66.ピンチ!ネイルがバレた!
「貴女の爪……どうしてそんなに輝いているの!?」
「いたっ……! 痛いです! 離してください!」
ゲンクローシ公爵令嬢がぐっとジュジュの手首を引き寄せた。公爵令嬢の周囲にいた他の令嬢たちもわらわらと集まってきて、ジュジュの爪を見つめた。
「まぁ! 本当! 綺麗な色ね。どうしてこんな風になっているの?」
「輝いているわ! こんな風に爪を飾る技術なんて、いつ出来たのかしら?」
「ジュジュさん? 説明頂ける?」
数人に詰め寄られて、さすがにジュジュも怯んだ。まさかこんなにも早く見つかるとは思っていなかった。
「……申し訳ございませんが、ご説明出来ません。魔術師として秘匿しなければならないことです」
咄嗟に出た言い訳がこれだった。別に魔術に関係はない。けれど、結珠に施術してもらったなどとうっかり言ってしまったら最後。彼女たちは結珠の迷惑など顧みずに店へと押しかけるだろう。
おまけに結珠の身分は、ワーカード王国において魔女であり平民だ。貴族としての立場で上から目線で接するに違いない。度が過ぎれば、命令で従わせる可能性もある。
そんなことになれば、恐らく店の防犯機能で出禁になること間違いなしだろう。痛い目を見れば良いだろうが、店の評判に関わるようなことになってしまったらと考えたら、どうしても教える気にはなれない。
魔術師ではない単なる貴族令嬢である彼女たちは、恐らく魔女に敬意を払わない。魔法道具を作る魔女たちに、魔術師は敬意を持っている。それは高位貴族であってもだ。
どんな立場であれ、魔術師たちは魔女が作る魔法道具がなければ魔術を使うことが出来ない。だからこそ横柄な態度を取る魔術師は魔女たちに嫌われ、時には魔力供給を断られることもある。
結珠の場合は店の防犯機能がある分、もっと顕著で強烈だ。
もちろん、ディーターも結珠には敬意を持っている。
例え彼女たちが騒いだところで魔術師たちは気にしないだろうが、ジュジュとしては起こさなくてもよいトラブルは避けたい。
だからこそ、ジュジュは絶対に結珠のことをばらしてはいけないと思っている。
魔術的な処置であることを匂わせれば、令嬢たちはため息をついた。ゲンクローシ公爵令嬢もようやくジュジュの手首から手を離した。
「なんだ、つまらない。美容技術ではなく、魔術的処置だなんて。でももったいないわね。こういう美容にも繋がる行為は魔術ではなく、わたくしたちの美容のために開発すべきではないの?」
「そうですわね。美容でこのように爪を輝かせることが出来るのでしたら、ゲンクローシ公爵令嬢も社交界でさらに一目置かれますものね」
「ええ! 本当に! あら、ジュジュさんまだいらっしゃったの? もう貴女に用はなくてよ」
「……失礼いたします」
そう言いつつも失礼なのはどっちだ! と叫びたい気持ちでいっぱいだ。でもここは我慢である。
追及もなく逃げられたことを幸運と思うべきだろう。ジュジュはにっこりと笑顔を作って、足早にその場から立ち去った。
(まったく! 何なのよ、あの人たち! でもユズのことを知られなくて良かったわ)
結珠のことを隠し通せたのは良かった。が、単なるファッションを魔術と関係あるものと言ってしまった以上、社交の場にネイルをしたまま出席するわけにもいかなくなってしまった。
おまけに続けるにしてもジュジュだけがネイルをしているのも、きっとおかしい。何故他の魔術師はしないのだと、そのうちツッコミが入りそうな気もする。
(せっかくおしゃれが出来ると思ったのに……)
高揚していた気持ちが台無しだ。
ジュジュは自分の運の悪さを少しだけ呪った。
結珠との約束の二十日後を待たずに、ジュジュは閉店時間間近の店へと足を運び、結珠にネイルをオフしてほしいと頼んだ。
「え? 痛いとか、爪が変色したとか何か不都合あった?」
結珠は、慣れないネイルに不都合でもあったのだろうかと驚いた。
それもそうだろう。ジュジュにネイルを施してからまだ三日しか経っていない。施術直後はあんなに喜んでいたのに、ジュジュはすっかり落ち込んでいる。
一体何があったのだろうか?
