04.ついに開店!
こちらが短編の該当部分その1になります。
結珠の新しい店は、自分の名前から「Small Citrus」と名付けた。
祖母の店の名前を継いでも良いかとも思ったが、どうにもしっくりこなかったのだ。
残念ではあるが、もう祖母はいない。
いつか祖母の作品が全部結珠の手元を離れたときに、さらに違和感が大きくなる気がしてしまい、それならばいっそのこと自分の店として認識できるようにしたかったのだ。
「こんな感じでいいかなー?」
元々祖母が置いていた品と、結珠が新しく作った品を並べて終えると、結珠はお気に入りのステンドグラス風の扉にかかっていたクローズの札をオープンへとひっくり返した。
いよいよ店のオープンである。
最初は客も来ないだろうと踏んでいる。
SNSでは実店舗のオープンはお知らせして、反響もあったので、週末には誰か遊びにきてくれるかもしれない。
そうのんきに思いながら、結珠は店の片隅にあるミニキッチンで紅茶を淹れはじめた。
ポットにお湯を入れるとふわりと良い香りが鼻をくすぐる。
時間通りに蒸らしたお茶をカップに注いで、お茶を飲んだ。
仕事にハンドメイド趣味にと明け暮れていたので、こんなゆったりとした時間は久しぶりだ。
さて、客の第一号はいつ来るだろうか。もしかしたら、今日は誰も来ないかもしれないなんて思っていると、扉が開く音がし、続いてベルの音がした。
扉の上には古めかしいベルがついていて、開閉でベルが揺れて鳴るのだ。
まさかこんなに早くお客が
(……ついに来た! 第一号のお客さん!)
結珠はカップをカウンターに置くと、店内に顔を向けて、にこやかに挨拶をした。
「いらっしゃいませ! ごゆっくり御覧ください!」
笑顔で客に声をかけたが、結珠は固まった。
店内に入ってきた客が金髪碧眼の美女だったのだ。
(うっそ! 外国人!? え、私の英語力皆無なんだけど!)
焦るのも仕方がない。ネットショップでも顧客は日本人ばかりだったのだ。外国人とやり取りなんてしたことがない。
もしかしたら、喫茶店と間違えて入ってきてしまったのかもしれないと結珠は慌てた。
「あ、あの!」
「あら? リーナじゃないの?」
「ふぁ!?」
金髪碧眼の美女はいきなり日本語で話しかけてきた。
リーナ? リーナって誰!? と思ったが、祖母の名前っぽいことに気づく。最も祖母の名前は璃奈で、リーナではないが、外国人が発音するとそうなってしまうのだろう。
「リーナはどこ?」
美女に再度問われ、結珠は慌てて口を開く。
「あ、あの……祖母のことですか?」
「祖母? あなた、リーナのお孫さんなの?」
「は、はい……。あの、祖母は先日亡くなりまして……私が遺言でこの店を継いだんです」
「え? リーナ、亡くなったの? いつ?」
結珠の言葉に、美女は目を見開いて驚いた。
「えっと……十か月くらい前です。病気だったのを隠していて……突然……」
「そう……。最後に会ったときに、顔色が悪い気がしていたんだけど、やっぱり病気だったのね……」
美女は祖母が患っていたことを何となく察していたらしい。
「それで、あなたがこの店を引き継いだのね」
「あ、はい。諸々の相続と新しい商品を揃えたりして、今日改めてオープンしました」
「なるほど。私が最後に来たのが一年前くらいだったんだけど、そのあと来たときにはもうこの店は閉まっていて、今日久しぶりに来てみたらお店が開いているじゃない? ようやく再開したんだと思って入ってみたのよ。そうしたら店主が変わっているなんて……」
どうやらこの美女は、祖母の店の常連だったようだ。
結珠はぺこりと頭を下げた。
「あの……祖母の店を愛してくださって、ありがとうございます。祖母と同じようにはいかないかもしれませんが、私も祖母の店が大好きだったんで、なるべく同じような雰囲気を保てるように頑張りますので、ぜひこれからもご贔屓に!」
「そう……。じゃあ少し店内を見させていただきますね」
「はい! どうぞごゆっくり!」
そういうと美女は、店内を見回り始めた。
結珠はカウンター内へと戻る。
置いたカップを再び手にして、ノートを開いた。
そのノートは、結珠のデザイン帳だ。
ここに思いついたハンドメイド作品の大まかなデザインなどを描いている。
