40.設計図と結珠の感情
ジュジュの必死の形相は怖い。
少し仰け反り気味でそう思った結珠だったが、ジュジュは全く追及の手を緩めてくれなかった。
「ねぇ、ちょっと待って! 何でユズがこんなもの持っているの!?」
「何でって……いや、だからさっきも言った通りなんだけどね。昨日、あのディータ様? 師団長さんが、色々言ってきたから、おばあちゃんの日記を改めて読んでみたの。そしたら、色々書いてあったもんで……」
「色々!? 色々って何!?」
先程も同じ説明をしたが、ジュジュの頭にはちゃんと入っていないのか、さらに詰め寄られたので、仕方がなくまた説明をした。
「えっと……この設計図? とか、おばあちゃんのお祖父さんって人……私からしたら高祖父? に該当するんだけど……意味わかる?」
「わかるわ。続けて」
「あ……はい。んで、そのおばあちゃんのおじいちゃんって人の日記とかあるって書いてあったんで、その収納先を見たら、この設計図と日記が入ってたの」
「なるほど、それで?」
「ええ……ええっと……。それで出てきたのが設計図らしきものってのはわかったんだけれど、書いてある字が読めなくて。それで、多分ワーカード王国の文字だと思ったんで、ジュジュさんに相談させてもらったんだけど……」
「そう……なるほどね」
二度目の説明でようやくジュジュの頭に届いたらしい。
まだ高祖父がワーカード王国の人間であったということは言わないでおいておく。
言ったら言ったで、何かと厄介な気がしたのだ。
結珠の説明を聞いたジュジュはじっと設計図を見ている。
「ねぇ、ジュジュさん。私、いまいちわかってないんだけど、この設計図って何?」
結珠が声をかけると、ジュジュは珍しく眉間に皺を寄せて結珠の顔を見た。
「これは……王宮内にある魔法道具の設計図だわ……。師団長が探していらっしゃるものなの」
「は!? ええええー!?」
ジュジュの説明に、今度は結珠が驚く番となった。
「え? 王宮内にある魔法道具の設計図? 何でそんなものがうちにあるわけ!?」
「それは、私も聞きたいわ! そもそもリーナが店主だったころからあったということよね」
「うん……多分。おばあちゃんもこの設計図は、おばあちゃんのおじいちゃんって人……ああ、ややこしいからおじいさんって言うね。その、おじいさんから受け継いだものだけど、多分ワーカード王国の文字だからおばあちゃんも読めなかったって」
「なるほど……。読めなかったから、リーナも重要性がわからなかったということかしら」
「私にはわからないけれど、多分そうなんじゃないかな? 何か、再現できないか、作ってみようとしたらしいけど、無理だったって日記に書いてあったよ」
実際には祖母が作ろうと思っていた魔法道具は、日記の方だがこの際そこまで言わなくとも大丈夫だろうと、結珠は少し誇張してジュジュに伝えた。
「もしこの魔法道具を作れるとしたら、普通に王宮付きの魔女になっていたはずよ。でもリーナですら作れなかったということは、王宮の魔法道具はもっとすごい魔女か、魔法使いが作ったということね」
「なるほど……」
納得しかけたが、結珠はあれ? と思い直す。
「ちょっと待って。何でそんなすごい魔法道具の設計図がうちにあるの!?」
「だから、私の方こそ何でって聞いているんじゃない。何か心当たりはある?」
「ないよー。おばあちゃんの日記を読んでて、いきなりそういうくだりが出てきたから、何が入っているのかなって確認したら、これが入っていたんだもの」
「リーナの日記には詳細は書かれていた?」
「ううん。私が誰かに託したいんなら、構わないってことくらいかな。ただ、悪用が出来てしまう可能性があるから、託すのであれば慎重にって」
「そう……リーナは師団長とも顔見知りだったみたいなんだけど、どうしてリーナは師団長に設計図を託さなかったのかしら……?」