心配をしてジュジュの爪の具合を見せてもらおうとしたが、ジュジュは違うのと、首を振った。
「別に不都合はないのよ。ただ厄介な人にネイルを見つけられてしまって……」
妙にジュジュの歯切れが悪い。理由はあまり言いたくないのだろうか。
無理に聞き出すのも悪いかと思い、結珠はそれ以上聞かず、居住スペースからネイルをオフするための道具を揃えて店へと戻った。
カウンターの椅子に座ってもらい、早速ジュジュのネイルをオフ作業を始める。
ジュジュはネイルオフ作業を見ながらようやく重い口を開き、つい先日起きたことを説明した。公爵令嬢とのやり取りを聞いて、結珠は苦笑する。
「なるほどね。女の闘いってわけか……。確かにおしゃれや美容の流行に敏感な人がいて、今までにないものを見たら、目の色を変えるよね」
「そうなのよね。普段あまり仕事中に、他のご令嬢たちにも会わないから油断していたわ」
本当にあんな早朝からゲンクローシ公爵令嬢に会うなんて、本当にツイていない。
最近しつこくディーターに付きまとっているらしいという話は、この朝に魔術師団の棟へ入ったあとに他の魔術師から聞いた。もっと早くから聞いていれば、避けようがあったはずだ。
おまけにディーターの部下であるからと、以前からゲンクローシ公爵令嬢に目を付けられている。
そのことも結珠に説明をすれば、結珠はさらにびっくりしたような表情を見せた。
「師団長さんってモテるんだ? 確かにすごく美形だけど、あれだけ厳しい人なのに?」
恋人でも甘やかしてくれなさそうと結珠が言えば、ジュジュは苦笑した。
「そうね。きっと師団長が結婚したとしても、余程惚れ込んで結婚した相手でなければ、殺伐とした夫婦生活になりそうね」
「ジュジュさんでもそう思うんだ?」
「まぁ……実際に社交パーティーで令嬢たちを冷たくあしらっているお姿を見ているからかしら。師団長も早く身を固めてしまえばいいのに」
「そういえば……師団長さんって結婚していないんだ? っていうか、貴族の方って結婚が早い印象なんだけれど」
結珠のイメージはあくまで歴史上の知識だが、大体ニ十歳前後で結婚するのではなかったかと聞けば、ジュジュは首を振った。
「以前はそうだったわね。でも今は少しずつ結婚の年齢が遅くなっているわ。無理に子供の頃から婚約をして相性が合わずに解消することも多かったり、長子じゃない人たちの結婚だと貴族位を維持出来なくて平民になったりと問題も多くて」
「なるほどね。どこの国でも変わらないんだね。私のところも晩婚化が進んでるし。良い結婚をしたいっていうのもどこでも変わらないのかもね」
すんなりとワーカード王国の事情を受け入れた結珠に、ジュジュも笑った。
ジュジュも結婚どころか婚約もしていない。以前はジュジュにも婚約者がいたが、事故でこの世を去ってから次の婚約者は決まっていない。
ジュジュの両親も無理に婚約させることもせず、ジュジュの好きにさせてくれている。
それが有難い一方で、最近はディーターのせいで被害を被っているのも事実だ。
彼は単純に恋愛やら結婚やらが煩わしくて何もしていない。そしてディーターを狙っている令嬢が多い。その結果、さらに貴族の結婚事情を遅らせている原因の一部になっている。
確かに、ディーターとジュジュは上司と部下という関係で、恐らくディーターに一番近い異性はジュジュだろう。魔術師団の中でジュジュよりも位の高い女性魔術師はいない。
そのせいで何故かディーター狙いの令嬢たちに目の敵にされている。ジュジュとしては冷静に良く考えてほしいと思っている。
もしも本当にディーターとジュジュが婚約するような状況であれば、もっと早くにしているはずだ。
ジュジュの婚約者が亡くなってからもう十年は経っているし、ジュジュの婚約者とディーターはとても仲の良い友人だった。その関係上、ディーターとはすでに長い付き合いである。
もしもディーターがジュジュと婚約しても良いと思っていた場合、彼の性格だと引き延ばすようなことはしない。
だが、ディーターとジュジュの間には、全くと言って良いほど色恋沙汰などない。単なる上司と部下であり、古くからの友人であるという以外の関係性はない。
それを自分が相手にされていないことから目をそらして、ジュジュにネチネチと言ってくるのだから始末に負えないのだ。だからこそディーターに相手にされていないことにそろそろ気付くべきだろう。
結珠に作業をしてもらいながらそんなことを考えていたら、ジュジュの中に湧き出てきた感情は怒りだった。
「ジュジュさん、眉間に皺が寄ってる」
「え!? やだ! ちょっと色々と考えていたら、何で私がこんな目にあうのかしらって段々と腹が立ってきて……」
「わかる……。理不尽だよねぇ。いやぁ、恋愛なんて理不尽の連続だろうけど、嫉妬なんて醜い感情を相手に見せるのは一番間違っているよね」
「ユズもそう思う!? 貴族なんてもちろん笑顔で嫌味の応酬は当たり前だけれど、それを好きな相手に見せてしまうのは違うと思うの!」
「ジュジュさんの意見、よくわかるよ! 好きな人にはさ、自分の良いところを見てほしいって思わないのかなって。んー、そっか……そっか……」
ネイルオフを終えた結珠は、ジュジュの爪のダメージケアをしながら何かを考えている。突然考えだした結珠に、ジュジュは首を傾げた。
「ユズ?」
「ねぇ、ジュジュさん! 相手を見返してやらない?」
「え? 見返す?」
結珠からの突然の提案に、ジュジュはさらに首を傾げた。




