39.誰に託すべきか
床下収納に収められていた、祖母が残した日記と同じ日記のような冊子が三冊。
呆然として廊下で座り込んでしまった結珠だったが、しばらくして意識を取り戻し、慌てて日記を三冊抱えてリビングへと戻った。
ローテーブルの上には、祖母の日記用の小さな鍵。同じ日記であれば同じ鍵で開く可能性は高い。そう思って鍵を手にして、床下収納の日記の鍵穴に鍵を入れた。
鍵はすんなりと鍵穴に入ったが、どうしても空振りになって解錠出来ない。
「え? 何で?」
確かに鍵ははまっている感触はある。けれど鍵を回してみても、どうしても空振りの感触しかない。
もしかしたら、この日記には別の鍵が存在しているのだろうか?
しかし、結珠が祖母から託された鍵は日記の鍵を含めて四つしかない。まだ使っていない鍵は大きく、とてもではないがこの日記の小さな鍵穴に入るような形状ではない。
「……どこかに鍵があるの?」
自分自身が呟いた言葉に気付いて、結珠は読みかけの日記をもう一度開いた。
今まで読んでいたところの続きを読む。
きっと結珠のことだから、祖父がワーカード王国の人間だって言ったらすぐに収納場所へ向かって中身を確認したのではないかしら?
う! バレてる!
自分の行動を祖母に見透かされていて、少し恥ずかしくなる。
祖父の日記はもう持ち出したかしら? 鍵も試してみた?
さらにすでにやった行動も祖母に読まれている。恥ずかしさのあまり日記を投げ出したくなったがそういうわけにもいかないので、恥ずかしさを堪えて読み進める。
残念ながら、おばあちゃんの日記の鍵では祖父の日記は開きません。おばあちゃんも何度も試したけれど、無理でした。
もしかしたらまだ知らないかもしれませんが、この日記は魔法道具です。
そしてこの魔法道具は持ち主を認識します。
鍵は同じもので開くと聞いていましたが、結局おばあちゃんでは開かなかった。
残念だけれど、おばあちゃんは祖父の日記に持ち主であると認めてもらえなかったということでしょう。
おばあちゃんとしては、いずれ結珠がこの祖父の日記に持ち主であると認めてもらえるといいなと思っています。
ディーターが言っていたことが書かれている。ディーターも祖母の日記は魔法道具だと言っていた。そして持ち主として結珠が認識されているとも。
ちゃんと書かれていたのだから、先に読んでおけばよかったと思ったが、まぁ仕方がない。
この日記は、祖父が作ったものです。まだおばあちゃんが小さな頃に祖父から直接貰いました。
そして魔法道具であるからこその特性もあります。
・まず、持ち主以外の人には鍵が開けられない。
・持ち主が他者に閲覧制限をかけられる。
・例えば、前の持ち主が書いた内容について、時期尚早だと日記が判断したらその内容は持ち主ですら見られない。
これからおばあちゃんが、結珠へ向けて書く内容も、今の結珠が知るべきではないと判断されたら、恐らく白紙の状態となります。
羊皮紙に描かれた設計図のひとつに、恐らくこの日記の設計図らしきものがあります。
おばあちゃんも作れないものかと試してみたけれど、設計図を見ただけでは構造もわからなくてダメでした。
恐らく祖父と同等の知識がないとダメなんだと思います。
おばあちゃんは、この設計図をワーカード王国の誰かに託すということは、祖父の気持ちを蔑ろにするのではないかと思って、とても怖くて出来ませんでした。
けれど、もしも将来的に結珠がこの設計図を誰かに託したいと判断したのだったら、おばあちゃんはそれを支持します。
ただ、悪用も出来てしまうものだということは認識しておいてください。
「誰かに託す……?」
そう言われて思い浮かんだのは、今日口喧嘩をした男の顔。
魔法道具の研究をしていると言ってたので、見せれば恐らく興味を示すだろう。
しかし、結珠はないない! と首を振った。顔は良かったけれど、あんな失礼な男に託すなんて願い下げだ。
だからといって読めない設計図をただ持っているだけなのも宝の持ち腐れかもしれない。
とりあえず次にジュジュが来たときに相談してみようかと考える。
最近何でもジュジュに相談する癖がついている気もするが仕方がない。
自分を守るためでもある店の防犯機能は、ときに結珠の行動も阻害する。
結珠は、ワーカード王国へ行くことが出来ない。王国の状況や知識はあちら側のお客から得るしかない。
そして今、結珠と最も仲が良いのはジュジュだ。そうなれば、必然的に結珠が頼るのはジュジュとなってしまう。
結局、結珠にはワーカード王国の誰かに相談するということは、ジュジュしか対象がいないのだ。
ナールは発掘の旅に出てしまっているし、そもそも相談したとしてもきっと『俺は単なる魔石売りで魔法道具の仕組みなんてわかんねぇし、知ったところでどうにもできねぇ!』と拒否されるに違いない。
(ジュジュさんには申し訳ないけど、一応相談させてもらおうかな……)
ジュジュもこんな相談をされては困るかもしれない。
だが、この設計図らしきものを祖母同様に眠らせておくのは少し違うような気がしている。
結珠は自分自身の直観を信じたかった。
翌日、運よくジュジュが店を訪ねてきてくれた。
昨日のディーターの件を詫びに来てくれたらしい。ご丁寧にも何だか値の張りそうな焼き菓子まで一緒に持ってきた。
「ごめんなさいね、ユズ。まさかあんなことになるとは思ってもいなくて…‥」
「別にジュジュさんのせいじゃないよ! でもこんな素敵なお菓子もらってもいいの?」
ジュジュが悪いわけでもないのにと言ったが、ジュジュは首を振った。
「安易にユズを紹介した私も悪いのよ。だからお詫び。受け取って?」
拒否するとかえってジュジュが困ってしまいそうな気配を感じたので、ありがたく受け取った。
「ありがとう。じゃあ遠慮なくいただきます。ねぇ! お持たせで悪いけれど、これ一緒に食べながらお茶しない? 実はジュジュさんに相談したいこともあって」
「相談? 何かしら?」
ジュジュはカウンターの椅子に腰かけた。座ったということはお茶をすることには賛成してくれているらしい。
結珠は簡易キッチンにお湯を沸かしに行く。簡易キッチンから作業スペースへ寄り、昨日見つけた高祖父の設計図を手にジュジュの元へと戻る。
「見てもらいたいものがあるんだけれど。昨日ね、色々と癪に障ったんだけれど、あの偉い人の言うことも間違ってないと思って、おばあちゃんの日記をまた読んでみたのね。そしたらこんな設計図らしきものが出てきて……。でもワーカード王国の文字で書かれてるから、私だと読めなくて……。ジュジュさん、わかる?」
「設計図? 何の?」
「これなんだけど……。おばあちゃん曰く、魔法道具の設計図だって」
そう言いながら、ジュジュに設計図を差し出す。
ジュジュは結珠から羊皮紙を受け取り、そこに書かれた設計図を見て、目をむいた。
「ひっ!? え……うそでしょ、何でユズがこんな設計図を持っているの!?」
美人の必死の形相は怖い。
詰め寄られた結珠は、頭の片隅でそんなことを考えた。




