45.師団長からのお礼
「謝罪を受け入れてくれて、感謝する。申し訳なかった」
「もういいです。自分でも知識が足りないことはわかっていますし」
ややぶっきらぼうに言う。ディーターの謝罪は受け入れられた。
だがしかし、ほぼ初対面で注意を受けた悪印象までは拭えないだけだ。
それを口に出さないだけの分別は結珠にもある。
きっと表面上でも仲直りすれば、ジュジュも安心するはずだ。
そう思ってジュジュを見れば、結珠の予想通り、ジュジュも少しほっとした表情を見せていた。
心配をかけていたのだと申し訳なく思った。
何だか少し店の中の空気は改善されていない気がして、結珠は努めて明るい声を出した。
「そういえば、お茶とかも出さなくてごめんなさい! 今更ですけど、何か飲みます?」
「いや、大丈夫だ。設計図も受け取ったので、我々は失礼しよう。マンフレッド」
「はいよ」
ディーターに呼ばれたマンフレッドは、一度店を出ると箱を持って戻ってきた。箱には魔石が取り付けられていた。ディーターが石に手をかざすと、箱が自動的に開いた。
中身は空っぽで、結珠から受け取った設計図が入れられた。ディーターが再び石に手をかざすと、これまた箱は自動的に閉じられる。そしてかちりという音がした。
なるほど。これもどうやら鍵のかかる魔法道具らしい。
「店主よ、快く譲ってくれたことに感謝する」
「いえ……私が持っていても仕方がないですし」
「ところで、もうひとつ頼みがあるのだが……」
「頼みですか?」
また無茶なお願いをされるのかと身構えたが、それがわかったのかディーターは苦笑した。
「いや、無茶は言うつもりはないよ。ただ、この先代の祖父の日記を少し借りることは出来ないかと思って」
「日記ですか……?」
今のところ誰の手でも開けることは叶わない高祖父の日記。
貸すこと自体は構わないと思ったが、はたと気付いた。
「えっと……日記を貸すこと自体はいいんですけど、鍵を持っていかれるのはちょっと困ります」
先程ディーターに渡したのは祖母の日記の鍵だ。鍵そのものは、祖母の日記も高祖父の日記も共通なので、出来ることならばそれを貸すことは避けたい。
鍵について説明すると、ディーターは眉間に皺を寄せた。
「それは……もしかして日記の鍵が違っているから開かないのでは?」
「いえ、恐らく鍵そのものは共通だと思います。祖母の日記にも鍵は別にあるとは書かれていませんでしたし、むしろ祖母は高祖父の日記の持ち主になれなかったと書かれていたので、別に鍵があるとは考えにくいです」
そう説明すれば、ディーターは日記を借りることを諦めた。鍵があっても開かない日記なのに、さらに鍵のない状態で持って行っても無意味だと思ったようだった。
「もしもいつか、鍵が開いて日記が見られる状態になったら、見せてもらうことは可能だろうか」
「それは……まぁ、いいですけど」
結局また店に来る気か……とも問いかけられず、必殺日本人の曖昧な笑みで誤魔化す。
開いてもよっぽど結珠ひとりでは手に余るようなことでも書いてない限り、言わないでおいておこう……と心の中で誓う。
設計図も渡し、日記も借りられないとわかったからか、ディーターは王宮へ戻ると告げた。
同行しているマンフレッドも一緒に戻るという。
「では、これで失礼する。ジュジュ、君はどうする?」
「すみませんが、私は少々残ります」
「わかった。では、俺とマンフレッドで先に戻っている」
「はい」
そう言うと、ディーターとマンフレッドは結珠に一礼して店から出て行った。
妙な緊張感のあった店内の空気が少し抜けた感じがあった。
「お……終わった……」
気が抜けたのか、結珠はカウンターの椅子にへなへなと腰を下ろした。
ジュジュは結珠が座った隣の椅子に腰かける。
「お疲れ様、ユズ」
「……ジュジュさん、帰らなくて良かったの?」