美女を見て、インスピレーションを刺激されたのだ。彼女にならこんなシルバーアクセサリーが似合いそうというのを思いついたのである。
シャーペンを手に取り、ぼんやりとデザイン画を描いていく。
しばらくデザインに没頭していたが、ふと何かに気づいて顔を上げた。
すると美女は信じられないような顔でこちらを見ていた。
「あの……どうかしましたか?」
結珠に声をかけられて、美女が反応する。
カツカツとヒールを鳴らして、結珠の目の前に立ち、ぐわっと顔を近づけてきた。
「ちょっと! あなた!」
「は、はい!」
美女の真顔は怖い。いきなり声をかけられて、結珠はびくっと肩を揺らす。
「こちらのアクセサリー! どこからの出土品なの!?」
「出土品? そんなのあったかな?」
アクセサリーは元々祖母が店に並べていたのと、結珠が作ったものと二種類ある。
基本的には祖母も作っていたと思うのだが、祖母が並べていたものだと、どこから仕入れたのかはいまいちわからない。
美女が手にしていたアクセサリーをのぞき込むと、それは結珠が作ったペンダントだった。
「あ、それ。出土品? じゃなくて、私が作ったやつですね」
「作った!? あなたが!? え!?」
今度は美女がびっくりしている番である。
あまりの驚きっぷりに結珠もびっくりする。
「ちょっと! あなた、お名前は!?」
「名前? えっと……結珠ですけど……」
いきなり名前を問われ、結珠は戸惑いながらも名前を告げる。
「ユズ! あなた、大魔女なの!?」
「はぁ!? 魔女!?」
いきなり突拍子もないことを言われて、結珠はさらに驚く。
「リーナも力のある魔女だったけれど、あなたそれ以上じゃない! さすが、リーナの孫ってところなのかしら?」
「へ? おばあちゃんが魔女?」
確かに祖母の店は『魔女の店』なんて呼ばれていたっぽいが、まさか第三者から本当に魔女と言われるのはさすがに驚く。
「ちょ、ちょっと待ってください! おばあちゃんが魔女?」
「リーナは魔女でしょう? この店は『魔女リーナの店』じゃない」
「え? 魔女の店ってマジな話だったの? てっきり誰かがからかっているんだと……」
結珠の答えに美女は頭を抱えた。
「リーナも何だか色々疎かったけれど、ユズはリーナに輪をかけて酷そうね……」
「どういう意味?」
「本当のところを言うと、リーナも魔女としての自覚が薄かったのよ。すごいって褒めても本人は道楽でやっていることだからって」
「あー、それおばあちゃん、よく言ってました。道楽だから、自分が好きなものを店に並べるんだって。それで気にいってくれた人がいるんなら、それが道具と人の縁だからって」
「……あなたにも同じことを言っていたのね。だから自覚がないのか……」
美女は深いため息をつく。
「とにかく! 今のままだと、そのうちあなたが危険にさらされる可能性があるわ! 大魔女だって自覚を持ちなさい!」
「は!? いきなりそんなこと言われても……何がなんだか……」
結珠は美女の剣幕にたじろぎつつも戸惑いを隠せない。
祖母の店を継いだら、名前も知らない初対面の金髪碧眼美女に「あなたは大魔女だ」なんて言われても、どうしたらいいのかわからない。
あまりにも結珠の常識とかけ離れている。
「本当にちょっと待ってください! そもそも今日がオープン初日で、早速お客さん来たと思ったら、一体何なの!?」
「何と言われても……あなたこそ魔女の店を開いたんじゃない!」
「魔女とか言われてもマジわけわかんない! っていうか、あなたも私に名前を聞いたんなら、名乗りなさいよ!」
こっちは名乗ったが、いきなり呼び捨てにされるし、流暢な日本語を話して、結珠のことを魔女と指摘する外国人とか本当に理解不能である。
にらみ合いを続けると、美女の方が折れた。ため息をついて、名乗ってきた。
「私は、ジュジュ。魔術師よ」
「は?」
魔術師と名乗った美女に対して、結珠は目を見開いて固まった。
ちょっとマジで意味わからないんですけど……。
短編では美少女だったジュジュちゃんですが、長編化に伴い、美女になりました。(笑)
大体17〜18歳だったのが、27〜28歳くらいになったつもりで書いてます。