41.設計図の行先
「……ユズ? どうかした?」
急に黙った結珠に、ジュジュが声をかけてきて、はっと意識を戻す。
「ごめんなさい! 何でもない!」
「大丈夫? 具合でも悪い?」
「平気平気! ちょっと考えごとしてた! えっと……設計図! すごい設計図だって言ってたけど、具体的にはどういうものなの?」
あからさまだったが、むりやり話題を切り替えた。
ジュジュは少しだけ納得していない様子だったが、問われたことに対しては答えてくれた。
「昨日も説明したじゃない? 稼働がゆうに百年を超えてて修理が必要な魔法道具がいくつかあるって」
「そういえば、そんなことを言ってたね」
「そもそも修理が必要になっているのに、その修理が進まないというのは、構造がわからないからなのよ」
「なるほど?」
ジュジュが簡単に説明してくれた。ジュジュたち魔術師が魔術を使うために魔力を入れてある魔法道具については、単純に魔力を入れるだけなので、構造は非常にシンプルらしい。
特に設計図も必要なく、身に着けるために魔石を配置したデザインで、多くの魔女たちが簡単に作れる品だ。
しかし、王宮内に設置されている魔法道具はそうではない。
例えば、結界を張る、通信機器として使用する、転移装置として使用する……といった感じで、魔法道具に込められた魔力を使用し、常時発動型の魔法道具として使用しているらしい。
「こんな説明でわかる?」
ジュジュに問われて、結珠は頷いた。
「何となく。とりあえず、今私が作っているような簡単なものじゃないってことでしょう?」
「そうよ。結界を張る魔法道具なんかはね、魔力消費が激しくなっているの。例えば、一度魔力を入れたら一年もつとするじゃない? それが最近だと半年くらいで魔力を消費してしまうのよ」
「なるほど。でも、百年経っているんでしょう? 経年劣化とか?」
「可能性がないわけではないけれど。でも経年劣化だとしても、修理するか、あるいは今まで使っていたものと同じ新しいものを用意するか、どちらかで対応しないと、いずれ完全に壊れてしまってからでは遅いでしょう?」
「そうだね。で、設計図が王宮内になかった?」
ジュジュの慌て方と、ここにある設計図。恐らく導かれる回答は簡単だ。
結珠がジュジュにそう聞くと、案の定ジュジュが頷いた。
「ええ。設計図はなかった。そもそも百年以上前の道具だから誰が作ったかの記録もなかった。状態が悪いとはいえ、まだ稼働している魔法道具だから、その機能を止めて解体して構造を把握することも難しい。結局対処療法で、魔力を短期間で注入する以外の選択肢がない」
「そうだね。もしも一時的に止めて確認しても、解体した時点で正しく組み立てられるとも限らないし。そうなると永遠に失われてしまう……」
そういった危険性をはらんでいるのは、結珠にもすぐに理解出来た。
ということは、この設計図は世紀の大発見ということだ。ようやくジュジュが慌てている理由にたどり着いた。
「じゃあ、この設計図さえあれば修理できるかもしれないし、新しい換えの魔法道具も作れるってこと?」
「もちろん! 可能性は大いにあるわ! 師団長が趣味で魔法道具の研究をしているって話をしたでしょう? その実績と魔術師団長って立場から、王宮内の魔法道具の修理にずっとかかわっていらっしゃるんだけれど、最近手詰まりだったらしいのね。これがあれば……」
そう言いかけて、ジュジュが止まる。
「ジュジュさん? どうかした?」
「ねぇ、ユズ」
「何?」
「昨日、あれだけ派手に師団長と喧嘩をしたけれど、本当にこれを師団長へ渡してもいい?」
恐る恐る確認をされて、結珠は瞬きを何回か繰り返した。
確かに、あのディーターは少しいけ好かない。だからといって、困っている人を見捨てたり放っておいたり出来るような性分でもない。
そして何より、この件にはこれ以上関わりたくない。
であれば、やっぱり手放してしまうのが良いだろう。
「あの師団長さん個人は……、正直私の至らない点とかをずばっと指摘してきて、あんまり良い印象はないけど……。でも先延ばしにしてた私も悪いし、それに困っている人がいて、その中にジュジュさんも含まれてるし、渡さないとかそんな意地悪するつもりはないよ」
正直な気持ちをジュジュに伝えると、ジュジュは結珠に抱き着いてきた。
「え!? わっ! ジュジュさん!?」
「もう! ユズってば本当に良い子!」
全然良い子じゃない。厄介払いしているだけだ。
見て見ぬふり、臭い物に蓋をする。ただそれだけ。
それを良い子と言われると、すごく心が痛い。そして何だか子供扱いされている感じがして、ちょっぴり悲しい。
「ちょっと待って! 子供扱いしないでよ! 私、これでももうすぐ二十八歳になるんだからね!」
「嘘! 私と同い年!?」
「本当? ジュジュさんも二十八歳なの!?」
「ええ。次の誕生日で二十八になるわ。ユズは絶対年下だと思っていたのに……」
「それって私が童顔だってこと?」
「ごめんなさい……」
素直に謝ったジュジュだったので、図星だったのかと結珠も軽く落ち込んだ。
「と、とりあえず! これ持って帰って!」
気を取り直してジュジュに設計図を差し出したが、それには難色を示した。
「本当にユズには悪いと思っているけれど、師団長をまたこのお店に招いても大丈夫?」
「え? 何で? これからジュジュさんが持って帰ればいいんじゃないの?」
どうしてディーターが再び店に来るということになるのだろうか。
さすがにあれだけ派手に口喧嘩をした相手を招くのは気まずい。
出来ることならば顔を合わせたくないので、ジュジュがこれから持っていってくれればいいのにと言ったが、ジュジュは首を振った。
「だからさっきも説明した通り、王宮内にある魔法道具の設計図なのよ。万が一、師団長の手に渡る前に誰かに取られてしまったらと考えたら、迂闊にこの店から設計図を出すわけにはいかないわ」
「あー。そうなるのか……」
すごくとても重要な魔法道具の設計図。店から持ち出してしまえば、セキュリティもへったくれもない。
まずこの店に置いておけば、悪意がある者は店には入れないし、今のところジュジュしか設計図について知らないわけだから、そもそも国にとって重要な設計図があるなんてことも他者には知られていない。
むしろ今日はジュジュが手ぶらで帰ってディーターへ報告し、盗難対策等を考えてから店へ来て、設計図を持ち帰る方が良いということは結珠にも理解出来る。
どこの世界も機密文書の取り扱いは似たり寄ったりだろう。
頭では理解しているが、どうにも感情は追いつかない。
「……あの人、来るのか」
「会わないわけにはいかないでしょうね」
こうしてジュジュに打ち明けてしまった以上、重要な設計図が結珠の店に保管されていたということをジュジュが秘密にしておけるわけもないだろう。
そして、ジュジュが単独で持って帰るという選択肢もない。
「えー、それって盗難対策をジュジュさんがして、改めて店に来るんじゃだめなの?」
「今、私はこの店に気軽に来ているわ。それを重装備で来てごらんなさいよ。何かあるって言っているようなものだわ」
正論だ。ジュジュはこの店に徒歩で来ているので、いきなり馬車や護衛付きで来たら何かありますと言っているようなものだ。
おまけに結珠の店がガラの悪い連中に若干恨まれているのも事実。そんな中、何か重要なものを運び出そうとすれば、格好の餌食だろう。
ディーターと再び顔を合わせない方法は結珠には思いつかず、結局唸りながら了承するほかなかった。




