64.マグネイル実践!
「お待たせ、ジュジュさん!」
籠にある程度のネイル用品を入れて、結珠は店へと戻った。ジュジュはきらきらとした顔で結珠を見ている。
カウンターに籠を置くと、ジュジュは本当に興味津々という顔で中を覗き込んだ。
「これが、ネイルの道具?」
「そう。色々持ってきたんだけど、何色が良い?」
今持ってきたのは単色のマグネットジェルだ。色は、赤・青・緑・ゴールド・シルバー・ベージュを持ってきた。
結珠がしているのは、ベージュをベースとしたフレンチネイルだ。同じものと言われたときように、マグネットジェルではない普通のジェルネイル用のカラーも何色か準備してある。
ジュジュはまさかこんなに色の種類があると思っていなかったのか、びっくりしていた。
「こんなに何種類も色があるの?」
「うん。あとは重ねて色付けしたら単色で塗るよりも見え方が変わるし。技次第では無限大です」
「無限大……。えーっと、難しい話かしら?」
重ね塗りで見え方が変わると言われても、今日初めて見たものだ。ジュジュは想像が出来なかったらしく、完全に置いてきぼりといった表情をしている。
結珠は苦笑した。
「別にそんなに難しい話でもないんだけれど……。初めてだし、目立つ色はやめて、自然な色にするのが良いかもね。私が今塗っているのが、この色なんだけれど、とりあえずこれにしてみる?」
「えっ、ええ! そうして!」
ジュジュはこくこくと頷いた。何色も用意した分、かえってジュジュを混乱させてしまったようだ。申し訳ない。
最初は単色で塗れば良いかと思っていたが、お詫びにラインストーンで飾るくらいしてあげた方が良いかもしれない。
念のためと籠の中にネイル用のラインストーンも入れておいたので、そのケースも出す。
「じゃあ、ここに手を乗せて。そのままでいると手が疲れちゃうから」
籠からカウンターにネイル用の手を置くアームレストを準備して、ジュジュにそこへまずは右手を乗せるように指示をした。ジュジュは素直に手を置く。
「こうで良いの?」
「うん。手、触ってもいい?」
「もちろん!」
いきなり触るのは良くないだろうと判断して、結珠は一声かけてからジュジュの手に触れた。一応爪の状態をチェックする。爪の形も表面のお手入れも問題なさそうだ。
「このまま塗れそうな状態だね。特にお手入れは必要ないかも。塗ってもいい?」
「お、お願いします!」
何が起きるかわからないせいか、ジュジュは少し緊張気味だ。珍しい部分を見ている気がした。
「そんなに緊張しないで! 痛いことなんてないし。匂いとかで気分が悪くなったら言って。やめるから」
「だ、大丈夫よ! やって!」
「はーい」
だめだ。全然緊張は解けない。仕方がないので、結珠はそのままネイルを開始した。まずは透明なベースジェルを塗布して一本ずつペン型のUVライトで硬化した。ボックス型のライトを使えば早いのだが、コンセントを見せても良いものか判断に迷ったので、ペン型のライトを使うしかない。
けれど、ジュジュはペン型ライトですらびっくりしている。やっぱりボックス型を使わなくて良かったと結珠は思った。
「こ、これが薬液を固めるという光?」
「そうだよ。ごめん、動かないで変に固まっちゃうから」
ジュジュが動きそうになったので、動かないように指示をするとかちんという音がしそうなくらい固まってしまった。
もう少し力を抜いて良いのだが、そう言うとさらにぎこちない感じになりそうなので、心の中でジュジュに謝りながら結珠はそのまま作業を進める。
右手全てにベースジェルを塗って硬化させたあと、マグネットジェルをまずは人差し指に塗った。塗り終えたあと、磁石を近づけて粒子を動かす。どんな感じが良いかなと考えて、ビー玉ネイルが良いかと判断し、磁石をくるくると回して爪の中央部分に粉を寄せる。
結珠もマグネイルを自分以外の他人にやるのは初めてで少し緊張したが上手くいった。磁石を爪から離して、ライトを手にして固める。
