63.ジェルネイル? って何?
「どうして爪がこんなにキラキラと輝いているの!? これも魔石粉?」
「いやいやいや、魔石粉じゃないよ。これはマグネイルなだけで」
「マグネイル!? さっきユズが言っていたジェルネイルというのと違うの!?」
「あー。えっと、ジュジュさぁ~ん? ちょっと落ち着こうか……」
鼻息荒く次々と質問をしてくるジュジュに、結珠は少々引き気味だ。それに、夕飯を共にしようと準備をしてたところなのに、質問攻めにあっていては、何も進まない。
「あの……えっと、順を追って説明してあげるから、とりあえずご飯食べながらでも良いんじゃないかな?」
そう提案すると、ジュジュはようやく自分がまるで尋問でもしているかのような状況に気付いた。慌てて結珠の手首を離す。
「あらやだ、ごめんなさい……。見慣れないすごいものに遭遇してちょっとびっくりしちゃったの。いやね。ユズの言う通り、まずは食事を取って、ゆっくり聞かせてもらうわ」
これは質問の手を緩めてはくれないぞと結珠も悟る。それにしても、ワーカード王国にはネイルがないと先程言っていた。ジュジュの手を見てみると、爪は綺麗に手入れされているようだが、爪が彩られていたことはあっただろうか。
単純に職業柄、ネイルをしないものかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。そういった文化がないのであれば、物珍しさもあるのだろう。だからあんなにも食いついた?
駄目だ、さっぱりわからない。ここはやっぱり話しをするしかないのだろう。
ジュジュはもくもくとバスケットから買ってきた料理を取り出している。結珠も先程持ってくることが出来なかったグラスと飲み物を取りに再びキッチンへと戻った。
何とか食事の準備を整えて、食事を開始する。どう切り出したものかと考えたが、回りくどく考えても仕方がない。結珠は直球で尋ねることにした。
「ジュジュさん、さっきワーカード王国にはネイルがないって言ってたけど……」
「ええ。今、ユズがしているように爪を飾る技術はワーカード王国にはないわ」
「なるほど……。ちなみに普段ジュジュさんはどうしているの?」
「普通にお手入れはしているわ。爪を磨いて光沢を出す。それが今のワーカード王国の主流ね」
「色付けするっていう文化は?」
「ないわ。そもそも爪に定着する塗料なんてないもの」
粘土も土のものだけで、紙粘土や樹脂粘土といったものも存在していない。そもそもこんなアート用製品が多く出始めたのもここ五十年くらいのことだろうから、ワーカード王国でそういう素材を探すというのは無茶な話だろう。
「んー、じゃあ私が知っている範囲で話すけど、私が今しているのはジェルネイルっていう薬剤に光を当てて凝固させるの」
「薬剤に光を当てて凝固……。魔術?」
「あー。魔術じゃなくて……化学技術?」
「カガク技術?」
あ、何だか化学の発音が少しおかしい。ということは、化学という概念そのものが薄いのかもしれない。
「難しいことは置いておいて。早い話、私が住んでいるところには魔法も魔術も魔力もないわけで。つまりは全て人間が知恵と技術を持って、様々な道具を作っているんだよね」
「知恵と技術……」
「えーっと、ワーカード王国には剣とか盾とかあるよね?」
「それはもちろん」
「剣は鉄で出来ているでしょう? それを作る鍛冶職人がいるよね?」
「いるわ。武器や防具を作る職人がいる」
「でもそれって、魔術で作ったりしないで、職人さんが鉄を熱してハンマーで打って加工したり、研いで刃を鋭くしたりってするでしょう?」
「ええ。あ! もしかして、そのネイルっていうのも、そうやって人が道具を作っている?」
「そう! 魔法や魔術がない分、どうやったらより便利に豊かになるかすっごく考えて、こういうのが作られているの! で、まぁ働くだけじゃつまらないでしょう? 着飾ったりして楽しみたいとか、昔だと権力者が自分の力を誇示するための装飾だったりとか……。そういうのが進化して、今の技術に繋がってきてて。それに豊かになった分、私たち庶民もこういうおしゃれを気軽に楽しめるようになっているというか……」
結珠の曖昧な説明でもジュジュは理解してくれたらしい。
「だから、低価格魔法道具に使った白い粘土とかもそういう類でね。私が住んでいるところは、人工的に色々な材料や道具を作っているの」
