73.夜会の準備を始めよう!
そこからは怒涛だった。
パックなるものを終えたあと、化粧前にさらに色々と顔に塗られる。一応何を塗っているのか結珠からの説明は毎回あるが、ジュジュの知らない単語ばかり出てくるので、何が何だかさっぱりわからない。
下準備が終わったから触ってみてと言われて、自分の頬に触れてみると、いつもと肌の調子が全然違うことだけはわかった。
鏡で見ても毛穴は見当たらないし、いつもよりつるんつるんでモチモチしている。手のひらに吸い付くような感じがして、抜群の肌の調子にジュジュは驚いた。
「いつもと全然違う……。すごいわ!」
「でしょう? 色々口コミ評価見て、揃えてみたんだよね。パックはいつも私が使っているやつだけど」
そう言われてもやっぱり何が何やら。ただ結珠が満足そうな顔をしているし、自分の肌調子も良いので、ジュジュも笑って頷いた。
しばらく肌の調子を堪能していたが、雑談をしている場合じゃなかった! と結珠が言い出し、再び準備に取り掛かる。
やっぱりジュジュにはわからない化粧品を使い、結珠がジュジュに化粧を施していく。
結珠は「化粧は絵画と一緒。どこに影を入れて、どこを明るくするかで、顔つきが全然変わるの」と、侍女がやってくれる化粧とは、また違った感じでジュジュの顔を作っていった。
化粧が完成したとき、普段の自分の顔つきと全然違ったので、鏡を見てジュジュは非常に驚いた。まぶたも何だかキラキラ光っているし、くちびるもぷるっと艶々している。こんな顔の自分を今まで見たことがない。
結珠が使った何だかわからない化粧品も、どうしてこんなに顔が輝くのだろうか。
「え……? 何だかいつもと顔が全然違う……」
「ジュジュさん、元々美人だけど、やりがいあったわぁ! 綺麗な人でも陰影のつけ方で、全然顔つき変わるんだねぇ!」
興味本位で自分の頬に触ってみる。思わず手のひらを見たが、手は特に汚れていない。普段の化粧品ならば、手で触ったら化粧の粉が手につくのに、どういうことだろうか。
結珠は完全にやりきった! という顔をしている。
ジュジュは本当に結珠が魔術でも使ったのではないかと思ってしまう。思わずそれを聞こうとしたが、結珠はすぐにまだ途中の髪のセットへと取り掛かってしまい、ジュジュは聞きそびれてしまった。
仕方がないので、大人しく髪を整えてもらう。
何度かやって慣れたのか、最初の打ち合わせの頃よりも素早く、かつ丁寧にジュジュの髪型を整えていく。途中何だかよくわからないものを頭に撒かれた。
ブシュー! という音がしたので、ジュジュがびっくりしたのだが、結珠は髪が崩れないようにする薬液だから! 洗えば取れるから! で、押し切られた。
「へあすぷれー」と言っていたが、一体何なのか…。もうわからない単語だらけで、ジュジュは考えることを放棄した。
今はとにかくここでの作業を終えることが先決だ。
髪型のセットも終え、最後にネイルチップと結珠が呼んでいたものがジュジュの爪に着けられていく。
「ジュジュさんでも取り外し可能な糊での接着になっているから、今日夜会が終わったらお風呂入ったりする前に取ってね」
「ちなみに付けていたら駄目なの?」
「駄目ってわけじゃないけれど、ジェルネイルよりも接着が甘いから自然に取れちゃうかも。人と強くぶつかったりしても取れる可能性があるから注意してね」
「わかったわ」
結珠が着けてくれたネイルチップを見る。最初にやってくれたマグネイルとは違うが、少し立体的な花が描かれている。
「すごいわ。爪が立体的になっている。お花の部分がキラキラしているわね。これが前にやってくれたマグネイルの部分?」
「ううん。そのキラキラは魔石粉」
「え!? 魔石粉?」
「そう。嘘を本当にしようって言ったでしょう? だから実際に魔法道具として使えるかはともかくとして、今日の言い訳には都合が良いかなって思って」
まさか実際に魔法道具にしてくるとは思わなかったジュジュは驚く。
「本当に魔法道具にしてくれたの?」
「一応ね。でも使えるかどうかはわからない。低価格魔法道具とほぼ同じ条件で作ってはみたけど、材料もちょっと違うし、完全に魔石と魔石粉パーツが一体化したものじゃないから、夜会が終わったらジュジュさんに実証実験をお願いしたいなって思っている」
さらりとそう言った結珠は、良い? と尋ねてきたので、ジュジュは頷いた。
「それはもちろん付き合うわ! いえ、やらせてちょうだい!」
「ありがとうー! って言っても、ジュジュさん以外に頼める人いないんだけどね」
あとの魔術師の知り合いなんて、結珠に思いつくのはディーターくらいしかいないが、今のところ頼みたくもない。
ジュジュにまた負担をかけるのは申し訳ないが、ここはひとつ協力してもらうしかないだろう。
そうこう説明している間に、結珠はネイルチップを着け終えた。ふと、右手の人差し指だけ、花模様がなく単色のネイルチップであることに気付いたジュジュが、結珠へと問いかける。
「ねぇ、ユズ。ここだけ何の模様もないのだけれど、どうして?」
「ああ、そこはね。これを着けて。魔石を付けたパーツ。ネイルリングって呼ばれる、これも爪を装飾する部品なんだけれど。これを着けるから花模様が見えなくなるし、凹凸が邪魔になるから単色にしたの」
そう言って差し出されたのは、魔石をはめ込んだネイルリングだった。
