44.師団長の謝罪
設計図の受け渡し日程を決めると、ジュジュも仕事があるのか、早々に帰っていった。
連日のように店に来ているから、仕事も滞るだろう。
今日はあまり客も来ていないので、結珠は作業ではなく、カウンターに座って日記を読むことにした。
夜に持ち越すと多分読まない気がしたのだ。
ざっとななめ読みだが、とりあえず特に読みたい、店の防犯機能に関わる部分をページをめくりながら探してみるが、記述がない。
読めないということは、今は時期ではないということである。
「ない……。えー、今は知らなくてもいいってこと?」
腕を組んで、うーんと悩む。
そもそもおかしい部分が多い。
恐らくだが、あのどこの鍵かわからない、一番大きな鍵が店の防犯機能を司る、魔法道具に関係あるであろうということは、ここまできたら結珠にも推測出来る。
でも鍵穴の位置がわからないし、仮にわかったところでその中に入っているであろう魔法道具がどういった形状で、どういう力を持っているのかさっぱりわからない。
わかっていることと言ったら、悪意を持った人間や犯罪者は店に入れないし、入れたとして、窃盗を行ったりしたら、弾き出されるという仕組みくらいなものだ。
そう考えて、はっと気付く。
「あくまで店に害をなす人を排除する魔法道具……。ということは、師団長さんは別に何かしたわけでもないから、私がただ苦手ってだけでは出禁には出来ない……」
なるほど、理解したー! みたいな気分である。
いわゆる理不尽なカスタマーハラスメントだったら排除対象になったかもしれないが、ディーターの忠告そのものは結珠にとって先送りにしていた問題を指摘しただけにすぎない。
ただその言葉のチョイスが結珠自身も気にしていたところであり、あまりにも的確に刺さり、少々辛辣だったのだ。
それに王立魔術師団のトップである人物だ。犯罪まがいのことをやらかすとは到底思えない。ただ、魔法道具について、結珠に要求する内容が度を越えたらその限りではないかもしれないが、結珠が苦手としている……だけでは、店を出禁にするということは難しいだろう。
そもそも設計図の受け渡しにディーターが立ち会うことを前提に、ジュジュとも話し合いをしたし、ジュジュもディーターが店に入れなくなる可能性があるかもしれないということを想定していなかった。
つまりどうあってもこの先結珠がディーターから逃れられない可能性の方が高い。
設計図だって、渡しただけで済むとは考えにくい。
読めない文字だと訴え続けたとして、じゃあ文字の勉強などと言い出しかねない。
「私……部下じゃないんだけどなぁ……」
ディーターが店に来ないように、どうしたらいいのか、もっとジュジュに助言をもらえばよかったと思ったとしても遅い。
ジュジュも約束の三日後でないと店に来ないし、そもそも来た時点でディーターも一緒だろう。
どう頑張っても顔を合わせないという選択肢はない。
結珠は大きなため息をついた。
何が彼を駆り立てているのか、結珠には全くわからない。
言い争いの様子から、ディーターからは焦りにも似た何かを感じた。故障寸前の魔法道具を前に、藁にも縋る気持ちなのだろうか。
字が読めないとはいえ、設計図を見ても構造もわからないし、仮に実物を見ることが出来たところで、多分余計にわからなくなるのは目に見えている。
結珠としては、単なるアクセサリー作家でしかないのだから、からくりに近い大きな魔法道具なんてどんなに説明されてもわからないだろう。
そもそも理系でもないのだから、設計図も引けない。それで相談と言われたところで、無理な話なのだ。
それすらもわからず、焦るように言い争っていたディーターに何があるのか……。
考え始めて、結珠は首を振った。
「いやいや、私だって忙しいし! わざわざ首を突っ込む話じゃない!」
ただでさえ色々と忙しいのだ。出来ないことに首を突っ込んではいけない。
とりあえず淡々といけ好かない取引先との面会と思おう! と、結珠は割り切ることにした。
そうこうしているうちに、あっという間に三日経ち、約束の日となってしまった。
朝起きた時点から、結珠の気持ちは落ち込んでいた。
(あー、会いたくない……)
無視したくとも、ジュジュとディーターとあともう一人の計三人で来るのだから、あからさまに無視するのもおかしいだろう。
もう完全にビジネスとして接するしかない。
そわそわとした気持ちでジュジュたちの到着を待つ。
程なくして、鍵を開けておいた店の扉が音を立てた。ジュジュと師団長、そして何となく見覚えのある顔の三人が店へと入ってきた。
「ユズ! 来たわよ!」
「ジュジュさん、いらっしゃい! あ、えーっと、こんにちは師団長様」
「……ああ」
ディータと顔を合わせた結珠はとても気まずい。相手もそうらしく、何となくぎこちない態度だ。
同行したもう一人は、結珠とディーターの態度に首を傾げている。
それもそうだろう。二人が口論したことはジュジュだけが知っているのだから。
「何だ、この雰囲気?」
「マンフレッド……何も言わないで」
