69.戦いの宣言
結珠はいつもの網籠に色々な道具を入れて店へと戻ってきた。
見たこともない道具たちに、ジュジュは目を見開く。
「それ、何かしら? 触っても平気?」
ジュジュが興味を示したのは、ヘアアイロンだった。元々結珠が使っていたヘアアイロンは少々古くなっていたので、今回を期に新しいものを買った。使い勝手のよい少し小さ目のサイズで、もちろんコードレスだ。
「いいよ。それは、髪をカールさせるための道具。起動させたら熱くなって、熱で髪をカールさせるの」
「これで? そんなにすぐに出来るものなの!? そもそも熱でカールって……火傷しないの?」
「やり過ぎると火傷したり髪がちょっと焦げたり……みたいなことはたまにあるけど、滅多にないよ」
使い慣れているから大丈夫だと言ったが、ジュジュは何だか少し不安そうな顔だ。
「ジュジュさんのところはどうやって巻き髪をしているの?」
結珠はジュジュにスツールへ座るように促して、ジュジュの背後に回った。触るよと声掛けをして、髪を少し触る。
「巻き髪は、前日に布を髪に巻いて寝るわ。少し寝心地は悪いけれど」
一晩かけて癖をつけるらしい。
「あとは鉄製のこてを炭を入れた火鉢で温めて使う方法もあるけれど……火傷の事故も多かったりで、本当に急いでいるときぐらいしか使わないわね」
なるほど。安全性重視らしいと結珠も納得する。
「一応、その道具はワーカード王国のこてと同じようなものなの。ジュジュさんが言う火鉢で温めて使う方法と原理は一緒だよ。ただ、熱源を別のところからもってきてて必要以上に高温にならないし、安全って話」
そんな風にジュジュにもわかりやすく説明をする。しかし、ジュジュはあまりよくわからないといった顔をしていた。
話をしながらも結珠はジュジュの髪をせっせと梳いていく。結び目は紐を使っているようだったので、どうやって解くのか聞けば、切ってしまって構わないと言われたので、結珠は遠慮なく紐を切った。
十分くらいでジュジュの髪型は形を失い、ところどころカールが残る、見るも無残な状態になった。ただ、結珠にとっては想定の範囲内だ。
櫛でジュジュの髪をとかし、ヘアアイロンでストレートヘアにしていく。あっという間にぐしゃぐしゃだった髪が整えられていく様を鏡越しに見て、ジュジュは驚いた顔をしていた。
「何で!? 髪が綺麗になったわ!」
「これが、私の世界のこての威力です」
結珠はドヤァ! みたいな顔をした。
どういう原理で髪がストレートになったのかはよくわからないが、素晴らしい道具であることはすぐに理解出来た。
「すごいわ! これ、私も欲しいわ」
「残念だけど、ワーカード王国だと使えないよ」
「どうして?」
それは簡単な話だ。電源が取れない。充電タイプのヘアアイロン。そもそもワーカード王国に電気はないのだから、最初は充電して渡しても、すぐに使えなくなる。
「温める装置が私の世界じゃないと出来ないからだよ。ワーカード王国ではその技術がないから……」
あからさまにしょんぼりとしたジュジュに、結珠は励ますように肩を叩いた。
「ごめん。期待させて。でも……これから私が使う道具は全部、ワーカード王国にはないものばかりなの。だから、それをワーカード王国へ持ち込むという危険性も考えてほしい」
「危険性?」
今回の話をジュジュに持ち掛けた時点で、結珠も色々と考えていた。
そもそもジェルネイルの時点でもう少し考えるべきだったのだ。
けれど、結珠は友達が高位貴族という上の立場の人間からの理不尽な言動に振り回されている状況からも、何とかしてあげたいと思ってしまったのも事実。
となれば、ワーカード王国にはない道具をフル活用する以外、考えられなかった。
せめて王国内に持ち出さず、店の中だけならばどうにかなるだろうと考えた苦肉の策。
それが果たして吉と出るか凶と出るかはやってみないとわからない。
だからこそ、ジュジュには結珠の世界の道具を使う危険性について、もう一度丁寧に説明した。
