52.いとこが再びやってきた!
結局のところ結珠の願いはむなしくも叶わず、みはるは突然やってきた。
ジュジュから指輪を受け取った数日後、その日は作業日だったため店を開けていなかった。
作業スペースでデザインを考えていると、店の扉がガンガン叩かれている音に気付く。
「ちょっと!? いるんでしょ!? 開けなさいよ!」
「……え? あ……あああ……来ちゃった……」
外から聞こえる聞き覚えのある声に結珠は頭を抱えた。
作業机の上に置いていたスマホを手に取って、母へと連絡する。この前のランチのときに、万が一、みはるが突撃してきたら連絡をすると約束をしていたのだ。
メールで『みはるが来た』とだけ打って送信する。ついでにスマホの録音アプリを起動させてエプロンのポケットに入れて、ようやく立ち上がって店へと向かう。
店の扉を見ると、少しよれっとした格好のみはるがいた。
「結珠! さっさとここを開けなさいよ!」
「ちょっと! みはる! ご近所迷惑!」
「アンタが悪いんでしょう!? 何で鍵かけてるのよ!」
「何でって……今日、定休日だもの……」
いちいち突っかかってくるみはるにため息をつきながら、結珠は扉の鍵を開けた。
開けるのは得策ではないのはわかっている。店へ入れない方が良いのだが、これ以上騒がれるとご近所迷惑になる。
おまけに逆上されて店のガラスでも割られて侵入されるよりはマシだ。
鍵を開けると、みはるは勢いよく扉を開けて店へと入ってきた。
「定休日? は! やっぱりこの店、全然繁盛してないのね! 売れないから休みなの? かわいそう」
「……いや、普通に休まないで仕事出来ないから」
「嘘ばっかり。この前もやってなかったわよ?」
この前っていつだ!? おまけに最近ここへ来ている?
結珠はみはるの発言にぴくりと反応した。
「この前っていつの話よ?」
「いつだっていいでしょ? せっかくアタシが来てやったのに、誰もいなかったんだから反省しなさいよ!」
誰もいなかった? もしかして、母とランチに行っていた日だろうか。
その日以外、結珠は店を長時間離れていない。もう一週間以上前の話なので、まさか不在時に来ていたとは気付かなかった。
「来てやったって……別に招待してないけど。っていうか、何しに来たわけ?」
みはるの目的は知っているが、あえて知らないふりをする。みはるは結珠が何も知らないと思ったらしく、にんまりと笑った。
「アンタ、この家から出て行きなさい!」
「はぁ? いきなり来て何言ってんの?」
「残念だけど、この家はアタシのものよ! ばーさんの遺産相続は、間違いだったの! この家はアタシがもらうべきだったのよ!」
「いや、意味わからないし。……もしも、みはるの言うことが正しかったとして、この家をみはるが相続するんだったら、私の取り分は? みはるが相続した現金を貰えるってこと?」
祖母の遺言状は、『等しく』だったはずだ。その上でみはるがこの家を相続するのであれば、結珠は別のものを相続することになる。
そう主張したが、みはるは鼻で笑った。
「何でアンタに現金あげなきゃいけないわけ? あれはアタシのもの。そして、この家もアタシのもの」
「…………それ、本気でまかり通りと思ってるの?」
「当たり前でしょ!? 結珠のくせに生意気よ!」
あれもこれも自分のものだなんて、子供でも通らない主張だ。
呆れかえっていると、みはるは鬼のような形相になる。
今までだったら化粧で綺麗に整えられていたみはるの顔。しかし今はその余裕がないのか、ほぼすっぴんに近い顔に見える。
「あのさ、借金したって知ってるからね? 親戚中でも噂になっているし、美奈子叔母さんもうちのお母さんにみはるのこと愚痴ってるからね? いい加減にしなさいよ。子供みたいなわがままが通る年齢でもないでしょ? みはるの言ってること、おかしいからね!」
「うるさい! アンタ、生意気なのよ! アタシが正しいの! この家売って借金返すのよ! そしたらアタシはやり直せる! 結珠のものなんてないのよ! アタシのものなの!」
地団駄を踏むように癇癪を起したみはるを、結珠は何とも言えない気持ちで眺める。
ああ、そういえば、子供の頃にもこんなことがあったなと思い出す。
正月だっただろうか。親戚が集まっていて、伯父たちが子供たちにお年玉を配っていた。結珠もありがたく貰ったが、そのお年玉袋をみはるがいきなり取り上げた。
