48.母とのランチタイム
居ても立っても居られなくなった結珠は、すぐさま実家の母へと電話をかけた。
「あ、お母さん?」
『あら、結珠。どうかした? そういえば、明日お店休みだったわね。なぁに? ランチのお誘い?』
最近母をよくランチに誘っているせいか、勘違いされてしまったが、結珠は違う違うと告げる。
「違うよ! あ、でもランチはしたいかも」
『いいわよぉ。お母さんも明日は特に予定ないし』
「じゃあ、ランチ行こう! じゃなくて! お母さんに聞きたいことがあるんだけど!」
『聞きたいこと? どうかした?』
「あー、えっと……みはるの件なんだけど」
遠回しに言っても仕方がないので、直球で告げると、電話の向こうで母は、ああと声を上げた。
『結珠も聞いたのね?』
「うん。何かおばあちゃんの遺産を使いすぎて借金したとか……」
『概ね間違ってないわねぇ……。美奈子さんからも直接電話が来たんだけどねぇ』
美奈子とは、みはるの母で、結珠の父親の妹だ。
「いや、借金って。どんだけ買ったのよ……」
『すごい高いブランド品というよりは、主に度重なる無駄遣いに近いみたいよ。持ってたブランドバッグとかは売って借金返済にあてたらしいから』
「それにしたって、一年ちょっとで一千万以上使うとか……」
『ねぇ、びっくりよねぇ。要は今までよりもグレードの高いもの……みたいな積み重ねらしいのよね。あとはビジネスクラスで海外旅行行ったり、食事とかお酒とか……』
確かにそういう生活をしていれば、あっという間に遺産なんてなくなるのかもしれない。
結珠はとにかく忙しかったのと、相続税を払って減った貯金を戻すことに必死だったので、魔法道具を売ったお金を贅沢に使おうだなんて余裕は一切なかった。
家の近くにアウトレットモールがあるのでそこへ買い物に行くこともあるが、基本的にそこでもブランド品を買うわけでもないし、セール品の服を買ったりする程度だ。
ちなみに車が必要な地域に家はあるが、まだ自分の車も持っていない。今のところ車を使いたいときは近所の実家まで歩きか自転車で行って、実家の車を使わせてもらっている。
「いやー、ないわー。でね、何かみはるが遺産のやり直しを要求してるとか何とかって聞いたんだけど」
『ああ、それね。美奈子さんも言ってたわー。でもそれって相続人全員の同意がないとダメでしょう? あれから一年以上経ってるし、もう遺産を使っている人もいるみたいなのよね。別に新たに相続が発生するようなお金が出てきたわけでもないし、今更やり直しなんて言われてもって、結構みんな渋っているらしくて。それにやり直しして、さらに税金かかるかもなんて言われたら誰も同意してないから』
そりゃそうだ。不動産を相続した父の兄弟たちの中には、すでにその不動産の売買手続きに入っている人もいるらしい。
物理的に無理だということで、全員の同意はどうやっても得られないらしい。
「なるほどね。でも多分だけど、みはるが狙ってるのって、不動産の遺産らしいって聞いたんだけど」
いとこがそう言ってたと告げれば、母は電話の向こうでうーんと唸った。
『不動産? 不動産の相続って、お父さん含めた子供四人と、孫の結珠の合わせて五人だけじゃない。じゃあもしかして、結珠が相続したおばあちゃんのお家が狙いってこと?』
「一瞬そうかなって思ったんだけど、でもこの古い家が売れるわけでもないし、お店するわけでもなくただ暮らすだけだとして、人に貸すって言っても貸せるような物件でもないし、もし貸せたとしても大した家賃収入にもならないし……」
結珠が相続したこの家は、ワーカード王国と繋がっているという秘密がなければ、親戚一同から不良物件とまで呼ばれた古い家である。
万が一、遺産相続のやり直しがまかり通ったとして、みはるがこの店を相続したとしても、魔女としての資質はないだろうから、結珠と同じようにとはいかないだろう。
