71.嘘を本当にしてしまおう!
結珠の店での打ち合わせは、ジュジュにとって驚きの連続だった。
まず、結珠は紙と色鉛筆でジュジュのドレスのデザイン画に似た絵を描き始めたのだ。そもそもジュジュは色鉛筆など見たことがなく、絵具でもないのにカラフルな色でドレスのデザイン画を模写したことに驚いた。
そして、ドレスのウエスト部分に紺色に近い帯状のラインとそこに斜めになるように同色の花の絵を描いた。
ドレープカットのラインに合わせて花が並ぶようなデザインだ。
「一気に華やかになったわ!」
「でしょ? 色味は落ち着いているけれど、こういう風にしたら華やかになると思うのね。で、この紺色の部分は取り外し可能にするの」
「取り外し可能? これを?」
「そう。この腰の部分をこんな風にリボンで結ぶようにしたら……」
結珠はジュジュに説明をしながら、別の紙にイメージしているものを描いていく。それはまるで前掛けタイプのエプロンのようだった。
「すごいわ! 絵を描いてもらって理解出来た! これだったら素敵なドレスになりそう!」
そう言いつつも、ジュジュは首を傾げた。
「でもこのお花はどうやって作るの?」
「この腰の部分と同じ布で」
「布で!? 出来るの!?」
「もちろん。出来ないのなら、提案しないって。布で作るから大小様々な大きさで出来るよ」
結珠の頭の中ではもうイメージが出来ているらしい。ジュジュもどういうものを作りたいかというのは伝わったようだが、恐らく実物を見ないことには結珠のイメージが伝わらないだろう。
わかったような、わからないような顔を繰り返している。
「と言うわけでジュジュさん。測らせてください」
作業場から持ってきておいたメジャーを取り出し、ジュジュににっこりと微笑んだ。ふっふっふと、まるで悪い人のような笑みを浮かべて、結珠はジュジュの身体のサイズを測った。
計測をし終えたあと、羞恥に悶えるジュジュと、ジュジュのスタイルの良さにへこんだ結珠がいた。
何とか二人の態度が普通に戻った頃。ふと結珠が思い出したかのようにジュジュへと提案をした。
「あ、そうだ。ネイルの件なんだけど」
落としたネイルを名残惜しそうに見ていたジュジュを覚えていた結珠は、どうしてもその様子が忘れられなかったのだ。ならばと考えた策を口にした。
「あのね。いっそのこと、嘘を本当にしてしまうってのはどうかな?」
「嘘を本当に?」
意味がわからず、ジュジュは首を傾げる。
「うん。ジュジュさん、公爵令嬢さんにネイルのことを魔術的処置って言ったんでしょう? だったら、それを本当にしちゃうってのはどうかなって」
「え!? ネイルを魔法道具にしてしまうってこと!?」
「そう。まだそういう魔法道具が出来るかはわからないけれど、実験段階ってことにしておけば、魔術が使えなくても言い訳にはなると思うのよね」
「でも……どうやって?」
結珠の提案はとても魅力的だ。またネイルが出来るということであれば、ジュジュだって嬉しい。けれど、どうやって爪を魔法道具にするというのだろうか。結珠は、何やら透明な箱を差し出してきたので、受け取る。
そこには爪の形に似たものが十個入っていて、その爪には、先日ジュジュがやってもらったネイルアートよりももっと華やかな装飾が施されていた。
「こ……これ、何!?」
「ネイルチップっていうの。これを専用の接着剤を付けて、自分の爪の上に乗せると、自分の爪に直接ネイルするのと一緒になるの。すぐに着脱できるし、繰り返し何度か使えるから、爪に装飾が出来ない人が一日だけ……みたいな形で付けて楽しむものなんだ」
「これも……結珠が作ったの?」
「うん。これも材料は安価で売ってるし、この前ジュジュさんが落としに来てから色々考えてちょっと作ってみたんだ」
どうかな? と笑顔を浮かべる結珠にジュジュは目頭が熱くなった。結珠はこんなにも親身にジュジュの悩みに向き合ってくれる。正直に言ってしまえば、ジュジュの悩みなんて、結珠にしてみたらきっと金にもならないことなのに、どうしてこんなにも寄り添ってくれるのだろうか。
そう考えだしたら、ジュジュの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「えええ!? ジュ、ジュジュさん!? どうしたの!?」
