06.知っている人は
ワーカード王国ってどこだよ……。
という結珠の疑問は、答える前にジュジュが帰ってしまったので、聞けずに終わってしまった。
本当に何が何だかわからない。
開店して一時間も経っていないのに、結珠は店の扉にかけたオープンの札をクローズにひっくり返して店を閉めてしまった。
もちろん扉の鍵を閉めるのも忘れない。
ジュジュに攫われるかも……などと脅されて、少々怖くなったのだ。
もしも開店に合わせてお客が来ても、店の中にいれば外から声をかけてくるだろう。
ぐったりとして、カウンターに置いたスツールに腰掛けた。
せっかく淹れたお茶はもうすでに冷めていた。
結局クローズにした店に、その日は誰も来ることがなかったが、その分結珠の思考はさらに混乱を極めた。
「誰に相談すればいいのかな……お母さん? お父さん? いやいや……信じてもらえるか……」
両親は祖母譲りのハンドメイド趣味に理解は示してくれているが、魔女だ魔石だというファンタジー要素な話についてはきっと笑い飛ばして終了だろう。
外国人にからかわれたんじゃない? などと言うのは目に見えている。
でもからかわれたにしては、目の前にある金貨をどう説明するのか……。
偽物金貨というには、手のひらから伝わってくる重みはずっしりと重い。
別の硬貨に金メッキでも貼っているのかと少し爪でひっかいてみたが、特に変化はなかった。
ネットで金の重さの計算方法を調べて、キッチンスケールで量ってみる。
表示された重さから金貨の体積を割ると、電卓に表示されたのは、まぎれもなく金の比重と同じ数字だった。
「……純金? え、嘘? マジ?」
びっくりして、手に持っていた金貨をカウンターの上に置いた。
金の買い取り相場から考えても、ここにある八枚の金貨で二百万円以上あるのは間違いない。
「え? どこのぼったくり?」
結珠がそう思うのも無理はない。そもそも値札は八千円と付けていたのだ。
それを客が自ら訂正をして二百万円以上の金貨を置いていった。
いくらなんでも貰いすぎだろう。返さなくては! とようやく思い立ったが、そもそもワーカード王国ってどこよ? と最初の疑問へと戻ってしまった。
おまけにジュジュの連絡先もわからない。
どうしよう? 両親どころか、警察案件?
店に買い物へ来た客が過剰なほどの代金置いていったので困ってます? なんて警察に相談しても、警察も困るだけだろう。
どこに連絡すればいいのか……と考えていると、ふと思い出した。
「もしも何かありましたら、すぐにご連絡ください。必ずお力になれると思います」
と、みはるにいちゃもんを付けられて再鑑定を行ったあの日、丁寧に結珠へ言い含めて帰って行った、祖母の顧問弁護士の存在。
結珠はシステム手帳に挟んで保管していた、顧問弁護士の名刺を引っ張り出す。
そこに書かれていた事務所の電話番号にかけると、三コール目で相手が電話に出た。
「あ、あの! 以前相続でお世話になりました、小椋結珠と申しますが!」
『ああ、小椋さん……! お世話になっております。やはりお困りになられたのですね』
「え? なんで……」
『ちゃんと念押しした甲斐がありました。まさかオープン初日からとは……さすが璃奈さんのお孫さんですね』
明らかに事情を知っている物言いに、結珠は面食らった。
オープン初日の翌日、結珠は店を開けずに都内にある弁護士事務所を訪ねていた。
祖母の顧問弁護士だった男の名は、土井達哉。
見た目は三十代くらいで、スリーピースのスーツを着こなす出来る男といった感じの弁護士だ。
祖母の家の相続のときにも何度か訪れている事務所なので、結珠は迷いもせず事務所の入っているビルのエレベーターを利用して、事務所の入口まで来ていた。
入口前に設置された内線電話で来訪の旨を伝えると、鍵のかかったガラス扉の向こうから、土井弁護士が来るのが見えた。
「お待ちしておりました、結珠さん。どうぞお入りください」
「こんにちは、失礼いたします」
会議室へと通され、座るように促される。
土井は書類を取ってくると、一時席を外し、その間に秘書がお茶を持ってきた。
結珠はとりあえずお茶には手を付けず、土井が戻ってくるのを待つ。
「お待たせしました。さて、どこからお話をしたものか……」
「えっと……土井先生は何をご存知なのでしょうか」
「そうですね。全て……は知らないですが、少なくとも今の結珠さんが抱いている疑問くらいは解消出来るのではないかと思っております」
そう言うと土井は一冊の鍵のかかった本を結珠に手渡してきた。
「えっと、これは?」
「あなたのおばあさまである、璃奈さんからお預かりしている日記です。結珠さんが璃奈さんのご自宅を相続して、しばらくしたら困りごとが出てくるだろうから、それを知らせるための日記であると、伺っております」
手紙はなかったが、まさかの日記が残っていた!
「え……なんで、相続したときに渡してくれなかったのでしょうか」
結珠がそう思うのも当たり前だ。先に渡しておいてくれれば、昨日の出来事にも心構えが出来ていたかもしれない。
「お渡ししなかったのは、璃奈さんの遺言だからです。あなたにあの家を相続すべき資格がなければ必要のない日記だと。一年経ってもあなたが取りに来なければ、一生必要のないものだから私の方で処分してほしいと言われておりました」
「資格……?」
資格とはなんだろう。怪訝そうな顔をする結珠に対して、土井はにっこりと笑った。
「あなたが相続されたあの家は、金の卵を産むとんでもないお家ですよ」
「え?」
「少なくとも璃奈さんの財産は、あの家があったからこそ築かれたものです。でも誰にでも築けるものではない。晩年の璃奈さんは、あの家を誰が継ぐべきか、非常に冷静に見極めていらっしゃいました」
土井は置かれてあった自分用のお茶に口を付ける。
結珠もどうぞと促されて、初めてお茶を一口飲んだ。
「私は、璃奈さんの言う資格がどんなものであるかは存じておりません。恐らくその日記の中に書かれているものと思われます」
「土井先生は日記を確認していないのですか?」
「ええ、この通り鍵がかかっておりますので。私は鍵を持っていません」
「鍵がない?」
「はい。結珠さん、あなたがすでにお持ちかと思いますが?」
鍵? 鍵なんてあっただろうか……。
土井に言われて考えこむ。
「あ! そういえば……」
祖母が亡くなる少し前に、鍵のかたちをしたネックレスをもらっていた。
大事にしてねと笑っていた祖母。デザインも可愛くて、結珠はありがたく頂戴したのだ。
単なる祖母デザインのアクセサリーだと思っていたのだが、あれがこの日記の鍵だったとは!
「えっと……多分持ってます。今日は持ってきてないですけど、家にあります」
「でしたら、お帰りになってお読みください。いずれにしてもその日記はあなたのものです」
「はい……それで、その……読んで困りごとが解決しなかった場合は……」
「その際はもう一度私にご連絡ください。というよりも、解決しても結局私に連絡せざるを得ないと思いますよ」
「それってどういう意味でしょうか」
「どういう意味も、私はおばあさま……璃奈さんの財産管理人でした。そして、結珠さん……あなたの家は金の卵を産む家だと申しました。つまりは……」
「つまりは……?」
「あなたが、あの家を正しく相続した場合、結果的に私を財産管理人として契約されるのが一番話が早いのですよ」
そうにっこりと笑った土井の言葉は、後日正しいものとなった。