「前にも言った通り、私の世界には魔法も魔術もない。その代わり、便利な道具を開発して豊かに暮らせるように工夫しているの」
「ええ、それは前にも聞いたわ」
「そして、この道具はその工夫の成果。そして原動力は、私たちの世界のみに流通している。ワーカード王国で言えば、魔石が原動力になっているようなものなの」
「魔石が……?」
「私の世界には魔石はないけれどね。ジュジュさんにわかりやすく言えばそういうことになるの」
電力がない以上、魔石で例えればジュジュにも理解が出来るらしい。
結珠は魔石を電化製品、電力を魔力に置き換えて説明する。
「例え話だけど。この道具に魔石が入っていて、その魔石に魔力を注入して動かしていると仮定します」
結珠の説明に、ジュジュは頷く。
「ワーカード王国では魔石も魔力を入れる魔女もいるから、普通に使えるけれど、私の世界では?」
「ユズがいるのだから、使えるのでは?」
「そうだね。でも、私は一人しかいない。全国民分の道具に魔力を入れるには限界がある」
「確かに……。そう考えれば、逆も然りね。ユズの世界の道具も、ここに来れば使えるようにしてもらえるけれど、ワーカード王国の全国民分の道具を使えるようにするには一人では無理」
「そういうこと。そもそも私が別の世界の人間だってわかっているからジュジュさんに紹介しただけで、私の正体を知らない人に道具の提供は出来ない。だからこそ、便利な道具があるって他人に知られたときの危険性は考えないといけない」
ジュジュさんはもう経験しているでしょう? と結珠が問えば、ジュジュはハッとした。そうだ。ジェルネイルのことがゲンクローシ公爵令嬢に知られて問い詰められたのだ。
であれば、結珠の世界の道具を欲しがるのは良くない。
「そうね、私がいけなかったわ。ごめんなさい、ユズ」
「別に怒ってないよ。ただ、多分だけど私がいる世界の方が色々と技術は進歩しているから、そういう気持ちはわかるの。でも、ジュジュさんには申し訳ないけれど、この店の中だけで留めておいてほしい」
「ええ、そうするわ」
「でもね」
「ん?」
「これから髪型を整えたり、お化粧したり……色々と新しいことをワーカード王国に持ち込もうとすれば、ジュジュさんが矢面に立つことになる。私は逃げることが出来てしまう。どうする? 今ならまだ引き返せるけど」
酷な質問だと思う。様々な技術を見せつけておいて、今更なかったことにすることも出来ると問いているのだ。
ジュジュは目を閉じて考えた。
(そうね……。質問攻めにされるのは私だわ……)
この前は魔術的処置として、ジェルネイルを誤魔化した。けれど、髪型やアクセサリー、化粧方法に新しいものを取り入れれば、前回以上となるだろう。魔術的処置という言い訳も今度は通用しない。
だが、ジュジュは思う。学生時代からゲンクローシ公爵令嬢には煮え湯を飲まされてきた。高位貴族のあり方としては間違っていないのかもしれない。下位貴族である自分は彼女に逆らうことなど考えてもいなかった。
けれど、そろそろ限界なのも事実なのだ。仕事にも支障をきたしている。
下位の立場を忘れて、高位貴族を傷つけることはしてはいけないが、自分磨きで相手を見返すことは出来る。
貴族とは揚げ足取りでマウント合戦だ。それは高位だろうが下位だろうが、いつ足元をすくわれるかわからない。ジュジュはそんな世界で生きている。
いずれは立ち向かわなければならない相手だ。万が一、ゲンクローシ公爵令嬢の悲願が成就すれば、今度はディーターの妻として、ジュジュにあれやこれやと言ってくるはずだ。
場合によっては、王立魔術師団を辞職に追い込まれる可能性だって少なくない。
となれば、ジュジュの取る行動はひとつだ。自分の立場は自分で守らなくてはいけない。
「ユズ! 私、戦うわ! これは女の戦いよ!」
こぶしを握り、そう宣言すると、結珠はニッと歯を見せて笑った。
「ジュジュさんの決意、応援するよ! 戦おう!」
結珠もこぶしを握り、二人はおー! とこぶしを高く上げた。