「ユズ、ありがとう……。私のために色々考えてくれて」
「やだぁ……ジュジュさん、泣かないでよ! 友達が困っているんだもの! 私に出来ることで力になれるんだったらやりたいって思うの、当然でしょう?」
友達だったら当たり前。その言葉にジュジュの涙腺はさらに緩む。昔、似たようなことを言われたことがある。それは、亡くなった婚約者。とても優しい人だった。心から愛していた。
彼も今の結珠と同じようなことをジュジュに向けて言ってくれたことがあった。
そうか、結珠は彼に少し似ているのだ。優しいところも、少しお人よしなところも。だから放っておけなくて、こうして店に通っているし、仲良く食事をしたりしている。
(もしかして、貴方が引き合わせてくれたの? テオ……)
脳裏に笑顔の婚約者の顔が浮かんだ。まるでそうだよと言っているかのように。ジュジュは手で涙をぬぐい、結珠へ笑顔を向けた。
「ありがとう、ユズ! 私、頑張るわ!」
「その意気! 頑張ろうね!」
このあと、結珠は温かいお茶を淹れてくれたので、それを飲みながら再びやいのやいのと夜まで打ち合わせは続いた。
□■□
ジュジュにも言ったが、結珠はさほど裁縫が得意ではない。にもかかわらず、ジュジュのドレスアレンジを請け負ってしまった。
一応、秘策はある。と言うわけで、結珠はジュジュと打ち合わせをした翌日の夜、予め連絡をして実家へと帰った。
夕飯の差し入れを渡してから、母へと綺麗な土下座を決める。娘からの突然の土下座に、母はドン引きしていた。
「お母様、折り入ってお願いがあります」
「え? 何? 怖いんだけど」
「私に裁縫を教えてください」
「は? え? 土下座するほど?」
「いやだって、大変じゃない。お母さんだって色々予定あるだろうし。ついでにミシンも貸してもらえると助かるんだけど」
「別に教えるのもミシンを貸すのも構わないけれど、何を作る気? 結珠はアクセサリー作家じゃなかったの?」
そう言われるのもわかっている。正直、結珠の裁縫レベルなんてたかが知れている。一応、学生時代にエプロンやスカート、浴衣まで縫ったことはあるが、それも母に色々教えてもらいながらだった。
学校の課題なので代理で縫ってくれるということはなかったけれど、結珠の質問に対して、ちゃんとアドバイスはしてくれた。今回も母を頼ろうという算段だ。
「こういうのを作りたいんだけれど」
母に先日結珠が書いたドレスのデザイン画を見せる。
「え!? ドレス作る気!? あ、もしかして今、流行の人形とかぬいぐるみの衣装?」
「残念ながら普通の人のものです。でもドレスじゃなくて、この上の紺色のやつだけ。エプロンの応用で出来るんじゃないかなって思うんだけれど」
「ああ、ロングトレーンをアレンジしたような感じね。確かにこれなら前掛けタイプのエプロンの要領で作れるか……。サイズも細かく考えなくてもいいし。何? お友達がまた結婚するの? 結珠の得意なジャンルじゃないんだから、安請け合いしないことね」
「あはは……。うん、今度からはそうするよ」
まさかジュジュの夜会用ドレスのアレンジだとは言えないので、母が誤解しているのをいいことに笑って誤魔化す。
もうすでにサイズもある程度測ってあると言えば、母は矢継ぎ早に質問してきた。結珠もサイズを測る前に予めネットで検索をしてから必要なサイズを測っていたので、特に不足はなさそうだった。
それならば安心と、結珠の作りたいものをデザイン画からもう少し具体的に煮詰め、必要な材料を洗い出す。
母が型紙がないと布の長さがわからないと言ったので、先に型紙を作ることにした。
型紙はネットから似たようなものをダウンロードし、型紙の加工はその場で母が請け負ってくれた。何だかんだと娘に甘いのだ。
数日後には結珠の理想に近い型紙が完成し、そこから布の種類と必要な長さ、他の糸や部品などの材料まで必要なものを細かくメモする。次の店の定休日に手芸用品店への買い出しに行くことにして、母にも付き合ってもらうことになった。
もちろんお礼にランチをご馳走する約束で。
「お母さんサマ、誠にありがとうございます~!」
「ついでにケーキかフルーツも食べたいなぁ」
「もちろん献上いたします」
結珠は少し大げさに頭を下げると、母はくるしゅうないと手を振った。
小椋家親娘は仲良しだ。