「人工的……。正直よくわからないことも多いのだけれど、ひとつわかったことはあるわ」
「わかったこと?」
「ええ。ユズの住んでいるところはとても豊かなのね。平民ですら、ただ生きるだけではなく、余暇も楽しめる」
「そうだね……。多分便利さで言ったら、ワーカード王国よりもすごい技術は進んでいるかも」
結珠が住む日本は、確かに平和で様々なものにあふれているが、全てが豊かなわけではない。経済格差も社会問題になっているし、海外に目を向ければ日本以上に経済格差も酷いだろう。
けれど、技術が進歩していてワーカード王国に比べてみたら確実に豊かかもしれない。
ジュジュから聞くワーカード王国の様子は、まるで結珠が知っている近世ヨーロッパのような世界に魔法があるように思える。移動手段も馬か馬車か徒歩といった感じで、車も列車もなさそうだ。ちなみに陸地のワーカード王国には船があるかも怪しい。
「で、このネイルっていうのは、総称をネイルアートと言います」
「ネイル……アート……?」
「うん。で、さっき言ったジェルネイルというのは、そのネイルのいくつかある種類のうちのひとつを言います」
「いくつもあるの?」
「あるよ。そもそもジェルっていうのが、材料をあらわしているの。色々な材料を使ってネイルアートっていうのをするの。私は素人だけど、それを職にしている人たちもいるし、そういう技術を教える専門職を育成するための養成学校もあるよ」
「そんな学校があるの? 結珠の住んでいる世界はすごいのね」
ジュジュは非常に感心している。まぁ、知らない技術ではあるので無理もないだろう。
「それで、さっき言ったマグネイルっていうのも、ジェルネイルをさらに細分化した材料の一種で、キラキラした粉を材料の中に混ぜてあって、磁石で模様を付けて、それを固定凝固するんだよね」
なるべくジュジュが分かりやすいように説明をしたが、ここまでくると想像もつかないらしく、何度も瞬きを繰り返している。多分これはわかっていない。
「キラキラした粉……磁石で模様……?」
「やっぱりわからないか……。じゃあ百聞は一見に如かず! 実践してみる?」
「実践!? そんなにすぐ出来るものなの?」
「出来るよ。これ、自分でやったって言ったでしょう? 私も結構道具は持っているし、すぐ出来るから、ジュジュさんさえよかったら試してみる?」
「やりたい! やって! ぜひお願い!」
めちゃくちゃ食いつきがよかった。ジュジュは前のめり気味に手を上げる。その様子に結珠は苦笑した。
「じゃあ、場所も必要だし、先にご飯全部食べちゃおうか」
「そうね! ぜひお願いしたいわ!」
そう言って、二人は残りの食事を少し早めのスピードで終えて、片づけをした。
(っていうか、ネイルの道具見せて大丈夫かな?)
結珠は片付けをしつつ、ネイルの準備をしながら心の中でそう思う。ワーカード王国には電気すらない。うっかりしていたが、UVライトは電源が必要だ。コンセントとかを見せても大丈夫だろうか。
ちなみに結珠の店は、レイアウトは多少変えたものの、祖母の店の頃から大きくは改装していない。何故か天井に電気が通ってなく、照明はいわゆる間接照明のライトがいくつもあって、ライトの配置も計算されて置いているようだ。
棚や観葉植物でライトのコンセントが見えないように綺麗に隠されている。おまけにライトもアンティーク調で統一されているし、中のライトもろうそくのような形をしていて、意識して見なければ、ろうそくと錯覚してもおかしくはないものばかりだ。
祖母のセンスが好きだったので、なるべく祖母との思い出も残したくて店の大きな改装は行わなかったのだが、ある意味正解だったかもしれない。
じっくりと考えてみると、ワーカード王国の人たちに配慮した照明なのだろう。天井からLEDライトなんてぶら下がっていたら、それは確実に騒ぎになるはずだ。今更ながらにその事実に気付き、結珠はやっぱりコンセントはやめようと決めた。ちなみにコンセントがないペン型のUVライトも持っている。
ジュジュが物珍しい道具を見て、また質問攻めにされるかもしれないが、コンセントを見せるよりはましだろう。
「今、道具持ってくるからちょっと待ってて!」
結珠は居住スペースからジュジュに見せても大丈夫そうなネイル用品を籠に入れて、店へと戻った。