ここでまたディーターの名前が出てきて、結珠は顔をしかめる。
「そういえば言ってたね……。おばあちゃんにも協力を求めたけど、断られたって」
「ええ。あくまで私個人の見解だけれど、リーナほどの魔女だったら、師団長が探していたものについて、ある程度の予想は付いていたのではないかと思うの」
「予想?」
「ええ。師団長も詳細は語らなかったでしょうけれど、修理したいけれど、構造のわからない魔法道具があるって話くらいはしていたと思うのよ」
言われてみれば、確かにそうだ。
構造がわからない魔法道具があると言われれば、設計図のことを思い浮かべる可能性はありそうだ。
もしも結珠が昨日の時点で、すでに設計図を知っていたら見せたかもしれない。
でも祖母はそれをしなかった。その理由を少し考えてみる。
「それって……あの師団長さんがおばあちゃんの信用を得てなかったってことじゃない?」
あまり良い印象がないので、思わず口にすると、ジュジュは目を見開いた。
「それは……少し辛辣ね」
「ごめんなさい……。ジュジュさんの上司なのに」
「いいえ、大丈夫よ。でもユズの言う通りかもしれないわ。リーナはにこにこと笑ってお店にいたけれど、客とはどこか一線を引いていたように見えたわ」
それは何となく結珠にも理解出来た。
祖母が一線引いていたように見えたのは、多分ワーカード王国そのものと一線を引いていたのだろう。
結珠はあっさりと異世界人であると秘密を打ち明けてしまったが、ジュジュは祖母から結珠に代替わりするまでその秘密を誰にも告げることなく、うまく隠し通していた。
店から出られない制約もあったからこそ、ディーターの申し出を断った。
おまけに誰が見てもわかるように年齢を重ねていたので、ディーターも高齢者の断りに対して強く考え直してほしいとも言えなかったのだろう。
そんなときに、老魔女から店を受け継ぎ、新しい魔法道具を開発した若い魔女が現れた。
ディーターとしては、そこに一縷の望みを見出したのだろう。なんとしても協力してほしかった。
そう考えれば、昨日の態度も何となく理解出来た。
だからといって、あそこまで言われる筋合いはなかったと思う。
色々考えながら結珠は再びイラっとした。
「おばあちゃんがどういう気持ちでお店をやっていたのか、私にもわからない。おばあちゃんはね、私たち家族にもこの店がどういうものなのか、誰にも言ってなかった。おばあちゃんが亡くなって、私が店を受け継いで、初めて魔法道具を扱う店だって知ったくらい」
「そうなの?」
「うん。だから日記という形で私はおばあちゃんの知識も受け継ぎ始めてる。まだ足りない部分も多い。そして、私も自分の家族に、この店はどういう店なのか……まだ言えずにいるし、この先も言えない気がしてる」
「それは……どうしてって聞いても平気?」
「平気だよ。その……すごく簡単に言えば、私の世界では魔術は物語の中だけで、多分頭のおかしい人扱いになるし、それに貨幣価値が全然違うから、店の売り上げに目の色を変えてしまう人が出る可能性もあるから……」
あの換金出来る黒い箱も、そういうものかと一旦は受け入れたが、非常に危ういものだということも理解している。
金貨と紙幣で等価交換は出来ているが、どこから出てきているものなのかを改めて考えれば非常に恐ろしい。
まさにこの店はハイリスクハイリターンの店なのだ。
そんなところに持ち込まれる厄介ごとに首を突っ込んでいる余裕などない。結珠は自分の世界で処理しなければならない問題をたくさん抱えている。
そこまで考えてはたと気付いた。
(私……多分関わりたくないんだ……)
魔法道具の設計図。
祖母はそれを見て見ぬふりをした。
結珠は、さっさと手放して関わりを絶ちたい。
祖母と自分、どっちが薄情だろう……。
そう考えて、結珠は少し落ち込んだ。




