67.結珠からの提案
「どういうこと? 見返すって」
「具体的な案は決まってないけど、相手に今後文句を言わせないような状況を作って、煩わしさから解放されよう……みたいな話?」
「文句を言わせない状況……」
結珠の提案を反芻して、ジュジュは考え込む。
「具体的な案は決まってないのよね?」
「そうだね。今、思いついただけだし。でもさ、ジュジュさんが言うに、その公爵令嬢? って人は流行の最先端をいきたいんだよね?」
「それは……そうね。公爵令嬢で、今のワーカード王国の未婚令嬢の中では最も高位な人であることは間違いないわ」
「おまけに師団長さん狙いなわけでしょ? ジュジュさんの評判が下がらず、相手に負けを認めさせる方法……考えるってのはどうかなって」
まさか結珠からそんな提案が出るとは思っていなかった。ジュジュは目をぱちくりとさせている。
「出来るの……? そんなこと」
「やるんだよ! 一人だったら思いつかないことでも、二人なら何か思いつくかもしれないし!」
結珠はにっこりと微笑んだ。その笑顔には何だか力が宿っているようで、ジュジュを勇気づける。結珠の言う通り、出来る気がしてきた。
「……そうね! やってみましょう! このまま言われっぱなしというのも性に合わないわ!」
「ジュジュさん! その意気だよ! やろう!」
おー! と、二人は腕を上げて意気込んだ。
「あ、でも話し合う前にとりあえずネイルは全部オフしちゃおう。一応ケアまでするけど、家でも改めてお手入れしてね。どうしても爪の表面が傷つくから」
「わかったわ。ありがとうね、ユズ」
「いえいえ、どういたしまして」
二人は顔を見合わせて笑った。
ネイルのオフを終えた二人は、結珠の用意した簡単な夕飯を終えて、お茶を片手に作戦会議を始めた。
「さて、具体的な案だけど。何か……こう、対決の場のようなものはある?」
結珠の質問に、ジュジュは少し考えてスケジュールを思い出す。すぐに思いついた。
「そろそろ王家主催の夜会があるわ。社交シーズンにおいて最大規模の夜会よ」
「夜会……ということは、貴族の人たちはいっぱい参加する?」
「ええ。よっぽどのことがない限り、成人貴族は全員参加するわ」
ジュジュの言うよっぽどの理由は、領地でトラブルがあったとか、有事理由での不参加は多少あるらしい。そうでない限り、男爵家までは参加するとのこと。
結珠はジュジュの説明にふむふむと頷いた。
「ということは、ジュジュさんも師団長さんも、その公爵令嬢って人も出席するってことだよね?」
「もちろん。それ以外にも国の重鎮や王族の方々も参加されるわ」
「そっか……。じゃあその場でジュジュさんの評価を上げて、相手から今後は関わらないという言質を引っ張り出せばよいわけだね」
簡単そうに言うが、実際はかなり難しいのではないかと思われる。一体どんなことをしてジュジュの評価を上げるというのだろうか。
ジュジュは若干不安だが、結珠の質問はまだまだ続く。
「ちなみにドレスで参加だよね? ドレスコードとか何か細かい決まり事はあるの?」
「王家の方々のドレスと色が被らなければ、特に決まりはないわね。あと、髪型は必ず結わないといけないわ。下ろし髪は日常生活の髪型と言われているから、夜会やパーティーなどでは、必ず結うようになっているの」
「なるほど。確かにジュジュさんも普段は下ろしているね」
今のジュジュの髪型は、いわゆるハーフアップだ。任務中に邪魔になる場合はお団子のような髪型にすることもあるが、基本的には下ろしていることの方が多い。
夜会やパーティーなどでは、複雑に編み込んだ髪型が良いとされていて、ジュジュもそういうときは朝から準備を始めて複雑な結い方をしてもらっている。
「じゃあ、まずはやっぱり髪型かなぁ……。ワーカード王国では見かけたことがない複雑な結い方をする」
「そんなこと出来るの?」
「具体的にどういう結い方をしているのか知らないから、教えてもらうことになるとは思うけど、逆にどういう髪型が流行かがわかれば、対策の仕方はあると思うよ」