これも自分のものだと言い出し、親戚一同が困り果てて、結局みはるが結珠から奪ったお年玉はそのままで、結珠にはあとでみはるが見ていないところでこっそり同じ金額を渡された。
あのときと何も変わっていない。
「例え、みはるの主張通りにこの家がみはるのものになったとしても、贈与税はどうするの? タダで渡せるものじゃないよ」
「はぁ? アンタがばあさんから相続したときに税金払ったでしょ!? なんでまた税金が必要なのよ!」
「相続税と贈与税は違うよ」
「そんなの知らないわよ! だったらアンタが払えばいいでしょ?」
「贈与税は贈与を受けた人が払うものだから私じゃないし、さっきも言ったけどそもそも無償で渡せるものじゃないし!」
「知らない知らない知らない! とにかくこの家はアタシのものなの! 出ていきなさいよ!」
もう無茶苦茶である。
そもそも癇癪の起こし方が子供と何ら変わりない。おまけに借金のせいなのか、かなりの情緒不安定さも感じる。
「いい加減にして! 私は、みはるの親戚のいとこであって家族じゃないの! 見下される理由はないし、みはるを助ける理由もない! みはるが私をどう思っていようが関係ないし、ここで何かやったら犯罪になる可能性もある! そうなっても私はみはるを庇ったりしない! これ以上何かするんなら、自分の家族に迷惑をかけるのを前提でやりなさい!」
家族に迷惑と言えば、みはるの肩がびくっと跳ねた。それもそのはずだ。自分の兄の結婚話を駄目にしかけている。まだ首の皮一枚繋がっているらしいが、これ以上の騒ぎを起こせば完全に破談になるだろう。
そうなれば、みはるの兄妹仲は完全に崩壊する。きっとみはるの兄は妹であるみはるを一生許さないかもしれない。
「その通りだ! お前、何やってるんだ!?」
店の扉が開いて、二人の怒鳴り合いに別の人間が割り込んできた。それは、みはるの兄だった。
「お……おにいちゃん……」
「お前! 探したぞ! 昨日からどこ行ってたんだ! まさかと思ってこっち方面に来てみたら、ちょうど伯母さんから連絡貰って! みはる! 結珠ちゃんにまで何迷惑かけてるんだ!?」
「だ……だって! アタシが借金したのは結珠のせいだもの!」
「どうして結珠ちゃんが悪いんだ!? 借金したのは他でもないお前だろう!? そこに結珠ちゃんがどうして関係するんだ!?」
「だって! 結珠だけ家を相続してお金じゃなかった! アタシだってお金を手に入れなければ使うことなかったもん! だから家を相続した結珠が悪いんじゃない!」
「責任転嫁するな! 浪費も借金もお前の意思だろう!? そこに他人は関係ない! いい加減にしろ!」
突然始まった兄妹喧嘩に結珠も置いてきぼりになる。
まだ店の入口付近にいる、みはるの兄の後ろには結珠の母もいた。結珠と目が合ったので、母の手が振られる。
どうやらみはるの兄が言った通り、結珠の連絡を受けて、母がみはるの兄へ連絡してくれたらしい。
そしてたまたまみはるを探しに出ていた兄がこの家の近くにいたらしく、母と一緒にこの家まで来たようだった。
「帰るぞ! これ以上迷惑をかけないでくれ!」
「迷惑って何よ!?」
「お前が余計なことをする度に俺に迷惑がかかるんだよ! 大体、母さんたちが借金返済してくれたんだから、お前は大人しく母さんたちに金を返せ! 問題を起こすな!」
「だからそれはこの家を売って!」
「お前にその権利はないだろう!? この家は結珠ちゃんのものだ! 本当にいい加減にしてくれ! お前はそんなに俺を完全に破談にしたいのか!?」
みはるの兄が強引にみはるの腕を取った。当然みはるが抵抗する。
その拍子に並べてあったいくつかの商品が床に落ちた。
落とした程度で壊れるようなやわな作りはしていないが、心を込めて作った自分の作品を蔑ろにされて、さすがの結珠も堪忍袋の緒が切れる。
「いい加減にして!!」
結珠の大きな声で木村兄妹がびくりとした。
「二人とも出て行って。ここはお店なの! これ以上、ここで揉めないで。落とした商品が壊れてたりしたら弁償してもらう」
いつにない真剣な表情できっぱりと言い切った結珠に、二人は動きを止めた。
「うちにいらっしゃいな。美奈子さんもこっちへ向かうって言ってたし、うちで話し合いましょう」
沈黙を守っていた母がそう提案する。
みはるの兄が力なく「ありがとうございます。お願いします」と了承し、四人は母が運転する車で小椋家へと移動した。