「ネイルリング……? なるほど。ここに魔石が付いているのね」
「うん。これも爪先に着けるから、普通の指輪よりも取れやすいの。ジュジュさんの指のサイズに合わせて作ってはあるけれど、注意して過ごしてね」
先日何故か指先のサイズを測られたが、このためだったのかとようやくジュジュは理解した。
これで完成! と言われて、ジュジュは自分の姿を用意してもらった鏡で見た。
ドレスを着ていないから完成がよくわからないが、髪型も今までにない素敵なものだし、化粧もすごい。おまけにネイルの魔法道具まで用意してもらって、これでちゃんとドレスを着たら、素晴らしい仕上がりになるのではないかと期待が出来る。
「ユズ、すごいわ! 本当に、私が私じゃないみたい!」
「気に入ってくれた!? やった! 頑張った甲斐があるよ! 私は完成された状態が見られないから、それは残念だけど、ドレスを着たら、本当に綺麗なんだろうな」
結珠はにこにこと笑いながら、ジュジュを見ている。朝からジュジュの支度にかかりっきりだったせいか、ちょっとよれっとしていて、自分の姿とは対照的だ。
こんな状態にまでなってジュジュの心配をしてくれる。出会ってまだそんなに期間は経っていないけれど、ジュジュにとって結珠はすでに大事な友達だ。
思わず感極まって、結珠に抱き着いてしまった。
「ジュジュさん!? どうかした!?」
「ユズ、本当にありがとう! すごく、すごく素敵だわ!」
「えへへ。喜んでもらえて嬉しいよ! でも泣いちゃ駄目だからね! お化粧取れちゃうから」
ジュジュの瞳は潤んでいる。でも結珠が言う通り、泣いてしまっては台無しだ。ぐっと涙をこらえて、ジュジュは結珠から離れた。
泣いちゃ駄目と言った結珠も少し瞳がうるんでいたが、見ないふりをする。じゃないとつられて本当に泣いてしまいそうになる。
「ユズの世界のお化粧は本当にすごいわね。それにしてもユズはお化粧も勉強したの?」
「まぁ……それなりに? 前にも言った通り、専門職の人から学べる場がいくらでもあるからね!」
コスメ美容の動画サイトからだけど。という結珠の言葉は、心の中だけだ。ヘアアクセサリーやネイルチップを作っている間に流しておいたメイクアップ動画をながら見していたので、今回のジュジュの化粧にもそれが生かされている。
元々結珠が使っていた化粧品とプラスしていくつか新しい化粧品を買ったが、発色が良くてジュジュにとても似合っている。
残った化粧品は自分に使おうと思っているので、問題もない。
ただ、口紅は使いかけはまずいと思ったので、ジュジュに新品を使ったし、化粧直しに使うだろうから、今日持って帰ってもらうつもりだ。
ただし、化粧直しの際には周囲に気を付けて使用するようにと言い含める。
他にも別の容器に移し替えたクレンジングと洗顔フォームも渡す。あとはさっき使った化粧水なども二~三回分くらいを小分けにしたものを用意してある。
使い方を説明し、使い終えたら容器だけは返して欲しいと言いながら色々渡すと、ジュジュは一転、心配そうな顔をした。
「こんなに……。悪いわ」
「大丈夫! これ、二~三回分しかないから、今日の夜会が終わったあとに使って。私の世界の化粧品を使っているから、ワーカード王国のものでちゃんとお化粧が落とせるかわからないし」
「そういうことなら、ありがたく頂くけれど。それにしても……これ、本当に金貨一枚で足りている? 足りてないような気がするのだけれど」
「大丈夫。ちゃんと計算してやったから! 一番高いのがやっぱり魔石だけど、一個しか使っていないから予算範囲内です!」
結珠はそう言うが、ジュジュとしてはいまいち信じられない。
実は材料費だけできっちり金貨一枚なのだが、結珠もジュジュへそれを言うつもりはない。利益が出ないのは駄目だろうが、そもそも自分の商売以外のところでやっていることだから、利益を出すつもりがないのだ。
挙動不審になればジュジュは絶対に勘付く。悟らせないためにも結珠は自信満々に言い切らなくてはいけない。ジュジュが疑う余地もないほどにきっぱりと言い切った。
「ユズがそう言うのならば、信じるけれど……」
そう言いつつも、ジュジュはやっぱり半信半疑の様子だ。
「それよりジュジュさん! 戻る時間までまだ少しあるから、軽くご飯でも食べておく? 準備してあるよ」
夜会の日は朝から準備であまり食べられないというのを事前に聞いていたので、一応用意してある。一口で食べられるような小さなサンドイッチだ。作る時間はなかったので、朝起きてから近所のコンビニで買ってきたものを一口サイズにカットしてある。
飲み物を用意して、二人でサンドイッチをつまんでいたところで、約束の時間になった。ジュジュは慌てて帰り支度をして御礼だけきっちり言って、店を出ていく。
店の外にはジュジュを迎えに来た家の馬車が来ているらしい。結珠にはワーカード王国側は見えないのでわからないが。
店の扉を閉めたあと、すぐに再び扉が開かなかったので、ジュジュは無事に帰宅したようだ。
結珠に出来るのはここまでだ。あとはジュジュの頑張り次第。
「ジュジュさん、頑張ってー!」
店にいないジュジュには聞こえないだろうが、結珠はジュジュへエールを贈る。
その後、結珠は準備で散らかった店の中を片付け始めた。




