46.師団長の言い分
時は少々遡り。
結珠から設計図を受け取ったディーターは王宮への帰り道、馬車の中ですっかり意気消沈していた。
「何で、そんなに落ち込んでるんだ?」
馬車に乗り込んで発車するまでは普通だった。少し道を進んだところで、いきなりがっくりと肩を落としたディーターに対し、同乗していたマンフレッドはディーターが落ち込んだ理由がわからず、首を傾げた。
そもそも重要な書類を運ぶ手伝いをしてほしい。行先は、魔女の店ということくらいしか聞いておらず、何かが起きていることは雰囲気で察せられたが、詳細は全く知らない。
以前、新しい魔法道具を開発したときにジュジュに頼まれて検証に付き合った店だというのはすぐにわかったのだが、自分の知らない短い期間で一体、店主の魔女とディーターの間で何が起こったのか、さっぱりわからない。
先程の話の流れで、多分揉めたんだろうな……ということくらいしか察せられなかった。
「っていうか、一体アンタは何をやらかしたわけ?」
「俺がやらかしたのが前提か?」
「そりゃあ……あの魔女の店主、アンタに敵意むき出しだったし。それにジュジュも何かどちらかというと、あっちの味方だったように見えたし」
マンフレッドも店の防犯機能については、ジュジュに教えられているので知っている。
ディーターが弾き出されていない以上、犯罪行為は行っていないのだろうが、魔女はまるで尻尾の毛を逆立てた猫のようだった。
あのディーターが警戒されているというのは、マンフレッドにとって珍しい光景だった。
「俺たち部下には厳しいが、人当たりの良さは貴族そのもののアンタが、あれだけ警戒されているとなれば、そりゃ何事だって思うだろう?」
「……そうだな」
本来のディーターは、非常に人当たりが良い。特に女性には笑顔で対応するのがほとんどである。
それはもちろん貴族として、他人に心の内を見せないといった処世術でもある。
仕事となれば、ビシバシと部下を教育し、自分も第一線で魔術をふるう、自他ともに認める仕事の鬼だ。
そんな彼を警戒する女性などほぼいない。
おまけに警戒心むき出しの魔女と対峙したあとに何故か落ち込んでいる。
わからないことだらけだ。
「で? あからさまに俺に聞いてくれと言わんばかりに落ち込んでるけど、一体何があった?」
「二回目に会ったときに、あまりの危なっかしい言動に、少々きつく言ってしまった……」
危なっかしい? 意味がわからず聞き返すと、ディーターは魔女の店主と言い争った経緯を説明してくれた。
マンフレッドは天を仰ぐ。
「そりゃ、嫌われるでしょうよ。あの魔女はアンタの部下じゃないんだぜ? 危なっかしいって言ったって、魔女だ。色々と対策してるんだろう?」
「彼女自身が対策しているのではなく、先代から引き継いだ魔法道具を備えた店の経営をしているに過ぎない。話の流れでそう聞いた。だからもっときちんと把握するべきだと」
「あー。アンタの指摘は間違っていないが、余計なお世話だな」
部下でも何でもない赤の他人に言われる筋合いはないとマンフレッドが指摘すると、ディーターはさらに項垂れた。
「ジュジュにも同じことを言われた」
そうだろうなとマンフレッドは思った。
それにしてもディーターが自分とは直接かかわりあいのない相手にここまで入れ込むのは珍しい。
「それにしても何だってまた魔女にそこまで言ったんだ?」
「単純に魔法道具の話がしたかったんだが、真向から否定されてつい頭に血が上ったというか……」
「魔法道具の話ねぇ……。それって仕事込みでか?」
「まぁ……今回譲渡してもらった設計図の魔法道具の話をしたかったのもあるが……」
言いながらディーターはポーチに付けていた低価格魔法道具と、ポーチの中に入れていたもうひとつの魔法道具を取り出した。
「あ、それ、アンタも買ったんだな」
「ああ。どういうものか興味があったからな」
「で? そっちは?」
「まだ先代が店主だった頃に、今の店主が初めて作った魔法道具だ。店へ行ったときにちょうど売っていて、慌てて買った」
「へぇ? 見ても?」
見てみたいとマンフレッドがねだれば、ディーターは手渡してくれた。
受け取った魔法道具をじっくりと眺めてみる。
「あの魔女が初めて作った魔法道具? めちゃくちゃいい出来だな。でも形があんまり見たことないけど、どうやって身に着けるんだ?」
「聞けなかったのでわからない。けれど、ポーチに入れた状態でも魔術は使えるので、特に問題はないんだが……」
「なるほどなぁ……。初めてでこの出来だ。おまけに新しい魔法道具も作った。それで、知識不足な部分が多かったんで、思わず口を出した?」
「ああ……。あれではいつ怪しい奴に狙われるかわからない。店の防犯機能に頼り切っていては、緊急事態が起きたときに対処できるかどうか……」
「でもそれを考えるのはアンタの役目ではないだろう?」
ジュジュと同じ指摘をされて、ディーターは黙る。
「アンタらしくないぜ? どうしてあの魔女に肩入れするんだ?」
「わからない……」
「まさか、一目惚れとか!?」
いきなり茶化すようにマンフレッドに言われ、ディーターは露骨に顔をしかめた。
「いや、それはない。恋愛感情だとかそういうわけではなく、何か……こう……」
