70.戦いの準備を始めよう!
「ところで、戦うと言っても具体的な案はあるの?」
高く上げたこぶしを下ろしながら、ジュジュは問う。一方の結珠はふふっと笑った。
「これから作戦を立てるけれど、色々思い浮かべていることはあるよ。まずは一度私の世界のアレンジ方法で髪を結ってもいい?」
「ええ、それはもちろん」
「じゃあ座って! 初めてやるから上手くできるかわからないけれど、ちょっとやってみる!」
結珠はジュジュに再びスツールへ座るように促して、籠から色々と道具を取り出して、エプロンのポケットへと入れる。ジュジュの背後へと回り、髪を結い始めた。
初めてだと言う割に、非常に手慣れていた。
「ユズ、初めてには見えないけれど……」
「あ、ごめん! 初めてって言っても髪を結うのが初めてってわけじゃなくて、今からやる髪型をやってみるのが初めてってだけなの。痛かったりしたら遠慮なく言ってね」
そう言うと、結珠はもう一度ブラシで丁寧にジュジュの髪をとかしたあと、ヘアアイロンであっという間に緩いウェーブを作っていった。ジュジュがあっけに取られている間に髪ゴムを駆使して結っていく。
昨日の夜、結珠は動画サイトを繰り返し何度も見て、今日ジュジュに勧めたい髪型の結い方を覚えた。通常ならば動画を見ながらやるのだが、さすがにジュジュの前でまだスマホを出す勇気はない。
自分で自分の髪をやる場合、編み込みは難しい。器用な人ならば出来るのだろうが、結珠にそこまでの技量はない。けれど、人の髪であれば別だ。ちゃんと編み込みくらいは出来る。
今回は作ったヘアアクセサリーを付ける目的もあるので、それに合う髪型を動画サイトをいくつも見て選んだ。
作業を始めてから約ニ十分。ちょっとだけいびつだが、許容範囲内だろう。何とか動画で見た通りの髪型が完成した。
カウンターへ置いておいた、ヘアアクセサリーを付けて完璧である。
「どうかな、ジュジュさん。自分で自分の髪型は見えにくいかもしれないけれど。こういう感じになったよ」
予め店には自分の部屋で使っているキャスター付きの姿見を持って来てある。ジュジュには姿見の前に立ってもらい、そこに大き目の鏡を持ってきて、後頭部が見えるようにジュジュの背後から合わせ鏡でジュジュへと見せた。
「え!? 髪が花になっている!? どういうこと!?」
「それは三つ編みの応用だよ。ちょっとだけいびつになっちゃったけど、初めてにしては上手く出来たと思うんだ。変かな?」
「いいえ! すごいわ! こんな風に髪そのものを飾りに見立てるような髪型、初めて見たわ! でもすごく素敵だと思う!」
「ホント!? 良かった! それにこういう髪型だと作ったアクセサリーも映える気がするんだけど、どうかな?」
「ええ! さっきの髪型だと何だかちょっと違う気がしたけれど、この髪型ならばよく合っていると思うわ!」
「やった! 実はね、この髪型に似たようなので、この前友達が結婚式をしたの。だからどうかなって」
この前結珠が依頼されて作ったヘアアクセサリーを付けた友達は、今のジュジュのように髪で花を作るような髪型をしていた。最近流行っているらしく、可愛らしくていいなと思っていたのだ。
「ものすごい難しいわけじゃないし、もう少し練習をすれば完璧に出来ると思うよ!」
もちろんジュジュが練習台になってくれるのならば。という注略付だが。
ワーカード王国にも一応ヘアピンはあったが、結珠には使いにくかったので、普通に百円ショップで売っているものを使った。
ジュジュも普段使っているヘアピンよりも、髪が引っ張られて痛いということがないそうで、余ったピンを物珍しそうに眺めていた。
「さて、とりあえず髪型がこういうのがあるよということがジュジュさんに伝えられたので、次にドレスについて相談しようか。デザイン画、持って来られた?」
「ええ! あとドレスに使った布の切れ端ももらって来たわ!」
ジュジュは持ってきていた鞄から、丸められたデザイン画と布の切れ端を出した。結珠は受け取ってデザイン画を広げる。ドレスはとてもシンプルだったが、腰から裾にかけて斜めのドレープカットデザインが施された品のあるドレスだった。