じゃあ、みはるは何を狙っているのか……。
『結珠! 詳しくは明日のランチのときに話しましょう! 電話で言ってても埒が明かないし』
「あー、うん。そうだね」
『じゃあ、いつもの通り、十一時半くらいに結珠の家に車で迎えに行くわね!』
「ありがとう。待ってる」
『はーい。じゃあおやすみ』
「うん、おやすみ」
そう言って母との電話を切った。
何かが解決するわけでもなく、ただもやもやが増えただけだった。
翌日、母が車で迎えに来たので、いつものお店へランチへと向かう。
お店は程よく混んでいて、母と二人でランチを注文した。
出された水を飲んで、結珠は早速母に切り出した。
「あのさ、みはるの件なんだけど」
「ああ、そうね。昨日、お父さんとも話をしたんだけれど」
母はより詳しい話を教えてくれた。
やはり、昨日母が電話で言っていた通り、父の兄弟の一番上の兄は、すでに祖母から相続した不動産を売りに出して、売買契約が成立しているらしい。
まだ正式に譲渡はしていないものの、契約書も交わしていて、今更撤回出来る状況ではないそうだ。
「そういうわけで、お義兄さんはやり直しは反対。それに、美奈子さんもあまり賛成はしていないらしくて。だから、みはるちゃんの主張は基本的にただ喚いているだけで誰も聞き入れていないみたいよ」
いとこの中でも、すでに自分の奨学金の繰り上げ返済に遺産を使った人もいるし、家の購入を考えていて、その頭金にしようとしたりしている人など、もう本当に今更何を言っているんだという意見ばかりだそうだ。
おまけにみはるの借金のせいで、みはるの兄の結婚話に亀裂が入っているようで、木村家は現在揉めに揉めている真っ最中とのことだ。
「大体、美奈子叔母さんだって不動産の相続しているでしょう? どうしてるの?」
「旦那さんに管理をお願いしているみたいよ。そこまで詳しくは聞いていないんだけど」
結珠の父も美奈子同様に祖母から不動産を相続していて、現在は賃貸物件として不動産業者に委託をして家賃収入を得ている。
美奈子も同様らしく、だからこそ娘であるみはるの借金整理も出来たようだった。
みはるが今更不動産の遺産を狙うのであれば、自分の母親にねだってほしい。
「いやもう、それってみはるは何もしないで、ただ粛々と働いて美奈子叔母さんにお金返すしかないのでは?」
「美奈子さんもそう言ってたわ。でも何か納得してないって」
納得しないも何もないだろう。みはるの兄との喧嘩もひどいらしく、木村家は殺伐としているそう。
まぁ、結婚の話が第三者のせいでだめになるなんて、みはるの兄も怒りたくなるだろう。
実際にみはるの兄は自分の両親に対して「みはるを甘やかした結果だろう!?」と怒鳴りつけているらしい。
「家族間でもあからさまに甘やかしているのがわかっているんだったら、もう手は付けられないと思うのよね」
「……それは否定出来ないかも」
「大体、相続のやり直しなんてしなくても、美奈子さんにだって家賃収入があるんだから、甘やかすことを続けたいんなら、そこから出せばいいのにね」
母もどうやら結珠と同じ意見らしい。
もしも店の経営が上手くいかなかったら、援助も可能だと言った結珠の父。
もちろん結珠は父の言葉に甘えるつもりはなかったけれど、美奈子が自分の娘であるみはるをどうにかしたいのであれば、結珠の父と同じように援助すればいいだけの話だ。
実際、借金整理という援助を行ったのだから、今後も親族には迷惑をかけずに家族間で解決してほしい。
どうやら母もそのように美奈子に助言したとのことだが、でもでもだってが続いている。
叔母の美奈子はみはるを出産する際、難産だったそうで、おまけに未熟児で生まれたみはるをとても可愛がっていた。
そのせいか子供の頃からわがままだったみはる。そもそもみはるが結珠をライバル視するようになったのは、美奈子にも原因がある。