「お! 上手くいった! どう? こんな感じなんだけれど」
手を近づけて見ても良いよと声をかければ、ジュジュはゆっくりと自分の手を顔に近付けて、まじまじと見た。
出来栄えに顔が輝く。
「すごいわ! ネイルってこんな風になるのね! 自分の爪がこんなにも輝いているなんて信じられない! すごいわ!」
すごいって二回も言った……。ジュジュは興奮しているらしく、頬が少し赤くなっている。喜んでもらえて何よりだ。
「ふふ、ジュジュさん! まだ人差し指だけだよ。残りもやらなきゃ!」
「ええ! そうね! お願い!」
「はーい。任せて! でももうちょっと緊張、解いていいからね。がっちがちに身体に力入ってるから、ネイル終わったときに身体が痛くなっちゃうよ」
「そ、そうね! でも初めてのことだし、どうしても緊張してしまうのよ」
「あはは! でも普段の爪のお手入れとそんなに変わらないから、同じようなものだと思って」
「……努力します」
やっぱり緊張してしまうものは緊張してしまうらしい。ネイルをしている間、結珠は何度かジュジュにリラックス! と声を掛けたが、結局ジュジュの緊張はネイルを終えるまで解けなかった。
両手にマグネットジェルを塗り、両手の薬指だけワンポイントでラインストーンで飾り付けをしてからトップコートを塗り終えて、ジュジュのネイルは完成した。
「はい、完成だよ。どう? 爪を覆った分、最初は少し違和感があるかもしれないけれど、気持ち悪くなったりしていない?」
「平気だわ! すごい……指がキラキラしている……」
両手を顔の前にかざして、ジュジュはネイルに見入っている。その様子はまるで母親のマニキュアを使って初めておしゃれをした子供のようだ。
そういえば昔、自分が子供の頃に初めてマニキュアを塗ってもらったときにこんな感じだったなと結珠も思い出す。
「ありがとう! ユズ! すごく素敵だわ!」
「いいえー。喜んでもらえて私も嬉しいよ」
「いくら払えばいいかしら?」
「は? いくら?」
いきなりお金の話になって、今度は結珠がびっくりする。
「いやいや、いらないよ! そもそも私もネイルに関しては素人だし」
「でも! こんなに素晴らしいんですもの! 道具や材料だって高いのでしょう?」
「えーっと……とっても言いづらいけれど、ここにある材料全部買っても銀貨一枚にも届かないです……」
非常に言いにくいが、事実である。マグネットジェルは百円ショップで買ったものだ。ライトや磁石、アームレストは百円ではないが、繰り返し使えるものだ。けれどどれも高いものではない。
案の定、値段を聞いてジュジュは目をぱちぱちとさせて瞬きを繰り返している。
「……銀貨一枚にも届かない?」
「うん……」
「本当に結珠の世界は、価格設定がおかしいのではないかしら? 金貨一枚でも足りないかと思っていたのだけれど!」
「ないない! そんなにかからない! 専門職の人にお願いしても、平均で銀貨一枚前後で出来るし、どんなに高くても多分銀貨二枚くらいじゃないかな?」
「嘘でしょう? こんなに素敵になるのに銀貨一枚程度だなんて……」
ジュジュは愕然としている。ふと興味本位で聞いてみた。
「ワーカード王国で美容の施術を受けたら、ちなみにいくらくらいかかるの?」
「え? 美容の施術と言われても、そういうのは家の侍女がやるものだから普通は外ではやらないわ。ただマッサージとかに使用する美容品は購入するのだけれど、どれも金貨で支払うわね」
そうか、ワーカード王国では美容品は高いのか……。ここで結珠は日本とワーカード王国における美容品の価値観の違いに気付いた。
マグネットジェルがワーカード王国では銅貨一枚ちょっとの価格であることは絶対に言えないなと結珠は口にチャックをした。
連載一周年記念の毎日更新はこれにて終了です!
お付き合い、ありがとうございました。
次からは通常更新に戻ります。
また気まぐれに何かやるかもしれないですが、期待しないで待っていてください。(更新、亀でごめんね!)




