43.女子の秘密の打ち合わせ
結珠に連絡を取りたいと考えても、ワーカード王国にある通信手段は、基本的に手紙だ。
魔法道具の通信機器はあるが、国家レベルでの所有となり、国民に広く普及しているものではない。
そのため、直接店を訪ねる方がどうしても早くなってしまう。
ジュジュは、ディーターの命令により、翌日も結珠の店へと向かった。
「ユズ? こんにちは」
店の扉を開けながら結珠へ声をかけると、奥の作業スペースにいたらしい結珠がひょっこりと顔を見せた。
「ジュジュさん、いらっしゃい! え? もう早速?」
「いいえ、いつ引き取りにくるかの打ち合わせに来たのだけれど、作業中だったかしら?」
「ううん。ちょっと在庫整理してただけ。それで予定決まった?」
「どちらかと言えば、ユズの予定に合わせる方がいいという話になったのだけれど」
「そうなの?」
てっきりディーターたちの都合になるのかと思っていたのだが、ジュジュは慌てて首を振った。
「そんなわけないわ! 貴重な設計図を渡してもらうのだもの。ユズの予定に合わせるわ」
「ちなみにそれってジュジュさんの案?」
「いいえ。師団長のご提案よ」
「……あの人にそういう殊勝な部分があるんだ」
かなり辛辣な言葉にジュジュは苦笑する。
「ユズは師団長が苦手?」
直球で尋ねられて、今度はユズが苦笑した。
「苦手……かなぁ? 何というか、社会人時代の上司に似ているというか……」
「シャカイジン時代? どういう時代?」
社会人という言葉はジュジュには通じなかったらしい。
「えーっと社会人っていうのは……何て言ったらいいんだろう……。私、事務の仕事していた頃があったんだけど……」
「事務? ユズは文官だったの?」
おお、なるほど。事務は通じるのか、そしてワーカード王国においては、事務仕事をするのは文官の役目なのか。
結珠もすぐに理解して納得する。
「ワーカード王国の文官とはちょっと違うけど、似てる感じで、要は私も勤め人で仕事してた頃があって、それを社会人って言うんだけど」
「なるほど?」
「そのときの、すごく仕事が出来る上司に、あの師団長さんが似てて。もう勤め人はこの店を始めるにあたって退職したのに、何というか……上司に怒られる気まずさとか色々思い出す羽目になって、何というか……苦手とまでは言わないけれど、本来なら説教される対象ではないはずなのに、どうしてあんなこと言われなきゃいけないんだ……って反発心というか……」
ジュジュにも何となく結珠の言いたいことはわかった。
確かにその通りだ。ディーターは別に結珠の上司ではない。でもジュジュとディーターの共通認識として、結珠が危なっかしいという点で、どうしても口を出したくなるのだ。
「こんなこと言ったら結珠は怒るかもしれないけれど、何だかユズは危なっかしいのよね」
「危なっかしい? どういうところが?」
「強いて言うのならば、ワーカード王国の知識がないところとか?」
「それは仕方がなくない? だって私は別にワーカード王国の住人じゃないし」
「そうなんだけれど。でも王国内で商売する以上、店の防犯機能に頼り切りなのも良くないと思うのよね」
結局のところそこに行きつくのだ。
犯罪を未然に防いでくれるであろう、店の防犯機能。危ない人間は店に入ってこないという機能をフル活用している。
「私だって考えていないわけじゃないんだけどね」
「そうなの?」
「うん。実はおばあちゃんの日記にも書いてあったんだけど、今知るべき内容でなければ日記に書かれてあっても読めないって」
「あの魔法道具の日記、そんな力があるの?」
「らしいよ。実際にジュジュさんだって持ち主じゃないから白紙だったのを見たじゃない」
確かにジュジュもあの日記の効力は目の当たりにしている。
「実際、全体をぱらっと確認してみたけど、日記の後半部分は白紙だったの。最初は単純に使っていないのかと思ったんだけど、もしそれが日記の力だとしたら、何か書かれているページもあるって考えてもおかしくないかもって」
「そうね。じゃあ、店の防犯機能の魔法道具も、まだ結珠が知るべきではない可能性があるってこと?」
「それはわからないんだよね……。今読める部分を全部読んだわけじゃないから」
ディーターにあれだけ言われたのに、結局全部読んでいないらしい。
呆れ半分で、ジュジュも口を挟んだ。
「もう! ダメじゃない! ちゃんと読みなさい!」
「ううう、ごめんなさい……。何か色々と情報過多だったところに設計図を見つけちゃったからそれでまた中断しちゃったんだよね」
設計図が出てきたのだから仕方がない……とも言いにくく、ジュジュはため息をついた。
「ユーズー! 今度師団長が設計図を取りに来るまでに読める部分を全部読んでおかないと、また怒られるわよ!」
「……明日来るとか言われたら、さすがに全部は読めないです」
「……わかったわ。ユズが日記を読めるだけの時間を空けて取りに来ましょう」
「いいの!?」
「いいわよ。私だってユズが師団長とまた口論になるところを見たいわけじゃないもの」
そういえば、ディーターと言い争いになって、ジュジュに向かってうるさいと怒鳴ってしまったと反省する。
いくらヒートアップしてしまったとはいえ、止めに入ろうとしてくれた友人に対して取る態度ではなかった。
「ちなみにどのくらいあったら読めそう?」
「最低でも二~三日は欲しいかなぁ……」
こうしてようやく設計図の受け渡し日時について、相談の時間となった。
祖母の日記は結構分厚い。今のところ半分くらいは書かれていそうなので、出来れば三日くらいは欲しい。
「元々ユズの予定に合わせるつもりだったから、じゃあ今日から三日後はどう?」
ジュジュにスケジュールを尋ねられ、ちょっと待ってと作業スペースへ入る。そこに置いてあるカレンダーを確認して何の予定もないことを確かめた。
「うん。大丈夫だよ」
「じゃあ三日後……あら? でもこのお店はお休みの日じゃない?」
今の結珠の店は、日本のカレンダーで週四日、十一時から午後五時までが営業日だ。言われてみれば、三日後は定休日の日である。
「あ、本当だ。でも、定休日の方が都合が良いんじゃない?」
「どうして?」
「だって、他のお客さんがいるかもしれないタイミングで魔術師団長が直々に、いかにも任務です! みたいな感じでお店に来たら目撃者も多くなるし、絶対何かあるって思われるでしょ?」
「でも、結珠のお休みの日に迷惑をかけるのも……」
「そんなの今更でしょう? それに別に定休日だけど特に用はないし、元々作業日に当てる予定だったから、少しの時間なら平気だよ」
設計図の受け渡しのタイミングだけ閉店するというのも、かえって怪しさが増すだろう。
だったら定休日に来てもらう方が結珠にとっても望ましい。
「ありがとう! ユズ! じゃあ、三日後に。時間帯は今くらいの時間でどう?」
「大丈夫。じゃあ三日後に待ってるね……。というか、あの人だけじゃないよね!? ちゃんとジュジュさんも一緒に来てくれるよね!?」
さすがにディーターが一人で来店するなんて無理! と強く訴えた結珠に、ジュジュはその気迫に負けてこくこくと何度も頷いた。
「もちろんよ。私と師団長、あと前に検証を手伝ってくれた同僚と三人で来るわ」
「……信じてるからね!」
あまりの気迫にジュジュはもう一度、ただ頷いた。