健康優良児だった結珠を羨ましく思っていたのか、子供の頃は母と結珠に対して美奈子が突っかかっていたのだ。それを見ていたみはるもいつしか同じような態度を取るようになっていた。
その小姑をさらりとかわして母は微笑んでいたが、その態度が気に食わなかったのか、度々木村母娘と小椋母娘は衝突していた。
子は親の背中を見て育つというが、まさしくその通りとなっている。
「本当、美奈子さんにはまいっちゃうわよねぇ。今まで全然仲良かったわけでもないのに、今回みはるちゃんのことで困ったら度々相談してくるんだもの。でもお母さんも適当に聞き流しているのよ」
おっと、母の強い部分を見た気がした。
いつもにこにこと微笑んでいて、穏やかに見える母だが、実は気が強い。
美奈子の愚痴も情報収集のために聞いているのだろう。
「まぁそれで、美奈子さんがみはるちゃんに賛成して、遺産相続のやり直しなんて言い出さなくて良かったわね。そのくらいの常識はあったみたい」
「お……お母さん……」
「と言うよりも、これ以上みっともない真似はするな! って家族間で釘を刺したみたい。大体、もうみはるちゃんは遺産使い切ったうえに、借金までしたんだから、やり直しなんて出来るわけないのにねぇ」
めちゃくちゃにこにことしながら母はさらりと毒を吐く。どうやら相当怒っているらしい。
「私は嫁だから、小椋家の遺産に口を出す権利はないけれど、結珠だけ他の子たちよりも遺産少なかったじゃない? おばあちゃんも酷いって思ってたけど……結珠はどう思っているの?」
「え? 私は別に何とも思っていないというか……むしろおばあちゃんがあの家を私に残してくれて本当にありがたいって思ってるよ」
母もまさかあの家がワーカード王国と繋がっているなんて思ってもいない。
おまけに結珠がめちゃくちゃ稼いでいることも、まだ知らない。
お金だけの観点で見れば、これから先の未来も含めたら遺産よりもすごい金額を稼ぐ可能性がある。
まだワーカード王国のことがわからない部分も多くて苦労することもあるけれど、毎日充実していて楽しい日々だ。
「あらそう? 結珠が良いんならお母さんも良いけど。いきなり仕事辞めてお店やるなんて言ったからびっくりしたけど、今のところ順調?」
「うん。何とかやれてる。まぁ強いて言うなら一人暮らしして、お母さんのありがたみがわかったというか……」
家事は終わりなき作業だ。毎日やらなくてはならないことで、手を抜くことは出来るが、何もしないで生きているわけではない。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない? でも本当、結珠が好きな事しながら楽しく過ごせているんならいいのよ。頑張ってね!」
「ありがとう、お母さん!」
「だから結珠もいちいちみはるちゃんには取り合わなくてもいいと思うのよね。今日だってせっかくおいしいランチに来たんだから、楽しまないと!」
「そうだね。気にしないようにするよ」
「そうそう! その意気! あ! ランチのあと、時間ある!? ついでにアウトレット行って買い物しない?」
「うん、時間は大丈夫だよ!」
「じゃあ買い物に行きましょう!」
そう言っていると、ランチが運ばれて来た。
セットのボリューム満点なサラダがまずそれぞれの前に置かれた。
メインは、結珠がデミグラスオムライスで、母がカポナータ風の野菜たっぷりトマトパスタだ。
「おいしそう! いただきます!」
スプーンを手に取り、オムライスを一口分取る。チキンライスと卵の間に挟まれたチーズが溶けて伸びた。
口に入れると熱々で、それがまたおいしさを増している。
「んー! おいしい!」
「こっちもおいしいわー! 野菜たっぷりで嬉しい」
美味しいランチを前に、小椋母娘から不穏な会話は完全に消え去った。




