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60.いとこの生い立ち



 何でアタシだけがこんな目に合わないといけないの?

 アタシは特別だって言ったのは、ママじゃない。大事に愛されていた自覚はある。それを誰かに言えば、みんなが笑ったの。どうして? アタシは特別なんでしょう?

 ううん、違う。本当はずっと前から気付いていた。アタシが特別だっていうのは、ママにしか通用しないんだって。世の中では、アタシは特別じゃなくてわがままって言うんだって。

 それで初めて出来たカレシも「お前、わがまますぎるよ。ついていけない」って離れて行った。

 でもね、それを直すことが出来なかったの。アタシに応えてくれない周囲が悪いんだって。アタシが望めば、周囲はそれを叶えるべきだって。

 だって、ママが「みはるが今まで我慢していたのだもの。あなたはわがままになっていいのよ」って言ったから。

 悪いことだって知ってたけど、ママが良いって言ってくれたから、アタシはわがままでいられたの。



 みはるは夢を見た。毎日毎日、繰り返し色々な夢を見た。

 とても小さな頃、虚弱体質ですぐに熱を出して寝込んでいた夢。熱くて苦しくて、このまま死んでしまうのではないかと、熱を出す度に思った。

 小学校に入って体は幼児期に比べると強くなった。寝込むことも少なくなり、普通の子と同じように遊んだりすることも可能になった。みはるはそれが嬉しかった。

 公園で友達と遊具で遊んだり、鬼ごっこをしたり。今まで出来なかったことが出来るようになることは日々の生活にも張りが出た。

 けれど母は少し違ったらしい。みはるの母、美奈子は娘をお姫様のように育てたかったらしい。ふわふわでおしとやかでお家でお菓子を作るような娘。そのせいか、母は少女趣味と言われるようなものをみはるに押し付けてきた。

 ちょっとフリルのついたスカートやワンピースを着れば、母は大変満足したが、学校の同級生たちにはぶりっ子とからかわれた。正直に言えば、服は母の好みであって、みはるの好みではなかった。みはるは流行りのくまのキャラクターが描かれた服が欲しかった。

 もちろん母にねだったが、「あんなのダサい」と一蹴され、「こういうのが可愛いのよ」とパステルカラーのフリルが多い服を着せられた。親世代には好評なブランド服だったようだが、汚さないでねと言われれば、外の遊具で遊ぶことも出来ない。必然的に母の希望通り、室内で遊ぶしかなくなったため、学校のクラスメイトからは遊びに誘われることが少なくなり、その態度は気取っているとか今まで以上にぶりっ子とか言われるようになった。

 母にもそれを訴えたが「それはみはるが可愛くて、嫉妬しているだけよ」と言われて、何も対応してくれない。

 そのうちみはるは諦めることを覚えた。

 中学生になると、さすがに母は自分の好みで娘を着飾ることは諦めたらしい。小学校高学年に入ったあと、背が伸びて、母が思い描くような服が段々と似合わなくなってきたのだ。みはるは母を懐柔し、欲しいものを上手く買ってもらえるように立ち回るコツを覚えた。

 みはるはようやく周囲を自分の希望通りに動かすことが出来ると認識し始めた。

 しかし、それと同時期に、今度はいとこである小椋結珠と親戚内で比べられることが多くなってきた。

 小さい頃は、体調のせいもあって親戚の集まりにも参加していなかったが、ある程度大きくなって体が丈夫になってくると、冠婚葬祭の席などにも呼ばれるようになってくる。

 その席には同じ年のいとこである結珠もいた。

 結珠は祖母のお気に入りらしい。近所だからと祖母の家に入り浸っては、祖母からアクセサリー作りの手ほどきを受けていたようだった。


「誰かがおばあちゃんの趣味を受け継いでくれたら……なんて思ってたんだけど、子供も他の孫も誰も興味を示さなくてね。結珠だけが一緒にやってくれるのよ」


 祖母の璃奈は、誰かの祝いの席でそう話していた。その瞬間、親戚たちは結珠を褒め称えた。


「あら、結珠ちゃんはおばあちゃん孝行ね! いい子だわ!」

「へぇ? 結珠ちゃんが母さんの家へ行ってくれると助かるな!」


 今考えれば、それは親戚たちのおべっかだったのだろう。母のすぐ上の兄が結珠の父親だ。伯父が祖母の家の近くに住んでいて、面倒を見てくれている。他の兄妹からしてみれば、今後発生するかもしれない介護の問題だとかも担ってくれるという期待もあったのだろう。

 でも当時のみはるからしてみたら、どこからどう見ても普通の結珠が祖母の特別であるということがどうしても気に食わなかった。


(特別はアタシだけでいいでしょう?)


