42.師団長室にて
結珠がディーターの再来店を了承するやいなや、ジュジュは慌てて帰っていった。
帰ると言っても自宅ではなく、王宮内の魔術師団に与えられている執務棟だ。
ジュジュは慌てているとは見せないぎりぎりのラインで王宮へと戻り、急ぎディーターへ面会要請を出した。
程なくしてディーターの執務補佐官から了承の返事をもらい、すぐさまディーターの執務室へと向かった。
ディーターの執務室へ入ると、書類整理をしていたのかディーターは書類を捌きながら顔を上げた。
「ああ、ジュジュ。何か急ぎの用だとか?」
「すみません、師団長。出来ましたらお人払いを」
開口一番そう言ったジュジュに、ディーターは手を振って室内にいた補佐官に出ていくように指示をした。
ディーターは机から立ち上がり、ソファへと腰掛ける。ジュジュにも座るように勧めた。
「それで? 人払いまでして、急ぎの話とは?」
「師団長がお探しになっている、結界の魔法道具の設計図が見つかりました」
「は? 何だって? どこに?」
予想外のことを言われて、さすがにディーターも驚いた様子である。目を見開いてジュジュに詰め寄った。
ジュジュは少し躊躇いながら、結珠の名前を出す。
「ユズのお店です……」
「はぁ? 何であの魔女の店から、魔法道具の設計図が出てくるんだ? 大体、あの魔女は店から出られないのだろう? それが何故我々の王国にある魔法道具の設計図なんて持っているんだ?」
「それが……彼女が言うには、先代の祖父に当たる方がお持ちだったとかで……」
「先代の祖父? 何でまた……。魔女は他に何か言っていたか?」
「先日師団長と言い争いになったあと、師団長の指摘通りに先代からの日記を読み始めたそうで。先代の祖父の日記があると書いてあったそうなんです。先代の日記に書かれていた収納先を確認したところ、日記と一緒に設計図が出てきたとのことで、読めない文字で書かれていたのと、我々の国と店が繋がっていたことから、念の為と相談されたんです」
「なるほど? それで、ジュジュが設計図を確認したら、どうやら結界の魔法道具の設計図のようだったと?」
「はい。その通りです」
話としてはおかしいところはない。結珠が先代から託されたものを発見し、読めない文字が書いてあったので、懇意にしているジュジュへ相談した。
だが、そもそもの前提がおかしい。
異世界の住人であるという店の店主が、いくらジュジュたちの国と繋がっているとはいえ、百年前に設計された魔法道具の設計図を保管していたのかということだ。
しかも設計図の持ち主は店の先代の主だった結珠の祖母である璃奈の、これまた祖父に当たる人物。
ディーターはジュジュからもたらされた情報を脳内で整理する。
「今の店主の祖母の祖父……。ということは、その祖父とやらが生きていたとしたら何歳くらいになる?」
ぽつりと呟かれたディーターの問いに、ジュジュも最初はきょとんとしたが、少し考えて気が付いた。
「あの……師団長」
「なんだ?」
「ユズは私と同じ年だと言っていました」
「え? あの店主、そんな年齢なのか? もっと若いのかと……」
この場に結珠がいたら、さらに怒りそうな一言だ。ただでさえ童顔で実年齢よりも若く見られることが多く、舐められた態度を取られやすいからだ。
それはさておき。結珠とジュジュが同い年であると聞かされ、ディーターは再び考える。
「先代の祖父という人はどういう人なのか……魔女から何か話は聞いたか?」
「あまり詳しくは聞いていないのですが……。でも先代のさらに前の店主だった……というような話は何かの流れで聞いたことがあります」
「へぇ? 先代の祖父という人は、先々代店主ということか……。ということは、現店主である魔女の年齢から考えて、先々代が店を始めたのはいつ頃だ? 百年とまではいかなくともそれくらいの年数が経っていると推理してもおかしくないのではないか?」
ディーターの答えに、ジュジュも頷く。
「師団長のお考えは間違っていないと思います」
「だろう? というよりも、そう考える方が自然だ」
ディーターは大きくため息をついた。
「実は前々から不思議に思っていたことがある」
「不思議に……ですか?」
「ああ。魔法道具の不具合が出始めて、修理を考え始めた頃に設計図が保管されていないことにようやく王宮が気付いた。おまけに設計者も製作者も不明。魔法道具についても成り立ちの歴史が不鮮明。どれだけ調べてもどこかで手がかりが途絶える。そう考えれば、たどり着く答えはひとつだ」
「……誰かが故意に消した?」
ディーターに言われてたどり着く答えはひとつしかない。誰かが故意に消したと考えるのが自然だろう。
ジュジュの答えに、ディーターは満足そうに頷いた。
「これは俺の推測だが、魔法道具の設計者も製作者も同じ人物だとして、その人間が故意に全ての証拠を消して持ち去った。だが、処分までは考えておらず、見つかりにくいところに隠そうと考え……先々代へ託した……とかな」
「なるほど。確かにそう考えれば辻褄は合いますね」
不自然な推理ではない。ただ、結珠もジュジュに全ての情報を明かしたわけではないので、それが本当に正しいのか、現時点ではあくまで推理でしかないし、正解を知る者は誰もいない。
ひとつの結論は出たが、話はそこではないはずだ。そう気付き、ディーターは咳払いをする。
「それで、魔女はその設計図についてどう言っているんだ?」
「はい。ユズは我々に託しても良いと言っておりました」
「本当か!? 何か交換条件などは言っていなかったか!?」
「いえ、特に何かを要求するようなことは言っていませんでしたが……」
「が? 何か気になる点でも?」
ジュジュは少し言いにくそうに口を開いた。
「そのですね……。大変貴重なものですから、対策をしてから引き取りたいと……。その際、恐らく師団長も店に再来すると告げたところ……非常に嫌そうな顔をしていました」
「………………なんだと?」
「派手に口喧嘩した相手と顔を合わせるのはとても気まずいと……」
「確かに俺も言い過ぎたが、あの魔女が色々未熟だからだろう?」
「確かに師団長がおっしゃることも正しいですが、彼女は魔女であって、魔術師ではありませんよ。師団長の部下ではないのですから、あそこまでおっしゃらなければ嫌がられることもなかったのでは?」
すばりの指摘にディーターも口ごもった。
ジュジュの指摘は正しい。ディーター自身もどうしてあそこまで揉めてしまったのか、よくわからない。
だが、指摘せずにはいられなかったのだ。
「ユズにも厳しいことになるかとは思いますが、管理を怠って痛い目を見るのは彼女自身です。その点については彼女自身も理解していましたし、もしも何かあったとしても責任を取るのはユズ自身です。もちろん彼女に何かあったら私も後悔するでしょう。でも上司でもなんでもないほぼ初対面の相手に指摘されれば、心象は良くないはずです」
「……それはわかっているが、あの場では指摘するべきだと思ったんだ」
「師団長は部下の面倒見は良いですけれど、感情の機微には疎いですよね。ほぼ初対面で親しくもない人間からいきなり厳しい指摘を受けたら、誰だって警戒します」
特に女性であれば尚更だと言えば、ディーターは考え込んだ。
「しかしだな……何だか危なっかしくて放っておけなくてな」
「それはわかります。私もそう思うことが多々あって、つい店に通っていたのも事実ですし」
結珠は何だか危なっかしいと二人は共通認識となった。