「シンプルだけど素敵だね。布も……ベージュっぽい色かと思ったけど、もう少し濃いめだね。薄茶色……というか、白茶色に近いかなぁ。なるほど」
結珠は布の色味を見ながら、うんうんと唸っている。ジュジュにはいまいち結珠が色でどんな風に悩んでいるのかわからない。
「何か違いがあるの?」
「ドレスの色が想像していたのとちょっと違う感じかなって。この色だと、今ジュジュさんが着けているヘアアクセサリーの色味には合わないかも」
「え!? こんなに素敵なのに!?」
ジュジュに動かないでと指示して、結珠はジュジュに付けたヘアアクセサリーを外した。そしてドレス布の切れ端に近付ける。
「ほら。ちょっと色の種類を増やしすぎたかも。単色の方が良いかもね」
綺麗に見えるようにと寒色でまとめたものの、色を使い過ぎたようだ。何だかうるさく見える。
せっかく綺麗なのにと少し落ち込んだジュジュだったが、結珠はからりと笑った。
「これはあくまで試作品だから作り直すのは全然大丈夫。そうだなぁ……少し濃いめの青の方が合うかも。ちなみにドレスも流行ってあるよね? 今、ワーカード王国で流行っているドレスってどんなの?」
「そうね……もっとレースをたくさん使っていたり、高位貴族だと宝石をドレスに縫い付けたりしているわ」
「そっか……。そう考えると、このドレスはかなり簡素?」
「……ええ。あまり流行に左右されないものを作ったわ」
社交に出る度に毎回違うドレスを着る夫人や令嬢も結構いるが、全員がそういうわけではない。経済格差というのはどこにでもある。ジュジュの子爵家だって裕福ではない。
そうなると、ドレスを着回すことがある。ただ全く同じ状態で出席するのは良くないとされていて、都度どこかを変えて着ている。そう説明すると、結珠は唸った。
「変更……ということは着脱可能なもの……。あ! 何とかなるかも!」
ひとりでどんどん考えている結珠の思考が全くわからず、ジュジュは首を傾げるばかりだった。
「ごめんなさい、ユズ。私にもわかるように説明してもらえないかしら?」
「あ、ごめん! えっと、ドレスの着回しも考えないといけないんだよね?」
「ええ。私の家の財力では一回着たドレスは二度と着ないというのは難しいわね」
「で、着回す場合は全く同じというわけにはいかないから、どこか変えないといけない」
「その通りよ」
「だったら、着脱可能なパーツを作るのはどうかなって」
「ちゃくだつかのうなパーツ……?」
途中までは理解出来たが、最後に急に理解出来なくなった。
「ちゃくだつかのうなパーツって何?」
「そういう概念がないのか! 普段、変化を付ける場合はどうしているの?」
結珠に問われて、ジュジュも思い出しながら考える。
「例えば、時間がある場合は裾に刺繍をしたり、ない場合は腰の部分に別の布を縫い付けたりとか」
「刺繍はともかく、別の布を縫い付けて変化を付けるのならば、縫い付けずに上から被せて変化させるとかっていうのはどうかなって話。縫い付けなくてもドレスの上から着たり脱いだり出来るパーツを作るってこと」
「そんなことが出来るの!?」
「もちろん! 私、裁縫はすごい得意ってわけじゃないけれど、多少は出来るから。やってみようよ!」
どうやら結珠の頭の中にはすでにどんな風にするのかを思いついている様子だった。
ジュジュにはいまだにそれが何なのかよくわかっていないが、社交界で戦うと決めた以上、結珠に委ねるべきだろう。
「ぜひ! お願いするわ!」
「任せて!」
結珠は自分の胸をどん! と叩いた。何だかすごく頼もしい。
「ちなみに、予算はどの程度必要かしら?」
ジュジュの悩みはそこだ。正直に言ってしまえば、そんなには出せない。
「逆に聞くけれど、ドレスの着脱可能なパーツとヘアアクセサリーでどの程度まで出せる?」
「……金貨一枚くらい?」
もっと渋い予算になるかと思っていたが、潤沢だ。魔法道具が高額なせいで麻痺しているが、金貨一枚で日本円で十万円だ。結珠としては問題ない。
「全然問題なし! 十分な予算です! よし、やるぞー! おー!」
「おー?」
再びこぶしを上げると、ジュジュもつられて同じようなポーズをした。
さぁ、戦いのはじまりだ!