今の世の中、ネットには髪の結い方動画がわんさかアップされている。自分で考えるのは美容師でもない結珠には無理だが、真似することは簡単だ。
髪用のゴムやピン、整髪剤なども豊富にあるから、恐らくワーカード王国での髪結いよりも楽に出来るのではないかと考える。
「ジュジュさんの今度の休みの日に、夜会向けの髪型で来てもらって、そこから新しい結い方を考えるっていうのはどう?」
「それは構わないけれど……。ユズは髪も結えるの?」
「ものすごい難しいのでなければ出来ると思う。複雑そうに見えて、実は簡単な結い方というのが結構あって」
「え!? 本当に!?」
「うん。一応私も次までに勉強しておくから。髪型さえ決まれば、ヘアアクセサリーとかも考えらえるよね。あ! そうそう、ドレスはもう決まっているの?」
髪型だけではない。ドレスや他のアクセサリーとのバランスを見て、全体的にコーディネートしなくてはならないのだ。
出来ればドレスの写真が欲しいところだが、難しいだろう。
「ドレスはすでに注文しているわ」
「そうなんだね。ちなみに色は?」
「色は……薄茶色……っていう感じかしら?」
薄茶色……ベージュっぽい色だろうか? 結珠はそんな色を想像して、首を傾げた。
「薄茶色って結構地味な色じゃない?」
「そうなんだけれど……。あまり目立ちたくないし、無難な色かなと思ったの」
確かに無難な色かもしれない。ジュジュの言う通り、目立たないだろう。
よくよく聞いてみると、自分の髪の色や瞳の色に合わせてドレスを作る人もいれば、婚約者や配偶者の色をまとう人もいるらしい。ジュジュにはどちらもおらず、髪や瞳の色に合わせると少々派手になることもあるので、髪色に似せた雰囲気を装った、少し暗めの色で落ち着いたらしい。
「そっかぁ……。もしも可能なら、ドレスのデザイン画と、使ってる布を少しだけ見せてもらえたら全体的なイメージもわかるんだけど……。出来る?」
「職人に聞いてみましょう。大丈夫だったら、次に来るときに持ってくるわ」
結珠の申し出に、ジュジュは力強く頷いた。
「それにしても、結珠はこういうことに詳しいの?」
「ものすごい詳しいわけじゃないんだけれど……。この前、友達が結婚してね。そのときに身に着けるヘアアクセサリーを注文してくれたの。張り切って作ったから会心の出来だったんだけど」
久々の普通のアクセサリー作りだったので、普段魔法道具では使わないような材料を使って張り切って作ったのだ。
まだ残っているパーツを引っ張り出してジュジュに見せた。
「こういうのを組み合わせて作ったんだよね」
「あら、この前見たものだわ。ユズのご友人のために作ったアクセサリーだったのね」
ジュジュも結珠のネイルを初めて見たときにこのパーツを目撃している。魔法道具のパーツの一種かと思っていたが、どうやら普通のものらしい。
「そう! これをこういう風に組み合わせると……ほら! お花になったでしょう?」
ワイヤーレジンのパーツをいくつか組み合わせると急に花になった。立体感のある花が出来上がってジュジュは驚きを隠せなかった。
「すごい! これ……触っても平気?」
「壊れはしないけど、ただ持って組み合わせているだけだから、崩れちゃう。ちょっと待って」
結珠は手に持っていた部分のワイヤーをねじってひとまとめにした。固定されたワイヤーはその形を保ち、花の形ままジュジュへと手渡された。
「すごいわ……。これをこのまま頭に付けるの?」
ジュジュはレジンフラワーを耳元へと近づける。結珠は笑って首を振った。
「もちろんそれでも可愛いけれどね。でもひとつだけだと小さいから、こういうのをいっぱい作って、花冠みたいにしてもっと大きな頭飾りにするの。華やかだし目立つと思うよ」
「すごいわ。生花を付けている方はたまにいらっしゃるけれど、やっぱりどうしても終わる頃には萎れてきてしまうから、扱いが難しいのよね。でもこれならば萎れない」
「うん! それに、ドレスの色や髪型に合わせて私がデザインするからシンプルにも豪華にも出来るよ」
結珠の頼もしい言葉に、ジュジュは何度も頷いた。活路が見出せそうだ。




