷には戻らずに王宮の執務室で支度してから来たんだ」
男性は女性に比べたら支度が早いからこそ出来た技だろう。支度が完了して、すぐに会場入りをしたとのことだ。
そのまま雑談を続けていたせいか、ディーターはそのままジュジュと一緒にいることを選んだらしい。給仕を呼び止めて二人分の飲み物を受け取る。ひとつをジュジュへと渡し、そのまま話を続けた。
「それにしても、ご家族を待って入場したら良かったのでは?」
現侯爵であるディーターの父親も参加だろうから、そのタイミングで一緒に入場すればと言えば、ディーターは首を振った。
「そこまで待っていたら、恐らく宰相閣下と出くわす。そんなことになれば……」
ディーターは途中までしか言わなかったが、言いたいことはわかった。公爵家と侯爵家の入場時間は近い。そうなれば、ゲンクローシ公爵令嬢と出くわして、宰相に「ぜひ娘と一緒に入場してくれないか?」と頼まれる可能性を懸念しているらしい。
「俺は、侯爵を継がないだろう? 彼女を娶る理由もないし、そもそも彼女には魔術師の妻は務まらない」
「……そうですか」
何と返事をして良いのかわからず、ジュジュは曖昧に苦笑した。
ディーターは侯爵家の長男だが、家は次男の弟が継ぐことが正式に決まったのだ。それはジュジュも先日ディーター本人から直接聞いたので、知っている。
「でもゲンクローシ公爵令嬢は、師団長を諦めていらっしゃらないようでしたけれど」
「ああ……。聞いている。ジュジュにも迷惑をかけたな」
「いえ、別に。ちょっと面倒になりかけましたけれど、一応解決しましたので」
「面倒……もしかして、その爪か?」
「そこまでご存知でしたか……」
「先日のジュジュと彼女たちのいさかいを、魔術師団の建物付近を警備していた騎士が見ていただろう? 報告書が上がってきて、俺もそれに目を通した」
そういえば、近くに騎士がいた。まさか、あのいさかいを報告書にまとめてあげているとは思ってもいなかったので、ジュジュも驚く。
よい抗議材料が出来たと、ディーターは続けて言い、近々魔術師団としても、ディーター個人としても抗議を行う予定だと教えてくれた。
「良いのですか? 宰相閣下に抗議だなんて」
「用もなく押しかけられて仕事にも部下にも支障が出るとでも言えば、いくら宰相といえど娘を注意するだろう。迷惑をかけられているのは事実だからな」
相変わらずディーターは辛辣だ。グラスを傾けて、琥珀色のワインを飲み干す。
「早々に諦めれば良かったのに、いつまでも俺にこだわるから首が回らなくなるのだ。いい加減わかってほしかったがな」
「それは難しいでしょう。ご自身でもわかっていらっしゃるのではないのですか? 実際に師団長は優良物件ですよ」
「魔術馬鹿の俺がか?」
魔術馬鹿である自覚はあるらしい。だからこそ魔術を極めるために、家を継ぐのは弟に任せることにしたのだ。
もうすぐ父親が引退をして、弟が侯爵を引き継ぐと、ディーターは侯爵家の人間ではなくなる。家も出る予定だ。
これはまだ周知されていないが、侯爵家を出るタイミングに合わせて、ディーターは一代限りの宮中伯となることが決まっている。
魔術師団長に対する功績からとのことだ。
領地も持たない宮中伯になるディーターを、ゲンクローシ公爵令嬢はさらに追いかけるだろうか。
おまけに本人も認めるくらいの魔術馬鹿で仕事人間のディーターだ。根っからの貴族である公爵令嬢が思うような結婚生活をおくることが出来るかもわからない。
それを理解せずに、ただディーターの見た目とバックグラウンドだけで結婚相手として迫っているのだ。ディーターもいい加減うんざりしているし、周囲も巻き込みかけているので、どうにかしなければいけない時期に来ている。
場合によっては今日、ここで彼女に引導を渡すとディーターは言いだし、ジュジュは目を見張った。
「それは……やめたほうがいいではないでしょうか?」
「何故?」
「ご令嬢に恥をかかせることになるのでは…?」
「それは俺が考えることか? こちらは再三に渡って、その意思はないと公爵家には伝えている。にもかかわらず、諦めないのはあちらの都合であって、俺が考慮する期間はとっくに過ぎた」
ばっさりとディーターは言い切った。ただ、言いたいことは理解出来る。
これは自分とだけではなく、ディーターとも一波乱ありそうだ。ジュジュは人知れず気合いを入れ直した。
2025年、最後の更新となります。
今年も本作品を読んでくださって、ありがとうございました。
書籍化のお話を頂いたりと、本当に目まぐるしい一年でした。
水面下では着実に進行しておりますので、今後も良いお知らせをご報告出来るように頑張っていきます。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
それでは、良いお年をお迎えください。




