54.一難去ってまた一難
木村家親子三人を追い出し、結珠と母はぐったりしていた。
「お母さん……ありがとう」
本当ならば結珠が言わなければならなかっただろう。言いたいことは全部母が言ってくれた。
「いいのよ……。お母さんも美奈子さんに言いたいこと全部言ったし。でもあそこのお兄さんは美奈子さんはああなのによく普通に育ったわよね」
「叔父さんのおかげ?」
「そうかもね。旦那さん、色々尻拭いしているみたいだし」
まだ母は少し怒っているのか辛辣だ。
「それにしても……やけにみはるは大人しく引き下がったなぁ……」
「怒鳴ったからね。あまり他人に怒鳴られたことないんでしょう? 怖かったんじゃない?」
怒鳴ったというほどではなかったが、淡々と笑っていない瞳で理詰めで追い詰める母は確かに怖かった。
本当に一番怒らせてはならない相手だと、結珠も思っている。
大人しく念書にサインまでしていたが、本当に怖かったのだろうか?
「はーもう、お母さん疲れた! 夕飯どうしようかしら!」
「わかったわかった! 今日は私が何か作るよ!」
「本当? やった! そういえば、昨日鶏肉いっぱい買ったのよねぇ……」
「唐揚げ? トマト煮? ソテー? それともカオマンガイとか?」
「久しぶりに結珠の作ったカオマンガイがいいかなぁ」
「はーい! じゃああとはスープとサラダ作ればいい?」
「いいわ! じゃあお願いするわね」
こうして結珠は労いを兼ねて、実家で夕飯を作り、その後帰宅した父と久しぶりに親子で夕飯を共にしてから家へと帰宅した。
■□■
家へ帰宅後、さっきの騒ぎで床に落とした商品をきちんと元に戻していないことを思い出して、結珠は店へと入った。
「あれ?」
店の照明を付けて落ちていた商品を拾って綺麗に並べてから、何かおかしいことに気付く。
並べた商品の数を調べる。商品が二個ほどないことに気付いた。
「ない! え? どういうこと?」
店を再度見渡す。そしてもうひとつ気付いた。
「ジュジュさんから預かった指輪の箱もない!」
みはるが来るまではあったはずだ。店内をもう一度隈なく探したが、やはり結珠が作ったアクセサリー二つと指輪がなかった。
「……みはるか!」
この店からいつの間にか商品を持ち出していた。せめてもの救いは、なくなっている結珠が作ったアクセサリーは魔石を使っていない、普通の天然石のアクセサリーだった。
カウンター近くの棚に、分けて置いた分である。そしてその近くに置いておいた指輪の箱もない。
価値があるかわかっているのかはわからない。単純にさっと持ち出せたものだから持っていったのかもしれない。
「だからあんなにあっさり引き下がったのか!」
ジュジュは確かに訳ありで高くないものだと言ったが、結珠はあまり使う気はなかったのだ。出来ればそのまま返却したいと思っていた。
預かればジュジュも安心するのならばと預かっただけで、まさか本当にみはるが目を付けると思っていなかったのだ。
万が一と思って、仕舞わずにカウンターへ置いておいたことが悔やまれる。
でもきっとジュジュは、みはるが指輪を持って行ったと言っても「役に立ったのなら良かったわ」と笑うだろう。
みはるが持って行ったから返せとみはるの兄に連絡をすれば、きっとすっ飛んで返しに来るだろう。
だが、それを母に知られれば、恐らく木村家と全面戦争になる。そうなれば、結珠も警察へ窃盗の被害届を出して土井に依頼しなくてはならないし、警察や弁護士が出てくる結果となれば、恐らくみはる兄の結婚は完全に破談だ。
みはる兄はそこまでになってしまったら結婚については諦めるかもしれないが、家庭内の怨恨は発生することとなるだろう。それを結珠のせいだとみはるに逆恨みされそうな気がする。結珠には全く非がないにもかかわらずだ。
出来れば警察や弁護士の出番はなく、親戚間で納めたい。まずは母に知られることなく、みはる兄へ連絡をして、指輪を取り戻さないといけない。