ジュジュにマンフレッドと呼ばれた男はこそこそと小声で話しているが、もちろん結珠の耳にも届いている。
めちゃくちゃ気を使われている……。結珠は巻き込んでしまって申し訳ないと思った。
「あ! えっと、えっと! 設計図ですよね! 今持ってきます!」
こういうときは逃げるが勝ちだ! そして目的を果たしてさっさと帰ってもらうのが良い。
結珠は居住スペースへと慌てて引っ込み、予めリビングに用意しておいた設計図を持って店へと戻る。
三人は所在なさげに店の中に立っていたが、結珠が戻るといっせいに結珠を見た。
視線に若干怯んだが、数枚の設計図を差し出す。
「これ……です。家にあったのは」
結珠が差し出した設計図を受け取ったのはディーターだった。受け取ったディーターは設計図を確認する。
「間違いない……。これは王宮にある魔法道具の設計図だ」
見ただけでわかるのか……。文字が読めない分、結珠とは大違いだ。
ディーターは設計図から目を離し、結珠を正面から見据える。
「確認したいのだが、何故これを君が持っていた?」
「ジュジュさんから予めお聞きかと思います。私の祖母が、祖母の祖父という人から託されていたそうです。私にもそれ以上のことはわかりません」
「先代魔女の日記には何と書かれていた?」
「今説明した程度のことです。読めない文字で書かれた設計図を託されたので保管していたと」
「そうか……」
何か言ってくるかと思いきや、ディーターはそのまま黙って設計図を再び見ていた。
店の中に沈黙が続く。
結珠だけではなく、ジュジュもマンフレッドも黙ってディーターの様子を伺っていた。
「これ以外には?」
「あとは……その祖母の祖父という人の日記くらい?」
「あるのか!? 見せてくれ!」
「……いいですけど、私がもらった祖母の日記と同じものなので、恐らく同じ魔法道具の日記ですよ?」
しかも現時点では開けることも出来ない日記だ。
でも見たいというのならば、別に見せる分には構わない。
少し待って欲しいと告げて、結珠は高祖父の日記と鍵を持って店へと戻った。
「これです」
三冊の日記と鍵を差し出す。
ディーターは受け取って鍵を日記の鍵穴に差し込んで回したが、結珠と同様に鍵は回るが解錠は出来ない様子だった。
「開かないな……。君なら開くのか?」
「いいえ、開きませんでした。そもそも師団長様が持ち主を認定する魔法道具の日記だとおっしゃいましたよね? 私はこの日記の持ち主にはなっていないですし、祖母も資格がなかったようで、開けられなかったと日記には書いてありました」
「……そうか。すまなかった」
ディーターはそう言って日記を結珠へと返した。
先日とはまるで違う態度に結珠も首を傾げる。
どうしたものかと様子を伺っていると、ディーターはいきなり結珠へ頭を下げた。
「先日は申し訳なかった」
「え!? いきなり何!?」
突然謝ったディーターに驚いて、結珠は声を上げる。ジュジュとマンフレッドも驚いた様子でディーターを見ていた。
「言い過ぎたと反省した。正直に言ってしまえば、俺は君が羨ましかったのかもしれない」
「羨ましい? どうしてでしょう?」
地位も名誉も顔面偏差値の良さもあって何でも持ってそうな人が自分を羨ましく思っているなんて、結珠には少々信じがたい。
「最近の俺にとって、王宮内の魔法道具の修理は急務だった。作りを解明するか、あるいは修理可能な魔女を見つけてくるか……。どちらも行き詰っていた。そんなとき君のような魔女が突如現れた。藁にもすがる思いだったのに、それを否定されて、柄にもなくカッとなった」
まぁ確かに……。いつものディーターらしからぬ態度だったと、その様子を実際に見ていたジュジュは、口には出さずにディーターの説明に頷いた。
「魔法道具の修理は……俺の先代の師団長の時代から言われ続けていたことだったが、今だになされていない。完全に壊れる前にどうにかしなければと焦っていた。実際に君と会って満ち溢れる魔力や魔女としての才能を感じた。それなのにも関わらず、君は色々と自覚がなくて……危なっかしいと思った」
「……危なっかしい」
それは否定出来ない。店からワーカード王国側へは出られないので、街並みもわからなければ、生活文化もわからない。
接点はこの店の中のみで、結珠の情報源も客だけである。
そんな状況で、ワーカード王国の知識なんて増えるわけもない。
あちらの人間からしたら、結珠が非常識な部分も多いだろう。
すごくよくわかるが、ディーターのあの態度はいただけなかった。
「……それはご心配頂いたということでしょうか?」
感情的には納得出来ないが、危なっかしいと思ったところから出た忠告だと思えば、恐らくその相手を心配したということに繋がる。
顔が良い分、申し訳なさそうな顔をされると、許さないこちらが何だか悪い気分にもなってきた。
「謝罪は受け入れます。ただ、私の感情とは別と思ってください」
あくまで謝罪は受け入れると言えば、ディーターはあからさまにほっとした表情を見せた。