「少ししたら帰るわ。でも今はユズが優先。色々とありがとう」
改まってお礼を言われて、結珠はきょとんとした表情を見せた。
「どうしたの? 改まって」
「ユズが設計図を譲ってくれたおかげで、多分色々な人が助かるわ」
「そう? 確か結界の魔法道具って言ってたっけ?」
「ええ。王都の城壁を囲むように魔物が入って来ないように出来る結界よ」
またもやファンタジー世界の話が来た! と感心する。
「魔物か……。これまた私には縁がないかも」
「ユズの世界にはいないのね」
「いないねぇ……獰猛な動物はいるにはいるけど、私が住んでいるところにはいないし。でもそういう危険な生き物が人の命や生活を脅かすってことはわかるよ。あの設計図で困る人が減るんであればよかった」
ディーターはまだ気に食わないが、ジュジュを含めたワーカード王国の人たちが助かるのならば良い。
「そういえば、ユズは特に報酬を提示しなかったけれど、良かったの?」
「報酬? あの設計図に対して?」
「ええ。恐らく望めば出来る限りの報酬が出たわよ」
なるほど。そういう手があるのか。そう思ったが、結珠は特に何か求める気にはならなかった。
「別にいらないかなぁ……。ジュジュさんもあの人も王宮の魔法道具の設計図だって言ったけど、本当にそうなのか……もしかしたら微妙に違うものなのか……まだ確証はないでしょう? もしちゃんと検証してやっぱり違うものだった! ってなったら、報酬は返さないとだし」
「恐らく、間違いなく王宮の魔法道具の設計図のはずよ」
「でも万が一ってこともあるでしょう? そうだなぁ……本物の設計図だったら、ワインの一本くらいご馳走してもらおうかな。私、料理作るから、一緒にワイン開けて食事会しない?」
無欲とも言える結珠の提案にジュジュは目を丸くしたあと、盛大に笑った。
後日、結珠がディーターへ託した設計図は、正式に王宮の結界用魔法道具の設計図であると確認され、修理が始まったことをジュジュを通して教えられた。
「あの設計図、ちゃんと正しいものだったのね。よかった」
「それで……ワインでもって言う話を師団長へお伝えしたら……」
と言って、木箱と共に現れたジュジュ。木箱の蓋を開けて中身を見せられて、結珠は驚いた。
「何……この本数。私、一本でいいって言わなかった?」
「私はそう言ってたって、師団長へお伝えしたのだけれど、これを持っていけって」
木箱の中には、ワインであろう瓶が十本以上入っていた。
一本だけ、さらに箱に入っていたものがあったので、これは何かとジュジュに尋ねれば、ジュジュもわからないらしく、開けてみようということになった。
結珠は木箱の中から箱を取り出して開けると、そこには他のワインとは異なる別のワインが入っていた。
ワインボトルのラベルを見て、ジュジュが頭を抱えた。
「これ、すごく高いワインだわ……」
「え!? どれくらいするの!?」
「多分……金貨八枚くらい?」
「うえっ! いやいやいや……そんな高いの! 私、味わからないよ!」
「でもきっと返しても、受け取らないでしょうから、貰ってしまっていいんじゃないかしら」
「……っていうか、一本でいいって言ったのに。こんなに貰っても私そんなにお酒強いわけじゃないのに」
惜しげもなくこんな高級ワインを振舞ってくれるなんて、高位貴族だからだろう。
加減を知らないのかと、若干呆れる。
「もう諦めてちょうだい。それに他はどれも手ごろなワインだから、ゆっくり楽しんで飲めばいいと思うわ。もしかしたらナールさんもそのうち顔を出すでしょうし、またみんなで集まって食事をしましょうよ」
そうだ! 酒好きのナールがいた!
いつまた店へ顔を出すかわからないが、来たときに飲むのに協力してもらえばいい。
ジュジュの提案に、結珠は頷いた。