「なんでこんな関係ないことさせられてるのかな……」
本当にみはるは厄介ごとしか持ち込まない。一体いつからああなってしまったのか……。結珠はため息をつきながら、店の照明を消した。
みはるの店襲撃から数日後。
ジュジュが店へとやってきた。
「ジュジュさん! いらっしゃい!」
「こんにちは、ユズ。いとこの件、気になっちゃって来てしまったわ」
「あー! ごめんなさい! ジュジュさん!」
「いきなりどうしたの?」
「指輪……多分だけど、いとこが黙って持って行っちゃったみたいで……」
数日前にみはるが店に来て大騒ぎになったことを説明する。
「あら、そうなの? でもユズが気にすることはないわ。元々いとこへ渡せばいいって提案したのは私よ?」
「で……でも、私は使わずに返すつもりでいたから」
「平気よ。本当に気にしないで」
ちゃんとみはるの手へ渡ったらしいと結珠に言われて、ジュジュはにっこりと笑った。
むしろジュジュ的には目的を果たせたので万々歳である。
「どうしてもユズが気になるって言うんだったら、約束していた師団長からの高いワイン、近々飲みましょう! いつなら大丈夫?」
「え? あ、うん。そうだなぁ……。来週以降とはどう?」
「来週? そうねぇ……できればゆっくり話もしたいし、夕食を一緒に食べながらでどう?」
「もちろん! いつくらいならいい?」
「来週はちょっとした遠征任務があるの。それが終わったら二日の休みになるんだけど……。来週のこのお店の定休日はいつ?」
問われて、結珠はカウンター内に置いてあるカレンダーを見る。来週の後半であれば十日後が定休日だ。
「十日後とかどうかな?」
「十日後? ちょうどその日から休みだわ! じゃあその日の夜にしましょう!」
「あ、遠征任務があるんなら、おつまみとかも全部私が用意するね!」
「そんな! ユズひとりに全部任せたら悪いわ」
「大丈夫! 指輪のお礼だから」
「そう? だったらお言葉に甘えようかしら。結珠の用意してくれる料理、珍しくておいしいのよね」
結珠が作る洋食はワーカード王国にはないメニューのようでジュジュは珍しがってくれる。
癖のあるものは出していないので、比較的口に合うようだった。
「じゃあ、また来るわね」
「うん! 指輪、本当にごめんなさい!」
「謝らないで! 大丈夫よ」
そう言って、ジュジュは帰っていった。
■□■
「これ、本物よね? なんで結珠はこんなもの持っているのよ! まさかばあさんの隠し財産じゃないでしょうね?」
ところ変わって木村家のみはるの部屋。
ジュジュから託されたエメラルドの指輪は、結珠の予想通り、隙を見たみはるが持ち出していた。
箱から出して指輪を眺めるみはる。
「これ、売ったらお母さんたちへの借金返してもいくらか残りそう。ふふふ……結珠もバカね。あんなところに無防備に置いて……」
無断で持ち出したことに罪悪感もないらしい。結珠の物をどう扱っても良いとさえ思っている節がある。
「こっちは多分金にならなさそう。あ、でもフリマアプリとかでハンドメイドで出したら売れる?」
結珠の作った二作品もみはるが持ち出していた。
三点をスマホで調べて、石の価値を調べたら、指輪以外は手芸店で売っている天然石だと知った。
指輪だけ当てはまるものがなく、本物かもしれないと期待を寄せている。
実際に石は本物の宝石だ。ただ呪いがあるだけだ。しかし、ジュジュはそれを結珠に教えていないので、当然黙って持ち出したみはるも知らない。
「綺麗~! 本物だといいわね」
そう言いながら、みはるは指輪を自分の右手の薬指にはめた。
「ぴったり! 売るのももったいない……」
うきうきとした感じで手をかざし、自分の指にはめて指輪を眺める。
「でも……売らないとお金出来ないし……。ちょっとだけ使って売るのがいいかも」
そう言っているうちに、ウトウトし出す。
みはるはいつの間にか眠っていた。