 傲慢にもそう思ってしまった。最初のきっかけなんてそんなものである。

 みはるはそこから結珠へのあたりが強くなっていた。親戚たちもみはるの態度に困惑していたが、自分ではない誰かが身内に特別扱いされているという事実が、何故か許せなかったのだ。

 それは、言葉にしたらなんてことはない、単なる嫉妬だ。

 ただ、結珠も気弱な性格ではなかったため、みはるの嫌味に応戦してくる形となり、いつしか親戚内では二人はあまり仲が良くないという認識になった。

 みはるも段々と、結珠の一挙手一投足が気に障るようになって、ことあるごとに突っかかるようになった。そして、わがままにも拍車がかかるようになり、せっかく出来た彼氏もすぐに別れるということを繰り返すようになった。

 まるで「自分の魅力を正しく理解出来ない相手が悪い」と言わんばかりの態度。

 こうして出来上がってしまった性格は、大人になっても直ることはなかった。


 そんな頃に、祖母が亡くなって遺産相続の話が出た。

 最初は母親にだけ関係のある話だろうと興味もなかったのだが、蓋を開ければ、子供だけではなく孫にまで遺産があるというではないか!

 降って湧いたラッキーに、みはるはほくそ笑んだが、祖母の遺言書に書かれていたのは「みんな平等に」だった。

 子供にも孫にも平等に遺産が配分されていて、みはるも例外ではなく、ぽんとお金が渡されることになった。

 いや、平等ではなかった。またもや結珠だけが祖母から違うものを遺産として用意されていた。

 祖母の自宅だ。やってるんだかやっていないんだかよくわからない店付きの古い家。

 親戚はあまり資産価値のないあの家だけが遺産として残されたものだと思っていたので、処分に困るだなんて、祖母の生前からよくぼやいていたが、蓋を開ければかなりの資産が残されていて、むしろやっかいもの扱いされている自宅。

 結珠は孫に平等に与えられた現金ではなく、その家を相続すると告げられた。

 みはるはおかしいと思った。やっぱり結珠だけが特別じゃないか! そう言おうとした矢先、弁護士は「土地の価値としては低く、上物もほぼ価値がない状態ですが、現金を相続される方の八割程度の資産となります。その代わり、家の中の家具や店舗の雑貨商品等も全て含めましての相続です」と結珠の遺産内容について説明をした。

 その瞬間、みはるはどちらが正しいのかわからなくなった。現金以外の物を残された、特別なのか。それとも祖母を慕ったが故の貧乏くじなのか。

 貧乏くじと笑ってやれば、結珠は強がりなのか嬉しいなどと言うのだ。みはるはすぐさまやっぱり特別なのではないかと気付いた。もしかして、弁護士すら知らない隠し財産のありかを祖母から聞いているのかもしれないと。

 結果的にそんなものはなく、みはるの噛みつき損だったわけだが、いくら結珠の相続額が自分たちいとこよりも低いといえども、ひとりだけ違うものを渡されたという事実は何となくみはるの心に黒いしみをもたらした。

 相続を終えて、みはるの手元に現金が入ってきて、父からは無駄遣いをするなとたしなめられたが、みはるは浮かれていた。

 他のいとこと同じ金額とはいえ、遺産が舞い込んできたのだ。やっぱり自分は特別だからこういうことが起きるのねと喜んだ。

 兄は結婚資金にする予定らしかったが、みはるは生憎と最近新しい彼氏と別れたのでフリーだ。だったら自分磨きに使うのが良いと、ブランド品や旅行にお金を使った。

 みはるにとって、それなりの金額であった遺産だが、長期的に考えればそう何年ももつ金額ではない。遺産はどんどん減っていく。

 そして、結珠は祖母の遺志を継ぎ、会社を辞めて店を始めたという。あんな子が経営者!? だったら自分にも出来ると、みはるも会社を辞めてしまった。

 結珠とは違い、何のあてもないままだ。そうこうしているうちに遺産は完全に底をつき、ついに借金をするようになった。

 最初のうちは両親にも隠せたが、そのうち督促状が届くようになり、両親にもバレた。

 そうして、みはるは考えたのだ。何故自分は失敗して、結珠は成功しているのか。結珠にあって、自分にない特別なものは何か。


 ああ。そうだ。祖母の家だ。


 結珠が持っているものは、祖母から相続した家だ。それさえあれば、みはるだってまた特別になれる。

 こうして祖母の家を奪いに行ったら、見えない何かに阻まれて拒絶されるし、みはるの家族も崩壊した。

 その日から、みはるは悪夢に悩まされている。子供の頃の嫌な記憶、お前なんて特別じゃないと顔のない何かに責められる夢、兄の嫌悪する顔、母の歪んだ顔、父は自分に興味を示さず背中を向けるだけ。

 夜中に何度も目が覚める。ときには別れた彼氏や喧嘩をした友達も出てきた。

 全員がみはるを責める。お前が悪い、お前なんて特別じゃない。


「やめてよ! アタシが本当は特別じゃないこと、アタシが一番よくわかってる!」


 そう叫びながら起きた瞬間、全身からはじっとりと汗が噴き出ていた。



連載開始から丸一年経ちました!

何とか続けてこられました。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

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