05.美女の言い分
こちらが短編の該当部分その2になります。
結珠のあまりの混乱した様子に、ジュジュと名乗った魔術師の美女も困惑を隠せない。
「あなた、本当にリーナから何も聞かされていないの?」
「……聞いてないです。魔女の店って呼ばれてたのは知ってましたけど、あくまでこの家が古くて、物語に出てくるような魔女の住む家に似てるから、近所でそう呼ばれてるのだとばっかり思ってて」
あくまで揶揄だと思っていた。人が住んでいない家だったらお化け屋敷、老女が住んでいるから魔女の家。
そんな感じの通称なのかなくらいの気持ちだったのだが、まさか本当に魔女の店だったとは思わなかった。
「いや、でもちょっと待ってください! 魔女の店って、何売ってたの!? ここにあるものは単なるアクセサリーとか小物とかそんなのばっかりじゃない!」
祖母が扱っていたのは、イヤリングやネックレス、ブローチなどのアクセサリー類や、古めかしいランプ。杖のようなものや、観葉植物。祖母が自家栽培していたハーブ類。
結珠も色々とハンドメイドマニアなので、多岐にわたる作品があるが、祖母が扱っていたものは正直に言えば、よくわからないガラクタに近いものもあった気がする。
「そのアクセサリーが魔法道具だって言ってるのよ。特にユズ……あなたが作ったというこのネックレス。これはすごい魔術補助道具だわ」
「魔術補助道具? 何それ……」
全くと言っていいほど心当たりはない。普通にデザインを考えて、祖母から残されたガラス玉と手芸店で買ってきたパーツを組み合わせて作ったものだ。
訝しげにジュジュを見ると、丁寧に説明をしてくれた。
「この石が、魔石と言われるもので、石に込められた魔力を媒介に私たち魔術師は魔術を使うのよ。こういった魔法道具を作るのが、生まれながらに魔力を保有している、魔女とか魔法使いと呼ばれる人たち」
「え? は?」
ジュジュの説明に、結珠の混乱が深まる。
「魔女や魔法使いは、魔力を保有しているけれど、魔術は使えないの。魔石に力を込めることしかできない。逆に魔術師は魔石に込められた力で魔術を使うことが出来るけれど、魔石に魔力を込めることができない」
魔女や魔法使いと魔術師の関係は持ちつ持たれつ。
より質の高い魔術を使うためには、より質の良い魔法道具を使う魔女たちと出会わなければならない。
リーナという魔女が作る質の良い魔法道具は、魔術師界隈では結構有名だった。
いつ来ても店は賑わっていて、リーナはいつもにこにこと接客をしていた。
それが気付いたら店が開けられていない。魔術師たちはパニックになったという。
魔法道具そのものは長く使うことが可能だが、魔石に込められた魔力は、魔術を使えば当然減ってくる。
リーナは魔石に魔術を込める仕事も行っていた。それが見込めないとなると魔術師たちは別の魔女たちを探さなくてはならない。
諦めきれない魔術師たちが定期的にこの店に訪れては、店が営業していないかを探っていたらしい。
そして今日ようやくジュジュが店が営業しているのに気付いて店へ入ったのは良いものの、新しい店主として存在していた結珠は何も知らない始末。
「ねぇ、ユズ。あなた、本当にリーナから何も託されてないの?」
「託されて……って言われても……。この家を相続してから、おばあちゃんの遺品の整理とかはしたけど……特にこれといったものは見つけなかったけどなぁ……」
「託されていないのだとしても、そもそもあなたが作ったというこのネックレスに付いてる魔石はどうやって手に入れたわけ?」
「魔石って……これ、ガラス玉じゃないの? それはおばあちゃんの作業部屋から材料がいっぱい出てきたから、ありがたく使わせてもらってるけど……」
鑑定士が鑑定した手芸用ガラス玉を、ジュジュは魔石だという。
ちょっと待っててと、ジュジュに声をかけて結珠は作業部屋から色とりどりのガラス玉がたくさん入った箱を持って店へと戻る。
ジュジュに箱を見せると、綺麗な碧眼を見開いた。
「ひっ……! こんな量の魔石を残してるなんて、リーナ……なんて人なの……」
「…………」
綺麗な顔を引きつらせている。
その様子に、結珠も引いた。
(……おばあちゃん、美女を引きつらせるとか何してんの)
「こ、これ以外にも何か残ってないの? というか、魔石をガラス玉だなんて、怖い……」
「だって、鑑定士が宝石じゃない、単なるガラス玉だって」
「魔力を持たない人間が鑑定すればそうなるわね。魔石はあくまで魔石であって、宝飾品に使われる宝石とも別物だし」
「ひぃー! 何それ、全然わかんないっ!」
すでに理解の域を超えている。
「リーナから手紙とか残っていなかったの? 価値のわからない人間に鑑定なんてさせるものじゃないわ」
「手紙なんてなかった……! おばあちゃんからは遺言状にこの家は他の人間には価値はないだろうけれど私が受け継いでくれたら嬉しいっていう言葉があったくらいで……」