「何か?」
「庇護しなくてはいけない……? 守ってやらないといけない? という感じ?」
どうやらディーターも自分の中の感情を整理出来ていないらしい。
「庇護ねぇ……。それはいずれお前が囲って、専属の魔女にでもしようってことか?」
それは恋愛対象とそう変わらないのではないかとマンフレッドは思ったが、あえて口には出さなかった。
「魔石への魔力供給のためだけに専属にしたいと言うわけではない。それこそ魔女に失礼だろう? だが、あの魔女との縁はきちんと結んでおかねば……という気持ちがある」
「縁ねぇ……。俺にはさっぱりわからないが」
ディーターの言いたいところが全くわからない。
魔女との縁とは一体なんだろうか……。
ジュジュもすっかり魔女と仲が良いようだし、今後の魔術師団やワーカード王国の利益のために、縁を結んでおく相手はディーターではなくとも良いのではないだろうか。
「別にジュジュが仲良いんだし、お前がどうこうしなくてもいいんじゃ? というか、しばらくは自分で接触しないで、ジュジュに任せておけよ。かまうと余計に嫌われるぞ」
「ぐっ……。実は最初に店へ行ったあとに、ジュジュへと紹介を頼んだんだ。でもジュジュに非常に警戒されてな。それで少々意固地になってしまったんだが……」
「その時点で引けよ。アンタらしくもない」
ディーターの言動はまるで軽率で、マンフレッドが知る普段の彼とはかなりかけ離れている。一体何が原因で彼を駆り立てているのか。
マンフレッドにはさっぱりわからない。
「あのジュジュが、魔女を紹介したくないって渋ったってのも面白いな。俺が検証の手伝いを頼まれたときにはそんな感じではなかったけどな」
「俺だって……新しい魔法道具の検証に参加したかった……」
「任務へ行ってたじゃねぇか。っていうか、アンタなんでそんな子供みたいにいじけてるんだ!?」
仮にも魔術師団長だろうと言えば、ディーターは恨みがましい目でマンフレッドを見た。
「師団長という立場や、実家の位の高さのせいで、そう気軽に接してもらえない。魔女ならばそういう話も出来るかもしれないと思っていたところに、拒絶された……」
「あーもう、アンタこんなめんどくさい人間だったんだな!」
こんなディーターは本当にマンフレッドも知らない。関係悪化から素直に謝罪出来たのは良かったかもしれないが、だったら最初から喧嘩などしなければよかったのにと、マンフレッドは堂々巡りになる。
そして何より、うじうじしているディーターがすこぶるめんどくさい。マンフレッドは匙を投げた。
「アンタの感傷なんぞ知らん! どっちにしてもこの設計図が本当に王宮の魔法道具の設計図だったら、これから忙しくなるし、それどころじゃなくなるだろう?」
そうだ。これから設計図の検証が始まるし、本物であれば、王宮お抱えの魔女と修理の打ち合わせに入らなければならない。
元々予定されている仕事もあるし、さらに忙しくなるだろうから、関係改善のために魔女の店へ行っている暇など、恐らくなくなるはずだ。
「まぁ、ご機嫌取りに何か贈るってのもひとつの手だよな」
「贈り物か! そういえば、魔女はこの設計図の報酬について何も言っていなかったから、個人的に何か贈るのはいいかもな!」
急に元気を取り戻したディーターにマンフレッドも呆れる。
「それで先走ってまたご機嫌損ねるんじゃねぇぞ。ジュジュに聞いてみろ」
「そうだな! 魔女の好みを何か知っているかもしれない!」
貴族相手の対人関係はそつなくこなしていたが、意外に不器用なのか? とマンフレッドはディーターに対する認識を改めた。
一体彼の何を駆り立てたのか。マンフレッドには理解出来ない。
確かにあの魔女の内包している魔力は超一流。考え方も柔軟で、新しい魔法道具も作れる。でも、どこにでもいるような平民の女性にしか見えない。
顔は少し童顔で可愛らしい印象だが、特にディーターほどの人間が一喜一憂する相手には見えなかった。
「まぁ、せいぜいがんばれや」
そう応援したが、マンフレッドはまだ知らない。
後日ジュジュから聞いた結珠のリクエストに対して、ディーターはとんでもなく高額なワインを、必要以上の本数を贈り、ジュジュたちから呆れられるということを。
「いやだから、マジで加減を知れって」
「だが! どうせ飲むのならば、良い酒の方がいいだろう?」
「あーもう、これだから高位貴族ってやつは!」
結珠とディーターの仲直りは程遠い。
……犯人は、仲良くなりたかったなどと自供しており……。
みたいな感じになりました。
私も、ホントもうどうしてくれようこの人……みたいな気分です。
完全に方向性を間違えた師団長ディーターに明るい未来はあるのか!?(笑)
というわけで、これにて第三部終了です!
次から第四部です…………といったところで、お知らせがございます。
【お知らせ】
この度「おばあちゃんと孫と魔女の店 ~ 祖母から相続したお店がとんでもなかった件について ~」の書籍化が決まりましたのでお知らせいたします!
皆様の応援のおかげです。
本当にありがとうございます!
詳細につきましては、決定次第お知らせいたしますので、少々お待ちください。
これからも頑張ります!!!