「他の人間には価値はない……? ということは、魔女の素質を持っているのはあなただけってことかしら?」
文句はおばあちゃんに言ってほしい。単なる雑貨屋だと思ってたのに、わけのわからないことばかり言われて、結珠もすでに頭がパンクしかけている。
「とにかく、何か手紙がないか、家の中を改めて探すことをおすすめするわ」
「……そうします」
「なるべく早い方がいいわよ。私以外にもこの店の再開を待ち望んでた魔術師は多い。定期的に探ってるから、再開してるのを知ったら押しかけられるわよ」
「えええ…………」
ジュジュの口ぶりだと善人ばかりが店の顧客とも言えないようだ。
「わかりました……。ちょっとおばあちゃんの遺品を改めて探してみます」
「そうして頂戴。それにしてもリーナがいたら、手持ちの魔法道具に魔力を込めてもらおうと思ってたんだけど、何も知らないあなたじゃ無理そうね」
「そうですね、今のところやり方もわからないので無理だと思います」
「その割にはこのネックレスにはきっちり魔力が込められているのよね。何をやったの?」
ジュジュは手にしていたネックレスをじっくりと見ている。
魔力が込められていると言われても、結珠にはさっぱりわからない。
いつもと同じように、デザインした通りにパーツを組んでいっただけだ。
「特に何もしてないんですけどね。いつも通りに組み立てただけで……」
「自分の力の自覚もないのね……。気を付けてね、攫われたりしないように」
物騒なことを言い出したジュジュに、結珠も引きつる。
「攫われるって……」
「魔女や魔法使いって、どうしても持って生まれた魔力が必要になるのよ。魔力は子孫へと引き継がれることが多いんだけど、年々減っているわ」
ジュジュが言うには、魔力を引き継いだ魔女たちはどこかに子飼いになることが多いらしい。
あとはそうならないために隠れて生きて、魔女以外の職に就いている者も多いらしい。
「公に一般の魔術師のための道具店ってそう多くないのよ。おまけにリーナは質の良い魔法道具を置いていることで有名な店の店主だった。過去にリーナを攫おうとして失敗した人たちは多かったらしいけど」
ますますもって物騒である。
そんな中、ふと疑問に思ってジュジュに尋ねた。
「おばあちゃんのこのお店、有名だったの?」
「ええ、常連客も多かったし、いつも誰かしら店には客がいたわ」
「ってことは、売り上げもかなり良かった?」
「そこまでは知らないけれど、客が多いってことは必然的にそうなんじゃないかしら?」
……もしかしなくとも、かなりの遺産は道楽だと思っていたこの店からのものではないか?
そう考えると、つじつまが合うような気がする。
「……えっと、わかりました。ありがとうございます。ちょっと状況がわかるまでは、一度店は閉めて、色々と整理してから再開することにします」
「その方がいいかもしれないわね、残念だけど」
「色々と教えてくださって、ありがとうございました」
「大丈夫よ。じゃあ、とりあえず今日はこのネックレスを買って帰ることにするわ。次がいつになるのかわからないんじゃ、今のうちに買い物をしておくのが良いだろうし」
「あ、はい……」
手渡されたネックレスを受け取り、値札を確認する。
少し手の込んだものなので、八千円の価格を付けていた。
「八千円になります」
「は?」
何か変なことを言っただろうか。少し高かったのか?
「え? 何かおかしいですか? 高い?」
「逆よ、逆! なんでそんなに安いのよ!」
「ええ? そうですかね?」
ネックレスに付いた値札を確認する。そこには確かに自分が今朝書いた八千円の文字があった。
ジュジュは結珠の見た値札をのぞき込んできた。
「あなた、間違えてるじゃない。金貨八枚でしょ? 半銀貨八枚とか馬鹿な事言わないでよ」
「金貨? 半銀貨?」
聞きなれない単語に結珠はまたもや首をかしげる。
もう今日何度目のやり取りだろうか。
「はい、これね」
ジュジュは腰に付けたポーチから布袋を取り出し、その中から何かを取り出すと結珠に手渡してきた。
結珠の手の中にあったものは、日本円ではなくどこの国のものかわからない金貨八枚だった。
「え? 何これ?」
「何これって、お代よ。値札に書いてあった金貨八枚」
「……んん?」
嘘じゃなかったのか……。まじまじとジュジュの顔と金貨を交互に見た。
「え? 日本円じゃなくて? っていうか、ジュジュはどこから来たの? 日本語もすごく上手だけど」
「ニホンエン? ニホンゴ? 何それ? どこって、私は生まれも育ちも、この王都よ」
「王都? え? 王都?」
「ええ、ワーカード王国じゃない、この店があるのも」
「はい?」
次々と明かされる内容に、今度こそ結珠のキャパシティを超えた。